18. 後退
「ロキウはアタシが殺した」
「………」
一体何を言ってるんだノレナは……
泣き疲れて頭が狂ったのか?
ロキウを殺したのはノレナだって?
あまりにも突然すぎる自白に全員が状況を飲み込めずにいた。
「……何を言ってるんだ……?」
「もう一回言う?」
ノレナは冷静さを保った様子でとんでもない爆弾をもう一度口にしようとする。
「いや、いい……」
「あっそ」
「もし、事実だとして、事の経緯をボクたちに具体的に説明することはできるか?」
「いいわよ」
ノレナは一瞬苦々しい表情を見せたあと、淡々と了承する。
やっぱり無理して冷静な風に取り繕ってるのだろう。
ほんの一瞬見せた表情が全て物語っていた。ノレナは決して冷静なわけじゃない。ただ、傷ついた自分を必死に仕舞い込んでるだけなのだろう。
「まず、一日目の夜。私はミロの部屋で女子会をしていた。それは間違いないわね?」
「う、うん。確かにノレナはいたよ」
「でしょ。そのあとよ。あたしは部屋に戻ったあとしばらくしてロキウの部屋へいったの。あたしとロキウが恋仲にあるのはほとんどの人が知ってるでしょ?」
ええ……知らなかった……
さらっと衝撃の事実を明かされて俺は少し硬直する。
他のみんなの表情を見てみると、そんなのとっくに知っているといった表情をしていた。
まさか俺だけ気づいてなかったのか。その事実に俺は若干落ち込む。
「元々密会する予定だったの。遠出をしたカップルが酒飲んで、テンションあがっちゃうのもわかるでしょ?」
密会と言葉を濁しているが要はそういう事をしていたのだろう。流石の俺でも察する。
付き合っていたならそういう風に出掛け先で二人の空間を作りたくなるのもわかる。
それに、隣の部屋との感覚も結構空いてるしな。
何とは言わないがロキウの隣室のエイダンが密会に気付けなくても仕方がない。
エイダンは比較的早寝してただろうしな。
その密会中に痴話喧嘩に発展して殺害してしまったのだろうか?
「それで、しばらくしたあとアタシたちはそれぞれの部屋に戻った」
と思った方向には進まず、あっさりロキウ殺害から離れる。
ここから一体どうやって殺害に至るのか。
「その後、あたしはロサクの部屋を訪ねた」
まさか。そういうことなのか?
「察しの良い人はわかるかもしれないけど、そうよ。浮気してたの。ロサクと」
ここに来てまさかの真実が明かされる。情報処理が追いつかない。
ロキウとロサクとノレナは幼馴染三人組で、ロキウとノレナが付き合ってて裏ではノレナとロサクが浮気をしていた?ドロドロじゃねぇか。
仲良し幼馴染三人組に見えていたけど、こんなにこじれていたとは。
いや、多分ロキウだけは仲良し幼馴染三人組だと思ってたんだろうな。
ただ実際はかなりドロドロだった。そういえば昨日、ノレナの情緒がおかしくなった時ロサクが寄り添うとノレナはすぐに大人しくなっていた。日頃からそういう関係にあったと知った今ではその流れにも納得がいく。
「それで、ロサクの部屋でロサクと二人でイチャイチャしてたの。そしたらほら、客室に鍵がないじゃない?ロキウのやつがいきなり扉を開けて、アタシ達が浮気してんのがバレちゃったの」
そんなことがあったのか……
ロサクの部屋は俺の隣だが、正直いって俺は全く気づかなかった。
そしてここからどういう流れでロキウ殺害に至ったのか。
「アタシとロサクはもちろん焦った。ロサクが『違うんだ』と弁明しても意味がなかったの。そりゃあそうよね、その時アタシたちは布切れ一枚も身につけていなかったんだから、何も違くないのよね。このままロキウが大声で喚き散らして、みんなが起きてアタシたちの不貞行為がパーティメンバー全員に知れ渡るんじゃないかって考えたら震えが止まらなかった。けど、実際はそうはならなかった。多分ロキウにもプライドがあったんだと思う。自分が女に浮気されるような男だと思われるのが嫌だったんじゃないかって。それであいつはそのまま引き返して走ってどっかに行っちゃったの。それで、アタシが追いかけようとしたんだけど、ロサクが『下手に刺激しない方がいい。明日時間を取って三人で話そう』って言ったの。だからアタシはロサクの言う通りにした。ロサクは賢いからロサクの言うこと聞いてれば大抵うまくいくの。今回もそう思った。でも違った。次の日、ロキウは塔の上から飛び降りて死んだ」
これで話は終わり、というようにノレナの言葉が切れた。
「それ、結局ノレナはロキウを殺してないんじゃないか?」
俺は疑問に思ったことを率直に言う。
いまの話を聞く限り、ノレナはロキウを殺していない。
それに最後の『ロキウは塔の上から飛び降りて死んだ』というセリフ。まるでロキウは自殺だと言っているように感じられた。
「直接的にはそうかもね。でも間接的に殺したのは間違いなくアタシ。ロキウがアタシたちを見て何も言わずに走っていったのはプライドを守るためなんかじゃなかった。ただただ幼馴染のアタシたちの裏切りに絶望したんだと思う。だからあんな風に自ら身を投げるようなことをした……全部アタシが、アタシが悪いの……あんなことしなければ……」
ノレナは平静を取り繕っていたが、ロキウの死を言葉にすることで感情が溢れて泣き始めてしまった。
それとは別に、とりあえずノレナが殺人を犯していないという事実に全員が安堵する。
しかしこの話が本当だとしたら、ノレナに同情はしづらくなる。
ノレナは自分がした愚行からロキウは自殺だと考えているようだった。
ここに来て、消えかけていた自殺説が復活する。
だが、昨日みんなで話した通りロキウが自殺の可能性はほぼないはず……
新事実により犯人特定にグッと近づいたかと思ったが、現状は大して変わっていない。
ただそれでも、新たな情報が手に入ったのは一歩前進と言える。
ノレナが自身のプライドを捨てて、全てを話してくれてよかった。
「……っ……ロキウだけじゃなくて……ロサクまでっ……アタシ、もう、どうしたらいいか、わかんなくてっ……」
ノレナは鼻を啜りながら、手の甲で流れる涙を掬っている。
やっぱり相当メンタルに来ているようだ。
昨日までメンタルの支えとなっていたロサクはもういない。
そのこともかなりメンタルに来ているようだった。
「ノレナ、話してくれてありがとうね。辛かったよね。気づいてあげられなくてごめんね」
とミロが泣きじゃくるノレナの方へ行き、背中をさする。
「誰にも言えなくて辛かったよね。でも大丈夫、大丈夫だから」
「……っ……ありがとう、ありがとう……」
ノレナがこれ以上壊れてしまわないように友達としてミロがノレナを助ける。
ミロはやっぱり優しい。正直、ノレナが自白したことを考えると、無条件にノレナに寄り添うことは難しい。けれどミロは正義感が格段に強いとかそういうのじゃないけど、目の前に困っている人がいたら迷わず助ける。ノレナが浮気をしたかどうかは一旦置いておいて、目の前で泣く子を放って置けないといったところだろう。それがミロなのだから、だからこそ尚更ミロが殺人鬼などあり得ない。
「アタシ……ロキウは自分のせいだってしっかり受け止める。けど、ロサクは違うじゃない……!なんでロサクが殺されなきゃならないの……!ロサクを殺したやつを絶対に許さない……!だからここに来た……!」
ノレナは泣きながらも必死にここに来た理由を話す。
ノレナはロサクを殺した人物(恐らく実際にはその人物はロキウも殺していると考えられるが、一旦置いといて)を断罪するためにここに来たということだ。
協力するから協力してくれ、そういう意味を込めた情報開示だったのだろう。
捜査を進める上でも二人の被害者に最も近い位置にいるノレナの協力は非常に役立つ。
ここから大きく一歩前進するかもしれない。
「それじゃあ、ノレナ、聞いてもいいか?」
「うん……」
ノレナは落ち着くために用意されたコーヒーを少し口にしてから改めて決意を固める。
「昨日の夜、ロサクがどう過ごしてたかわかるか?」
慎重に言葉を選んで、俺が質問をする。
「昨日、ロサクはずっとアタシのことを見てくれてたの、アタシが寝るまで、ずっと。昨日は私、ロキウへの後悔だったり色んな気持ちが頭の中でずっと渦巻いてて全く眠れなくて怖かった。だからロサクがずっとそばにいてくれたの。明け方までずっと」
「明け方まで?」
「うん、それがどうかした?」
明け方となると、ロサクが殺されたのとほぼ同じくらいの時間帯になりそうだ……
「いや、ロサクが殺されたのは恐らくだが明け方頃なんだ……」
「でも、ロサクはずっとアタシのそばにいてくれたよ。アタシが寝てからはわかんないけど」
もし、俺の推定した通りロサクが明け方に殺されていたのなら、ロサクはノレナが寝たのを確認して、自分も寝ようと自室に戻った。そしてそこから一番早く起きるカサミラが起きるまでの短時間を使って犯人はロサクの部屋に押し入り、殺したということになる。
これはミロが犯人で、急いでいてダイイングメッセージを消し忘れた可能性と辻褄が合ってしまう。
いやそれよりもそんなことは可能なのか?
どうしたらそんな上手いタイミングでロサクを殺すことができる?
ノレナがいつ寝て、ロサクがいつ自室に戻るのか、一番早く起きるカサミラはいつ起きてくるのか、なんて計算してわかるようなことじゃない。
廊下でロサクがノレナの部屋から出るのを待っていた?
いやでも、そんなのいくらなんでもリスクが高すぎる。
廊下には隠れられるような家具は置いてないし、そんなとこでずっと見張っていたとしたら、他の誰かがたまたまトイレかなんかで部屋を出た時、一瞬で怪しまれてしまう。
自室の扉の隙間から覗こうにも、館の作り上、廊下はぐるりと円を描いていて、隣室同士の感覚も大幅い空いてるため、自室の扉の隙間から覗こうにもギリギリ隣室が見えるかどうか……
ロサクの隣室は俺とクルトだ。ドアの開き方から考えるに、扉からロサクの部屋を覗けるのは俺のみになる。だがそれは、ない。
じゃあ一体どうやって?犯人はロサクの部屋にずっと隠れていたのか?
いや、それも考えづらい。そもそもロサクの部屋にずっとロサクがいなかったとも限らない。昨日夕食後解散した時は、全員ほぼ同時に自室に入って行った。それはロサクも違わず、一旦自室に入っていくのを薄ら横目に俺も見ていた。だからロサクの部屋に忍び込もうにも、それはノレナの部屋にロサクが入ったのを確認してからじゃないといけない。
とにかく、犯人がロサクの行動を完璧に把握していないと成し得ない。
わからない。全くわからない。そんなことができるのだろうか。
少なくとも部屋からいつ出てくるかわからないロサクを遅すぎず早すぎずの完璧なタイミングで捕まえて殺すなんてことは俺には絶対にできない。そんな魔法のような芸当は。
「ノレナは、一度も自分の部屋を出てないんだよね?」
昨日は上手く推理に参加できなかったミロが今日は頑張ってノレナに問いかける。
「なに?アタシのこと疑ってんの?」
ミロの問いかけに対しノレナは不満そうに、隣にいるミロを睨む。
「あ、違う違う、そうじゃなくて、えっと───」
「違う。さっきノレナがいない時にみんなで話してることがあったんだ。犯人は誰かの足音を聞いて慌てて逃げたんじゃないかって考えてたんだ。それで、ノレナ以外の全員は誰も夜中、明け方に出歩いていなかったからその線は捨てそうになってたんだけど、一応ノレナにも確認のつもりでミロは聞いたんだと思う」
「そ、そう!それが言いたかったの!」
鋭い眼光を向けられて慌てふためくミロを見てられなくなった俺が助け舟を出す。
「なんだ、そういうことね」
ノレナは斜めに傾きかけた機嫌を直して普通に対応する。今のノレナはまだ不安定だ。
「さっきも言ったけどアタシは明け方ごろにようやく寝ることができたの。やっと寝れたってのにわざわざ起きて歩き回らないわよ」
「そう、だよね。ありがとう」
ノレナは間違いなく本当のことを言ってるだろう。ロサクもようやく眠れたノレナを確認してから部屋を出てるはずだし。それに犯人を捕らえたいはずのノレナがここで嘘をつく理由もない。
でも、これでミロが急いでいて、『ミロ』という自らの名前を記すダイイングメッセージに気づかずにもしくは消す暇がなく部屋をでた、という可能性は少し薄れただろう。
「なんで犯人が急いでるんじゃないかなんて思ったの?」
ロサク殺害の現場の状況を詳しく知らないノレナから当然の質問が出てくる。
俺たちが犯人が急いでいたという可能性を視野に入れた理由を知りたいのだろう。
「えと、その……」
ミロは気まずそうにノレナから目を逸らす。
「なによ、言いなさいよ」
「ええと、なんか、ダイイングメッセージ?が書いてあったらしくて……」
「そうなの……!?ロサクは、ロサクは最後になんて言い遺したの?」
ノレナは先ほどより一層食いつく。
「……それは……」
ミロは自分の名前が書いてあったとは言えないようでなんとか誤魔化そうとするが、
「血文字で、『ミロ』って書いてあったぜ」
横からエイダンがそう告げる。
「は?」
それを聞いたノレナの雰囲気が一気に変わる。
隣にいるミロをこれまでより一層強く睨み、空気が一気にピリつく。
まずい、と誰もが思った。
流石に少しは落ち着いていたが、ロキウとロサクを失ったことで精神が混沌としているであろうノレナにまだこの話はするべきじゃなかった……
「なんで、アンタの名前があったの?」
「それは……」
ミロは別に後ろめたい理由があるわけではないだろうが、ノレナの圧に気圧され目が泳いでしまう。
「なによ。言いなさいよ」
「えと、私にも、わからない…で────がっ……!」
ノレナが横にいたミロに一気に飛び掛かり、ミロは押し倒されて、床に全身を強く打ちつける。
ノレナはミロに馬乗りになり、拳を振り下ろそうとする。
「アンタが、アンタがやったんだ!!ロサクは……!ロサクはアンタに殺されて……!」
「やめろノレナ!落ち着け!」
危険を察知した全員が一気にノレナを抑えにかかる。
「離して!」
「お前がミロを離せって!」
ノレナは抑えに入った俺たちを吹き飛ばそうとする勢いで暴れ回る。
もうなにを言っても聞かないモードに入ってしまったようだ。
違う、ミロは違うんだよノレナ……
「こいつが全部、全部やったのよ!!!」
「まだ証拠もなにもないだろ!とにかく落ち着けって!」
「証拠ならあるじゃない!ロサク自身が書いたんでしょ!?こいつの名前を!」
「それだって犯人が俺たちの仲を引き裂こうと書いた可能性もあるだろ!」
「うるさい!とにかくこいつよ!絶対に許さない……!なんで、なんでロサクが殺されなくちゃいけないの!?ロサクは、アンタに殺されるようなこと何かした!?昨日までずっとアタシを気にかけてくれたのにっ……!」
「次はアタシ……!?アタシを殺す気なの!?」
感情的になったノレナの目からは再び涙が溢れてくる。
「あたしの傍にずっといてくれるって言ったのにっ……!なんで、どうして……!……っぐ……う……」
ノレナの力は次第に抜けていき、ついにはミロを襲おうとする手も止まった。
その反動でノレナは大泣きをしてしまう。
感情的になって怒りをぶつけようとしては泣く、昨日からその繰り返しで、ノレナの精神が安定していないのは明らかだった。
口を大きく開けて、座り込んで天を見上げながら赤子のように泣く。
俺たちはそれを見て、ノレナを抑える力を緩めてノレナから離れる。
ノレナはミロの上から退いた後もしばらく泣き続けていた。
ミロも幸い大きな怪我はなかったらしく、起き上がる。
ノレナはひたすらに泣くだけ泣いて、しばらくするとダイニングを出て部屋に戻っていった。
ノレナは非常に危険な状態にあるが、頭のどこか片隅ではミロが犯人だと決まったわけじゃないことを理解しているようにも思えた。
ただただ、感情をぶつけたかった。そんな風にも見て取れた。実際にはわからない。
しかし、ミロの表情には複雑な感情が込められているのは明らかだった。




