16. 手がかり②
「ふぁ〜」
情けないあくびをして俺は目を覚ます。
昨日の事件のこともあってよく眠れなかった。しかしよく眠れなくてもあくびはでる。
とにかくうるさい外の雨音が自分の騒がしい思考を遮ってくれて逆に睡眠導入に良かったかもしれない。雨音がなければきっともっと寝れなかった。
「こりゃしばらくは止まなそうだな……」
窓をチラリと眺め、ポツリと独り言を残し、朝食に向かうためにマシな部屋着に着替えて、一階の洗面所を経由してからダイニングへ向かう。
昨日と全く同じ順序だ。
ここから何もないといいけど……
「お、レオおはよう」
「ああ、クルトおはよう」
ドアを開けると円卓に座っていたクルトが挨拶をしてくる。
円卓をみると、すでにカサミラ、エイダン、クルトが食事を終えているようだった。
昨日に比べて随分人の数が少ない。
「今日は好成績だな、レオ」
「別に意識したつもりはないんだけどな」
「……ふふ」
俺が早く起きたことに対して若干ドヤ顔をしていると、カサミラが静かに笑う。
「どうしたカサミラ?」
「いや、レオさん結結構遅い方ですよ……」
「そうなのか?でも俺四番目だろ?」
どうやらカサミラは俺が遅いのにドヤ顔をしていることに対して笑ったらしい。
しかし、半分より前に位置しているのに遅い方とは?
「実は三番目のボクとレオの間がそこそこ空いててな。だから結構待ったんだよ」
どうやら順位はまちまちだが、タイムがよっぽど酷かったらしい。
「なるほどな。というかノレナ、ミロ、フレアは仕方ないとして、ロサクはまだ降りて来てないのか?」
ノレナは精神的に参ってるから仕方ないし、ミロとフレアは昨日の朝を見てわかる通りシンプルに起きるのが遅いから俺より起きるのが遅くても違和感はないが、しっかり者のロサクが遅いとは珍しい。
イケメンだからヘアセットなどに時間でもかけているのだろうか?
「確かに、ロサクさん遅いですね……もしかして……」
カサミラの発言で不穏な空気が流れる。
昨日、ロキウはいくら待っても降りてこなかった。降りてこなかったロキウの末路は語るまでもない。
まさかロサクも……
すると、ガチャリとダイニングのドアが開く。
「おはよ〜」
「あ、ミロさんおはようございます」
眠そうな目をこすりながら入ってきたのはミロだった。
昨日に引き続き、またしても俺とほぼ同タイミング。昨日は負けたけど、今日は俺の勝ちだぜ。
ミロが降りてきてからしばらく時間が経っても誰も降りてこなかったため、カサミラは俺とミロの分の朝食を焼き始めてくれた。
カサミラの負担が大きすぎる気がしてきたな、今度何か手伝おう。
カサミラの作ってくれた朝ごはんを数分で食べ終えてからも、部屋には誰も入ってこなかった。
「ちょっと不安な時間になってきたな」
とクルトが云う。
「ああ、もう少し待っても降りてこなかったら部屋の様子を見に行こう」
まだ俺がダイニングに来てからいうほど時間は経っていないが、昨日の件がある。
未だに解決に至ることのできていない昨日の出来事。
もうあんなことは起こって欲しくないと俺は心の底から思う。
あと少し早く違和感に気づいて動き出していれば、何か状況は変わっていたかもしれない。
もしかしたら犯人確保に至っていたかもしれない。解決とはいかずとも何か重大なヒントを得ることができたかもしれない。
そうだ、あと少し早く動き出していれば、だ。
もし、昨日と同じようなことが今日も起きていたとしたら?
悠長にダイニングで駄弁っている場合ではない。
「いや、もう少し待たずとも、もう様子を見に行こう。昨日みたいになったら最悪だ」
「オレも同感だなァ」
ずっと黙っていたエイダンも声を上げる。
珍しく俺とエイダンの意見が合致する。
「それじゃあ、行こう」
と椅子を立ち、ダイニングを出てまずは二階を目指す。塔も調べておきたいが、まずはロサクがいるはずの客室からだろう。
二階に行くと二手に分かれて部屋を訪ねることにした。
フレアは寝てる可能性が高いからレディの寝顔がうんたらって話で女性陣がフレアの様子を見に行くことになった。
俺とクルトとエイダンの男性陣はロサクの様子を見に行く。
ちなみに俺とロサクの部屋は隣同士だ。昨日は特に大きな音はしなかったと思う。
隣といっても部屋同士の感覚は結構広いし、雨音が強かったから何か音が鳴っていても気づかなかっただけかもしれない。
二階の客室をぐるりと右回りに進んでいき、俺の部屋を通り過ぎてすぐにロサクの部屋にたどり着く。
こんこん、とまずは軽くノックをしてみる。
「……反応なし、か」
寝ている時、案外これくらいの音は聞こえないもんだ。
次は強めにノックをしながら声をかけてみる。
「起きてるかー?ロサクー?」
やや大きめの声で話かけるが、反応はない。
「レオ」
「ああ」
クルトと目を合わせて、部屋に入り込むことにする。
客室は入るのに鍵が必要ないため、ノブを捻ると簡単にドアが開く。
「おーい、ロサクー?」
ドアをそーっと押しながら部屋に足を踏み入れると、
「……ッッ!!!」
細く短い廊下の先には、血溜まりでうつ伏せになった、力の抜け切ったロサクがいた。
その横には殺害に使用したと思われる剣が雑に置いてあった。
急いでロサクの元へ駆け寄る。
最悪だ、最悪だ……!そんな……!
ロキウに続いてロサクまで……!
「おい!ロサク!起きろロサク!」
うつ伏せになったロサクの元まで寄って、肩を揺するも反応がない。
「ロサク!ロサク!」
クルトも一緒に声を上げるが、それにロサクが応えることはない。
うつ伏せになった顔を覗いてみるとそこには生気の全く籠っていない目をしたロサクがいた。
口から血をだらんと流し、持ち前のイケメンフェイスを象徴する綺麗な瞳はすでに色を失っていた。金色に輝いていた綺麗な髪の幾本かは真っ赤なぬめりとした血で染め上げられていた。
脈を測らずとも、誰がこの状況を見ようとも、ロサクは明らかに死亡していた。
それでも、俺は脈を測ろうとロサクの頭の前に伸びた右腕の脈を測ろうとする。
すると、
「……???」
ロサクの右腕が前に伸びていた理由に俺は困惑する。
ロサクの指先に、何かがある。
これは……ダイイングメッセージだ。
ロサクはダイイングメッセージを残そうと右腕を前に伸ばしていたのだ。
でも、そんなわけはない。
このダイイングメッセージは間違っている。絶対に。
「……!」
「……!?」
体の向きに対して、斜めに書かれたその文字を見て、その場にいた全員が絶句する。
ありえない。
でも、何度読み返してもロサクが書いたダイイングメッセージはそれにしか読めない。
ある個人を、もしかしたらこの事件の犯人を指すかもしれない言葉が。
それでも俺は認めない。
そこに書かれていた文字は───
「『ミロ』……?」




