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花めく為に散る、  作者: 苫田 そう
12/27

12. まるで魔法のような

 一体どうしてこんなことになった。


 昨日、いやさっきまでこの館には平和な空気が流れてたと言うのに。


 昨日まであんなに元気だったロキウはなぜ今息をしていない。


 誰もがこの異様な状況に言葉を詰まらせていた。


 俺は死体に触れないように、死体の周りをぐるぐると観察してみる。


 赤黒く広がった液体に、ピクリとも動かない大柄な身体。


 何もかもがおかしな状況なのは間違いないが、その中でも一際気になる点がある。


 馬の被り物だ。


 これじゃあまるで、地下の牢屋にいた気味の悪い人形じゃないか。


 頭に被り物をしていても、ガタイの良さからこれが人形ではなくロキウであることが断定できる。


 一体どうして、ロキウは……


 「とりあえず、ロキウを移動させてもいいかな……」


 そう呟いたのはロキウの幼馴染で親友であるロサクだった。


 「そうだな、このままじゃ可哀想だ。部屋に運んでやろう」


 一通り今の状況を把握することができたから、ロキウを移動させても問題ないだろう。


 まだ被り物の下は確認できてないが、そんなに全員でマジマジと見るものじゃないし、ロキウだって見られたくないはずだ。


 とにかく今のままじゃ可哀想だ。


 俺とクルトで上半身を持ち、エイダンとロサクで下半身を持つ。

 ノレナはいまだに放心状態といった感じで、女性陣がケアのためにダイニングへ連れていく。

 せーの、と男性陣でロキウを持ち上げようとすると、


 「なんだ、今の?」


 とクルトが扉の方を見て、首を傾げる。

 釣られて全員でそちらに目をやるが何もない。


 「どうしたんだ、クルト」

 「いや、今一瞬、扉の方に影が見えたような……」


 クルトは目を瞬いて、何度か扉の方を見る。

 が、そちらには何もない。


 「アイツらの影じゃねぇの」


 とエイダンは先ほど出ていった女性陣の影じゃないのかと云う。


 「ああ、多分そうだ。悪い」 


 クルトは扉の方を意識しながらも、視線をロキウに戻す。

 今はそんなことより、ロキウを移動させてやらないと。

 ガタイが良いからその分重たい。


 頭部から溢れる血が手にベトりと付く。後で洗うにしても不快感は拭えない。

 ロキウを自室まで運んでやるとロサクが馬の被り物の中を確認させてくれと云った。


 本当にロキウが死んでいるのか、顔はまだ確認していない。だがおそらく間違いない。


 ロキウにもプライドがあるだろうから、僕だけに確認させてくれないかというロサクの願いを汲んでロサクだけが被り物の中身を確認する。


 俺が悲惨な死を遂げたとしても、そんなに多くの人に死に顔を見られたくないと思う。


 ロサクは被り物の中を覗くと顔を歪め、死体がロキウであることが確定する。



 それを確認し終えるとノレナを介抱している女性陣のいるダイニングに全員で集まる。


 昨日の夕食と打って変わって、室内には陰鬱な雰囲気が流れていた。


 誰もがロキウの突然の死を現実だと受け止めることをできずにいた。


 人の死を身近に経験したことがないわけではない。ただ、仲間の突然の死を、それも悲惨な姿を見て直ぐに受け入れることができるほど俺たちの心は図太くできていなかった。


 特にノレナはさっきの取り乱し様から深く傷ついているようであった。


 「なぁ、テメエら気づいてんだろ?」


 と静寂を切り裂くようにエイダンが云う。


 「気づいているって何にだ?」


 俺が問い返す。


 「あのデカブツの死が自殺じゃねぇってことにだ」


 やはりエイダンも違和感を持っていたか。

 まだ自殺でないと断定できるわけじゃないが、俺も疑問に思うことはあった。


 チラリと先ほどひどく取り乱していたノレナの方を見遣ると、呼吸は少しずつ落ち着いているようで、いきなりヒステリックを起こしそうな状況ではなさそうだ。 

 ただ、目には精気がこもっておらず俺らの会話に耳を傾けているかも怪しい。


 「それはどういうことだい、エイダンくん」


 と表面上は冷静に見えるような口調でロサクが問う。

 親友を失った悲しみは計り知れない。俺たちも仲間を失って辛いが、ロサクはもっと辛いはずだ。きっとロサクは無理して冷静に振る舞っている。


 「オレらが向かったのはおそらくデカブツが塔の上から落ちた直後だろ?なのにぴくりとも動かねぇし、痛がる様子を見せなかった。それにあの馬の被りもんもどうにも気持ちわりぃ。色々含めてどうにも自殺には見えねぇな」


 「……なるほどね。でも、こうも考えられないかい?ロキウは確かにあの時塔の上から飛び降りた。それで頭から落ちてしまって、痛がる間もなく即死。被り物の隙間から出血していることからも頭部からの出血が酷かったことがわかる。頭の被り物は何らかの遺言代わりか僕らに対するメッセージかあるいは顔を見られたくなかったとか……」


 確かにその可能性も考えられる。

 自殺説、他殺説。今の状況で客観的にどちらが有力かと問われれば間違いなく自殺説だろう。


 「いや、意味わかんねぇな。打ちどころが悪くて即死ならまだわかるがあの出血の仕方は納得いかねぇ。オレらはすぐに駆けつけたってのに血が完全に広がりきっていやがった。それ以降一切拡がりを見せることなくな。それにテメエの被り物の仮説も納得がいかねぇ。遺言ならもっとわかりやすくしやがれって話だぜ。あとあの無神経なデカブツが自殺を考えるほど思い悩むとは思えねぇなぁ」


 ロサクは一瞬目を伏せる。


 「僕だって君の言っていることの意味がわからない。だってさっきまでこの場にはロキウ以外の全員が集まっていたはずだよ。そんな状況で誰がロキウを殺せるんだい。他殺の可能性は限りなくゼロに近いと思うよ」


 と珍しくロサクもやや怒気を込めて云う。


 親友の死体を目の前で見てしまったんだ。表向きには冷静に振る舞えても心から冷静になれるとは到底思えない。


 「なんでそこまでして自殺にしたがんだテメエは」

 「自殺にしたがっているわけじゃないよ、僕はただ事実を──」

 「あいつの死に何か心あたりでもあんのか?」

 「……は?」


 全く良きせぬ言葉を浴びせられて、ロサクが止まる。


 「いや、僕はロキウの親友だから、それで……」

 「親友って言葉は便利だよなぁ。その言葉を使えば何でも罷り通るんだからよぉ。何か知ってんなら今のうちに言っとけよ」

 「僕は、本当に何も……」


 ロサクは動揺している様に見えた。いや実際に動揺しているのだろう。

 ただそれは、自分がロキウの死に関わりがあるからじゃなくて、ただ単に状況を受け止めきれていないだけに見えた。


 正しい間違い、いずれにせよエイダンの言い方は強すぎるように感じる。


 ついさっき親友が死んでしまって、気を落としている人に詰め寄るのはあまりに酷だと俺は思う。

 なんというかせめてもう少し優しく……


 「俺は客観的に見て、現状では自殺の可能性が高いと思ってる」


 これ以上この二人だけに会話をさせるのは良くないと思った俺は客観的見解を述べる。


 「……んだよテメエ」


 エイダンはわかりやすくウザそうに俺を見る。


 「自殺にしても他殺にしてもロキウの死には依然として謎は残る。が、自殺だった場合のが残る謎が小さいと思う」


 そう、現状どちらの可能性も否定できない状況であるのが事実だ。


 「自殺説をとった場合には被り物の謎が大きく残る。自殺をするのになんであんな被り物を被ったのかよくわかんないしな。一方で他殺説をとった場合には一体誰がどうやって殺したか、という疑問が大きく残る。自殺説はさっきロサクが言ったように何らかの理由をつけることができるが、他殺説はどうにも片付けることができない。あの異様な落下音がした時、この部屋にはロキウ以外の全員が集まっていたんだからな」


 それゆえに今は自殺説の方が客観的に考えて有力であるということだ。


 「確かにテメエの云う通り客観的に見りゃあ自殺説の方が有力だ。ただ自殺で片付けるにはどうにも気持ちわりぃだろうが」


 野生の勘ってやつだろうか。エイダンの言っていることもわからなくはない。俺だって違和感は残したままだ。

 ただその勘だけで、客観的に有力である説を変えることはできない。


 「ミロ、死体を触った時どうだった?」


 男性陣の他にミロもロキウの死体に触れていた。

 特にミロが触れたのは運ぶためにロキウに触れた俺たちとは違って、ロキウの状態を明確に把握するためだ。俺達も触れたが、ミロのように専門的な知識がないため死体に触れたことで何かがわかったわけじゃない。


 ミロの意見を聞く前のこの段階で議論しても先には進めないだろう。

 まずは一旦落ち着いて、知ることのできる事実を知るべきだ。



 「そ、その……」



 ミロは微かに震えながら口を開く。


 この部屋に入ってから、ミロも何やら怯えているような、不安そうな表情が他の面々より一層強く出ていた。


 「私が、ロキウに触れた時、冷たくて少し硬かったの……」


 「つまり?」 


 「死後硬直が、かなり進んでた……」


 ミロの口からとんでもない事実が放たれる。


 確かに俺が遺体に触れた時も硬かった気がする。ただ、俺に人体に関する知識は全くない。だから下手なことは言わなかった。死後硬直が進んでいるということは死んでから時間が経っていたということ。


 「具体的な死亡推定時刻を割り出すことはできるか?」


 「私も、死体解剖とかを専門にしているわけじゃないから明確には言えないけど、多分七時間から十時間前くらい、かな……」


 これが本当だとしたらありえないことが起きている。

 ロキウは塔から床に叩きつけられる前にはすでに死亡していたということになる。

 つまり、それは何を意味するか。


 「他殺、ってこと?」


 フレアが恐る恐るそう尋ねる。


 「うん、そう……なると……思う……」

 「いやいや、待ってくれないか。本当にそんなことがあり得るのかい?何かの間違いじゃ……」


 とロサクが状況を飲み込めずにそう問いかける。


 「確かに私の推定した時間は正しくないかもしれない。ただ、これだけは確かに言える、私たちが駆けつけるよりもっと前にロキウの息は止まってた」


 「そん、な……。だって、全員この部屋にいたじゃないか!?一体誰がどうやってロキウを殺したって言うんだ!」


 信じられない事実を突きつけられ、ロサクが思わず身を乗り出す。


 「落ち着いてくれ、ロサク。それを今から考えるんだ」


 「だけど……!」


 ロサクは何か言いたそうにしたが、なんとかそれを呑み込む。


 「そう、だね……」 


 感情的になっても何も解決しない。それは普段から冷静にこのパーティを見てくれていたロサクならわかるはずだ。


 「たとえば、こんな説は考えられないか」


 と口を開いたのはクルトだった。


 「ミロの言うとおり、七から十時間前にすでに誰かにロキウは殺されていたとしよう。犯人は何らかの方法でロキウを塔の上まで運んで、ロキウを塔の上の柵の絶妙な位置に乗せた、もしくはロープか何かの道具を使って、時間経過で落下するようにした。ボクたち全員が全員がダイニングに集まっているタイミングで落下するようにして、ボクたちにロキウは自殺だと思い込ませようとした、あるいは混乱させようとした」


 確かにそれも不可能ではない。その場合はかなり運が大きく作用すると思うが……


 「クルトくんの言う通り、その説が正しかったとしよう。そうしたら、犯人の目的はアリバイ作りにあったってことだよね?」


 ロサクはなんとか気持ちを切り替えて、他殺説を検討し始める。


 そう、アリバイを作るためでなければ犯人はこんな面倒な殺し方はしないはずだ。

 全員のアリバイを全員が認知している状況で、ロキウが死ねばそれは自殺としか言えなくなる。

 犯人の目的がアリバイ工作にあるのだとしたら……


 「チビの説を採用したとすりゃあ、犯人はこんなかにいるってことになるなぁ」


 「まあ、そうなるな……」


 クルトもわかっていて踏み込んだ発言をしたのだろう。


 犯人がもしこのパーティメンバーの中にいないとすると、犯人は何も俺ら全員が集まっているであろう時間にロキウが落ちるようにしなくても良い。


 わざわざ全員がいる時間にロキウが死んだかのように見せるには意味がある。


 それはつまり、俺たちの認識を、犯人はこの中にいる人間ではないという認識に持っていきたかったのかもしれない。


 「クルトくんの説が正しいとすると、塔の階段にも血が付着しているはずだと思う。さっきも見た通り出血しているロキウを上まで持っていってロキウが時間経過で落下するよう何かタネを仕込んだのなら、死体上に運んでいく過程で血がどこかしらに付着しているはずだよね。あとで見にいってみよう」


 ロサクの言う通りだ。

 ロキウの死体からは確かに血が溢れていた。


 つまり、クルトの言ったように殺害してから塔の上に運んで、何らかの方法を使って塔から落としたのなら、塔の上に運ぶ際に必ず地面に血が着くはずだ。


 それに、あのガタイの良いロキウを簡単にひょいとお姫様抱っこして出血部分を抑えながら上へ持っていくことができる人はいないはずだから、死体を引き摺った形跡が残っていると考えるのは普通だ。


 「いいや、その必要はねぇ」


 とエイダンが言う。


 「どうしてだい?」


 「さっき俺がざっと見た感じじゃあ、階段どころかデカブツがぶっ倒れてた周り意外全く血痕が見られなかった。流石に塔の上の床までは見れてないがな」


 「じゃあ、まだ確認をする必要があるね。犯人が上でロキウを殺害した可能性だってある。上に何か手掛かりがあるかもしれないから、あとで見に行ってみよう」


 「たしかにどうやって時間差でデカブツを落っことしたかを確認するためには上まで行って確認する必要があるが、上で死んだ可能性も低いだろうな」


 「どうしてそう思うんだい?」


 「塔の一番上に登るには階段しか手段がねぇ。階段を登る音は塔内に響く。誰かが武器を持ってノコノコ登ってきたなら気づけるはずだろ。それに塔の上に登るってことはあのちっせぇ窓から外を見ようとしたんだろ?あの窓から外を覗こうとしたら階段の位置は真横にくる。背後から隙を突いて気づかれずに殺すってのはとことん無理な話だ」


 「確かにロキウは犯人の存在に気づけたかもしれない。ただ、ロキウも気づいた上でどうしようもなかったのかもしれないよ」


 いや、このロサクの反論には無理がある。


 「あのロキウが、犯人の存在に気づいた上で抵抗も無しに死んだとは考えられない」


 俺が思ったことを口にする。


 「もし自分を狙う殺人鬼を前にしたなら、誰だって抵抗するはずだ。ロキウは力も強いし、犯人が武器を持っていたとしても十分抵抗するくらいはできたと思う。ただ、ロキウの死体にはそういった斬り傷刺し傷や抵抗した時につくような揉み合いの痕なんかも全く見当たらなかった。不意を突かれた可能性が極めて高い、つまり不意を突くことのできる塔の下、あるいはこの館のどこかでロキウは殺された、俺はそう思う」


 「じゃあ、それは、一体誰が……?」


 この中にパーティメンバーを殺した犯人がいるかもしれない。


 そんな緊張感が室内に充満する。


 全員が全員互いを訝しむように視線を交差させる。



 「ちょ、ちょっと待って、私まだよく理解できてないんだけど……」



 ミロが待ったをかけ。


 確かに順序を飛ばして考察しすぎた。

 ミロや話を聞いているかわからないノレナなどを置いてけぼりにしてしまった。


 「それじゃあ最初からおさらいしようか」

 「ごめんね、けどそうしてくれると助かる」

 「いいよ、一度整理するべきだったしね」

 「ありがとう」


 「まず、僕たちが全員集まっている時に、ロキウが塔から落ちた。これは僕たち全員が知っていて、絶対に揺るがない前提だ。だから最初はロキウが自殺っていう説が強かったんた。だって、あのタイミングじゃあ誰にもロキウを殺しようがないからね」


 とロサクが最初から丁寧におさらいしていく。


 「でも、ミロちゃんが死体の死後硬直の進行度から推定したようにロキウが死んだのは塔から落ちたタイミングじゃなかった。ここまではわかるね?」


 「うん。ロキウが自殺で、死んだのがさっきのタイミングだったとしたら死後硬直はまだ進んでないはずだったから」


 「そう、だけどロキウは七から十時間前に死んでいたことがほとんど確定している。十時間くらい前に自殺をしたロキウがまさか、さっき起き上がって一人で歩き出して塔の上に登ってあのタイミングで飛び降りたわけじゃないだろう?」


 「うん、そうだね」

 「じゃあ、ここで自殺の線は完全に消える」


 ロサクは自分で説明しておきながら完全に得心しているようではなかった。

 やはりまだ心をきちんと整理しきれていないんだろう。


「たとえロキウが七〜十時間前に自殺をしていたとしても、その死体を運んだ人間がいる、つまり一人犯人がいることは消えない。だから、完全に他殺なんだ」


 ロサクも親友の死を何度も語るのは苦であるはずなのに、丁寧に順を追って説明してくれている。


 「そうしたら、ここで当たり前だけど疑問点が出てくるんだ」

 「誰がやったか、ってことだよね」

 「そう、まずこの館には今死んだロキウ以外で何人いる?」

 「八人、だよね」

 「そう、でもあの時八人は全員同じ部屋に集まっていた。これは間違いない事実だ」

 「うん、そうだよね。じゃあ、犯人は私たち以外の『誰か』になるんじゃないの?」

 「もちろんその可能性も完全に捨てることはできない。もし、君が人を殺めてしまったらどうする?」

 「えっ……ええと、謝る…?」


 ズコーと緊張を裂いて思わず俺は転けそうになる。

 ミロの心の綺麗さがミロの頭の回転を邪魔しているようだ。


 「普通、自分が犯人にならないようにするんだよ」


 「自分が犯人にならないように……?」


 「そう、たとえば僕ら以外の『誰か』がロキウを殺したのなら、わざわざ全員が集まってるあの時間にロキウを塔の上から落とす必要はない。いや、無くはないんだけど逃げ場のない塔の上からロキウを落として、全員が駆けつけてくる状況をわざわざ作り出すのはあまりにリスキーだ。それにそもそもあの時、塔の下から上を見上げてみたけれど『誰か』がいた気配もなかったしね。じゃあ、なんであの時間にロキウが落下したと思う?」


 「ええと、全員に周知させたかったから、とか?」


 「そうなんだよ。全員の前に全員いたことが間違いない事実として残っている。だから、犯人は僕たちの中にいないんだと、犯人はそう思わせたかったのかもしれない。まぁ、結局ミロちゃんが優秀だったから他殺であることも特定できちゃったんだけどね」


 「なるほど……」


 「で、ミロちゃんは出血したロキウを血を流れさせずに塔の上に持っていくことはできる?」

 「私には絶対にできないと思う」


 「だよね、ロキウに気づかれた上であの体格を相手に攻撃することは?」


 「それもぜったいにできない!」


 「そう、だからそこに謎が残る。塔の上で殺害を試みたら気づかれるし、一歩間違えたら抵抗されて自分が死ぬ。だから塔の上以外で、不意を突く形で殺害を試みた。そしてロキウは塔の上から落とされている。これは揺らぎようのない事実なんだけど、塔の上に血もつけずにロキウを上まで運ぶのはほぼ不可能なんだ」


 「ええと、それじゃあ犯人はロキウの不意を突いて殺害して、どうやってかわからないけど出血したロキウの血を床に溢さないように階段を登って塔の上まで辿り着いて、どうやってかわからないけど私たちの中の誰かが手も触れずにロキウの死体を時間経過で落ちるようにした、ってこと?」


 「そんなところだね」


 「うう……」


 まだ難しいようで、ミロは頭をぐるぐる回している。

 無理もない。この状況は確かに難しすぎる。自殺の線はほぼゼロになったが他殺にしてもやはり謎がいくつも残るし全員が全員この説に納得しているわけではなさそうだった。


 「血痕の件だったり、もし僕たちの中に犯人がいてアリバイ工作が目的だったのならどうやってロキウがあの時間に落ちるようにしたかも謎だし……謎があまりにも残るから僕は正直納得がいっていないかな」


 ロサクは上手く説明しつつもやはり納得していないようだった。


 俺たちの中から犯人を探すのならば、これから昨日の行動や今朝の行動を一人一人チェックしていかなければならない。そうなればここからまた、頭がこんがらがっていきそうだ。俺もついていけるかどうか……


 「私、言いたいことがあります」


 とここまで黙って話を聞いていたカサミラが挙手をする。


 「言ってみろ」

 とエイダンが上から許可を出す。


 「犯人はわたしたちの中にはいないと思います」


 カサミラは毅然と言い放つ。


 「いきなり何を言い出してんだテメエは」


 これまでと違う角度の推理だ。

 推理が詰まってきた今、こういった逆角度からの考察は大切だろう。


 「聞かせてくれないか、カサミラ」


 「はい。まず、みなさん管理人さんの存在を忘れていませんか?」


 管理人、という言葉を久々に聞いた気がする。実際には一日ぶりくらいだが。

 管理人は謎の指示、謎の手紙を残したこの館の管理人に当たる人物だ。


 「管理人だァ?あいつは今この館にいねぇはずだろ」


 エイダンの言っていることは正しい。

 まず、管理人は俺たちが館に入ってきた段階で今は外しているという手紙を残していった。そして、それから俺たちは館内を探検した。どの部屋にも管理人は隠れてなどいなかった。だから、探検していくうちに管理人のことも深く考えないようになった。


 それと管理人の手紙には明日帰ると書いてあった。昨日から見て明日は今日だ。

 朝起きた時も窓から確認したが、ひどい雷雨でとても船で渡れるような天候ではなかった。

 つまり管理人は確定でこの館、島にはいない。


 「いない、とも限りません」


 がカサミラはそう考えているわけではなさそうだった。


 「それはまたどうしてだい?」


 「管理人さんの手紙、覚えていますか?」

 

 「ええと、確か『諸事情により少々外しております。大変申し訳ございません。明日には帰る予定です。館内のものは全てご自由に使っていただいて構いません』とかだったよね」


 ロサクが管理人の手紙を思い出して口にする。 


 「はい、そうです。みなさんは『明日』と聞いていつを指すと思いますか?」


 「昨日から見て明日だったら今日になるんじゃないか?」


 クルトが何を当たり前のことを聞いてるんだ、といった感じに応える。


 「具体的には今日と明日の境目はどこですか?」


 「それは、深夜ゼロ時、かな」


 「そうなんです、確かに今朝から大雨ですが、管理人さんが指す『明日』のうち、おそらく最初の数時間程度は雨が降っていませんでしたからこの島に帰ってくることができたはずなんです」 


 なるほど。これは鋭い考察だなと思った。あの時間は俺も起きてたが、酔っていたしダイニングにいたしダイニングの扉もしまっていたため、あの時間に館に侵入することは容易であったかもしれない。もし管理人がそこまで考えて行動していたなら確定で黒だな。


 「カサミラちゃんの考察はたしかに鋭いと思うよ。でも、それだけで今回の事件の謎が全て解けるわけじゃない。なぜあの時間に塔から落としたのか、どうやって血痕も付けずに上まで運んで落としたのか、僕たちが塔に入ってきた時管理人さんはどこへ消えたのか、また管理人さんはいるとしたら今どこにいるのか、上げ出したらキリがないよ」


 ロサクが疑問を並べる。


 犯人が第三者だったとしても謎は多く残る。

 結局今はどの説に傾倒しても謎が残る状況である。


 「みなさん、『転生者』って知っていますか?」


 俺は思わず飲んでいた冷めたコーヒーを吹き出しそうになる。


 このパーティでは一番まともそうであったカサミラの推理はどうやらぶっ飛んでいるようだ。


 「てんせいしゃ…?」


 ミロにとっては聞き馴染みがない言葉であるようで、首を傾げている。


 「僕もちょっと聞いたことがないな、それは」


 「私も知らない」


 「ボクは、なんとなく言葉程度は」


 ロサクとフレアも知らないようである。


 クルトは名前程度は知っているらしい。


 エイダンは黙って腕を組んでおり、ノレナは相変わらず聞いているのかどうか怪しい。


 「はい、『転生者』という言葉を度々耳に挟んだことがあります。『転生者』は元々は別世界の住人で、なんらかの理由で死亡して、別の世界で生まれ変わる、つまり転生することになります」


 「それがどうやって犯人像に繋がるんだい……?」


 「『転生者』は生まれ変わり、いわゆる転生をする時に神様から特殊な力を頂くそうです。たとえば人智を超えた魔法スキルだったり、とんでもない破壊力を持った武器を授かっていたりと、能力は『転生者』によってさまざまであるそうですが……」


 「なるほど、確かにその『転生者』というものが存在しているなら、一連の流れにも説明はつくけれど……いやしかし……」


 ただでさえロキウの死について説を決めかねているロサクは初めて聞く『転生者』という存在に頭を悩ませているようであった。


 「アホらしーな。このままくだらねぇ、いもしねぇ存在について永遠に語り合うならオレはここで抜ける」


 とここまで黙ってカサミラの話を聞いていたエイダンが乱暴に席を立つ。


 「ちょっと、エイダンくん!」


 「人間は魔法なんて使えねぇよ」


 エイダンは言葉を吐き捨て、カサミラの制止も意に介さずダイニングを出ていく。


 エイダンがいなくなったことで空席がまた一つ増える。


 『転生者』という存在に全員が困惑しているようだった。


 俺はここで、カサミラのぶっ飛び推理の矛盾に気づく。


 「カサミラはあくまで俺ら以外に犯人がいるっていうことを言いたいんだよな?」


 「はい、そうです」


 「もし『転生者』なんてとんでもない能力を持った奴がいるなら、それこそ俺らの中に犯人がいる可能性もあるよな」


 「あ……それは、そうですね。すみません」


 そう、カサミラは『管理人』と『転生者』の二つを出してきたが、その二つは共存しなければ成り立たないというわけではない。


 『転生者』という存在が実在するとしたら、管理人という十人目の存在でもありうるし、ロキウを含めた俺ら九人の中の誰かという可能性もある。


 だから、管理人説を最初に推していたカサミラの説を強固にするような存在ではないということ。


 「いいや、別に謝らなくて良い。違う角度からの推理は必要だと思う」

 「それに、『管理人』も『転生者』も可能性として消えたわけじゃないしな」


 クルトのいう通りだ。『転生者』はちょっと言いすぎだと思うが、管理人の可能性は全然ある。今回の事件にはまだ、あらゆる可能性が残っている。もちろん限りなくゼロに近い自殺の可能性についても、だ。


 「なんにせよ、ひとまず全員の昨晩の行動と考えられる動機について話し合いたい。そこからまた見えてくるものがあるかもしれない」


 「そうだね……じゃあちょっと僕がエイダンくんを呼び戻してくるよ」


 と言ってロサクが席を立とうとすると


 バンッ!


 と机が大きく叩かれる。


 「もうやめて……」

 「ノレナ……?」


 音の鳴った方を見ると、ノレナが机に手を強く置いて立ち上がっていた。


 「あんたら全員なんなの⁉︎人が一人死んでるの!それも大事な仲間が!どうしてそんなに冷酷に推理できるわけ⁉︎」


 先ほどまで静かだった、というか心ここにあらずだったノレナが声を荒げる。


 いつもの騒がず気の強いノレナとは大違いだ。


 「いや、冷酷なわけじゃなくて、俺らはただ───」


 「黙って!ロキウの死を楽しんでるんでしょ!ただただアンタらは自分の頭の良さをアピールしたいだけでしょ!ああわかった!そのために一番頭の悪いロキウをアンタたちが殺したんだ!馬鹿なあいつに馬の頭なんて被せて!この人殺し!」


 バンバン、と机を叩きながら敵意を撒き散らすノレナ。


 ノレナ本心では俺たち全員がロキウを殺したわけじゃないとわかっているはずだ。ただ今は完全に錯乱状態にある。自分以外全て敵とみなしている。このままだと危険だ。


 どうする。


 今何を言ってもノレナは聞かないだろう。


 下手な発言をすればかえってノレナを刺激してしまう。


 かと言って何もしなければどんどんヒートアップしていくだろう。


 どうすれば良いのか……


 「ノレナ、落ち着いて」


 「何をいっ──」


 「大丈夫、大丈夫だから」


 と幼馴染であるロサクがノレナの頭を撫でて慰める。


 下手に浅い関係の奴が口を出すより、ロサクのような深い関係にある人がノレナを落ち着かせてやる。それだけでノレナはあっさり落ち着いた。


 ノレナは危うく暴れかけたが、ロサクのおかげで段々と鎮まり、怒りで荒い息は次第に鼻を啜る音に変わっていた。


 幼馴染の死はやはり堪えるようで、ノレナはそのまま大泣きし始めてしまった。


 ロサクも非常に辛い表情をしている。やっぱりさっきまでは痩せ我慢だったか。親友が死んで辛くないはずがない。


 それでもロサクは冷静さを保って、


 「このままじゃ議論はできそうにない。一旦解散しようか」


 「悪い……そうだな」


 「お昼はもうすぎちゃったから、夕食を早めにして、そこでまた話し合おう。僕も今何が正しいか上手く整理できていないんだ」


 「……ああ」


 俺は返事をすることしかできなかった。


 確かに、ロキウが死んだばかりだと言うのに配慮が足りなかったかもしれない。


 ノレナを連れてロサクが出て行き、その後全員がバラバラに部屋を出て一時解散となった。

 

 


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