11. 手がかり①
「ふぁ〜〜」
と大きな欠伸をして、俺は目を覚ます。
だいぶ寝た気がするなぁ……
まだ眠い体を起こして窓から外を確認すると、雨粒が窓を叩いていた。
嵐か……
夜中、夢と現実の間にいた時には既に激しい雨音が聞こえていたような、いなかったような……
というか本当に雨が降ったことで、管理人が帰ってくる可能性はますます減ったな……
この嵐は長く続きそうだし、現段階でも本土から島に渡るのは不可能だろう。
同じように俺らが島から本土へ帰るのも無理だ。
まあ、地下の不気味な部屋以外居心地が良いし、全然良いんだけどな。
元々結構滞在する予定だったし。
最初はこの館や管理人を過剰に警戒していたが、今ではそんなに警戒していない。
どうやら俺は一日ですっかりこの館に染まってしまったらしい。
寝巻きから幾らかマシな部屋着に着替えて、一階の洗面所を目指して歩いていると、
「あっ」
「あっ」
洗面所の方から出てきた眠そうなミロと目が合って、目を逸らしてお互いに固まってしまう。
ミロも同じタイミングで起きてたのか……
いや、そんなことよりこの状況をなんとかしないと……
「朝ごはん、だな」
言葉を捻り出した結果そんなわけのわからないセリフを吐いてしまう。五点。
「そうだね、楽しみ、」
ミロは壁を見ながらぎこちなくそう応える。
「じゃ」
「う、うん」
俺は気まずい雰囲気に耐えられず、会話を切り上げてミロの横を通り過ぎてしまった。
ダメだ、こんなんじゃダメだ……
せっかく二人になれたのに……
気まずいことは元々わかっていたのに……
後でもう一回話しかけよう……
言うべきことはしっかり俺から言わないと……
次こそはと神に誓ってから先ほどミロが出てきた一階の洗面所で顔を洗ってダイニングを目指す。
確か、カサミラが朝食も担当するって言っていたはずだ。具体的にいつ食べるかは決めてなかったけど。昨晩の夕食はとても美味しかったので朝飯にも期待が高まる。
ダイニングの扉を開けると既にカサミラ、ミロ、ノレナ、エイダン、クルト、ロサクの六人が席についていた。
料理は既に並んでいて、なんならエイダンなんかはもう食べ終わっているようだった。
「遅いぞ、レオ」
「ああ、悪い悪い」
「随分寝てたんだな、もうお昼過ぎだぞ」
「え、もうそんな」
どうやら俺は大寝坊をかましていたらしい。
昨日は色々考えてしまって、クルトと会話をした後も部屋で一人で考え事してたんだよな……
まあ、今日は特に予定がないから許して欲しいところではある。
というか、
「約二名、さらに寝坊してるな」
「ああ、そうなんだよ。ロキウとフレアだね」
まあ、あの二人なら納得か。
ロキウは寝たら起きないし、フレアも他人の面倒見が良いお姉さん気質なのに自分は全然で、よく寝坊して遅れてくる印象だ。
「昨晩はロキウと一緒だったのか?ロサク」
ロサクの昨晩の行動を知らなかったが、なんとなくそう聞く。
「ん?ああそうだね、夜遅くまで一緒に部屋で話していたよ」
ワンテンポ遅れてロサクが応える。
「で、ロサクはしっかり起きてロキウは大寝坊か。ほぼ同じ時間に寝ているはずなのに、ロサクはやっぱり優秀だな」
「あはは、そう言って貰えると嬉しいんだけどね、実はその分睡眠時間が足りてなくて、今日は何だかぼーっとしている事が多いよ」
なるほど、だからさっきも一瞬反応が遅れたのか。
確かによく見るとはっきりとした二重のイケメンフェイスにも疲れが見える。
遅寝してるのにちゃんと起きてるのは本当に偉いな。さすがはロサクといったところだろう。俺なんか寝るのが遅かったらその分遅く起きちゃう。ロサクを見習おう。
「実は僕も、この中じゃそんなに早い方じゃなかったんだけどね」
「そうなのか」
「うん、カサミラちゃんが一番で、次にエイダンくん、次いでクルトくんが来て、その後にクレナと僕が一緒に到着、そしてミロちゃん、レオくんって感じだったんだ」
「そうだったのか、ノレナとは上で合流を?」
「そう、たまたま会ってね」
「やっぱり幼馴染だと起きる時間も同じになるのか?」
「あはは、そうかもね。まあそうは言ってもロキウがまだなんだけど」
と会話をしているとダイニングの扉が開かれる。
ロキウか、フレアか。俺は扉に目を向ける。
「おはよ〜」
重たそうな瞼を擦りながら入ってきたのはフレアだった。
いつもは背中まである髪の毛も綺麗に整えられているが、今日はちらほら、いや、何箇所もダイナミックに跳ねていて、躍動感のある髪型だ。
「フレア、遅いよ〜」
とミロが云う。
「ごめん、ごめん。あの後すぐに部屋で寝たんだけどね〜。やっぱり私、ロングスリーパーみたい」
冗談めかしてフレアが云う。
「もー」
あの後、ということは昨晩ミロとフレアは一緒にいたのか。
どんな会話がなされていたかは朝から考えたくない。
「といってもミロもさっき来たばっかなんだけどな」
「クルト、しーっ」
フレアがゆっくりと椅子に腰を下ろす。
しばらく経ってもロキウは起きてこない。
ロキウのでかい声がないのに加えて、寝起きが何人かいるダイニングはかなり静かだった。
「じゃあ、レオさんとミロさんとフレアさんのパン、まとめて焼いちゃいますね」
カサミラはその方が楽だと思ってロキウが来てから朝食もまとめて作ろうとしたが、当のロキウが全く降りてくる気配がないため、遅れ組である三人の朝食を先に用意する。
その前に、と言ってカサミラは香りの良いホットコーヒーを三人分用意してくれた。
ふんふん〜♩とキッチンの方からカサミラの小さな鼻歌が聞こえてくる。
雨さえ降っていなければなんて優雅な一日なんだろうか。あ、でも遅起きだから優雅じゃないか。
昨日の夜に食べたカサミラの料理は絶品だったからなぁ。今から楽しみだ。などと俺がどうでも良い事を考えていると、
パァンッ!!!!!
「「!?」」
何かが地面に叩きつけられたかのような異様な轟音が館内に鳴り響いた。
俺は突然の爆音に思わずコーヒーを飲む手が止まる。
他の全員も何が起きたか分からず、目を見開いていた。
なんだ、一体何が起きたんだ。
ただ事ではない音が鳴り響いた。
「……ロキウ!」
この場に唯一居ない親友の身を案じて、ロサクが動き出す。
俺もすぐに椅子から立ち、ダイニングを飛び出す。
今の音は多分、塔の方から……
俺は扉を出て、塔の扉を目指す。
先に駆けていったロサクも音の出所が掴めていたようで、塔の方へ駆けていく。
あの音から察するに只事じゃない何かが起きている。
いくら頑丈なロキウとはいえど、心配が勝る。
とにかく塔へ……
「ああ……そんな……!」
先に塔へ入っていたロサクが足を折りへたり込む。
「ッ……!」
後についで塔に入った俺も目の前の状況に思わず言葉を失う。
塔のど真ん中には『馬』の頭を被った大柄な死体が仰向けに寝ており、手脚はあらぬ方向に捻じ曲がり、馬の被り物からは大量の血が溢れていた。
「キャアアア!」
後から入ってきたノレナがその死体を見て、甲高い悲鳴をあげる。
「そんな、ロキウ……!なんで、なんでなんでなんで!」
「触っちゃだめだ!」
ロサクがノレナを制止する。
「嫌よ!離して!」
「ロサクの言う通りだ、ノレナ!」
「嫌よ嫌ぁ!」
男四人でノレナを力づくで止める。
まだロキウがどんな状態か、しっかり見れていない状況で安易に動かすのは危険だ。
状況から考えるに、ロキウは塔の上から落ちて今に至っている。
それなら、
「ミロ、生存確認!」
俺の声に反応し、ミロがロキウへと近づく。
今さっき塔から落ちたなら、まだ息がある可能性も十分にある。
それにこの塔の一番上から落ちても、即死は無いはず。日々鍛錬を怠らないロキウならあるいは……
「レオ……」
手首の脈を測ったミロがこっちを向いて、ゆっくりと首を左右に振る。
「そん、な……」
「ロキウ……」
抑えていたノレナの力がふっと抜ける。
まさか、そんなはずはない。
誰もがそう思っていた。いや、思いたかった。
しかし、この場にいた全員にどうしようもない現実が突きつけられる。
ロキウは死んでいた。




