猫耳の少女
ここ最近視線を感じる。
舐め回すような何かを見定めるような、そんな気持ち悪い視線。
イルさんもカレンさんもときどき感じるようだが、すぐに気配を消されてしまい追うことが出来ていないらしい。
そんな日々が1ヶ月を過ぎた頃だった。
「あのー」
寒気がこの街にも押し寄せてきて、人通りの少ない細い道を歩いていた時だった。
猫耳に黒い尻尾を生やした女の子が話しかけてきた。
「この辺りにおすすめのラーメン屋さんはありませんか?」
一目で俺をつけていた人物だと確信を得る。
「あーそうだなー」
黒いチャイナドレスに身を包み、手を後ろに組んで笑顔でこちらを見上げてくる。
生存本能からか悪寒が全身を駆け巡る。
「俺の働いてるラーメン屋でもいいかな?」
「ええ、もちろんです」
黒い大きな目をすうっと細め、綺麗に整った口が三日月のように歪む。
「ちょっと電話して空いてるか確認してみるね」
「はい」
心臓が胸を叩き、背中から汗が流れるのがわかった。
一刻も早くこの場から離れたいがそうしたら何をされるかたまったもんじゃない。
あの小さな体躯から滲み出すとてつもない威圧感。
対策課でクラスX災害に遭遇したときよりも、どっかの天使の警官と戦った時よりも、これほどまでに死の淵に立っていると思ったことはない。
震える手で電話を取り出し、店に電話をかける。
1コールで竹林さんが電話に出る。
「······もしもし俺だ。うちの店に来たいと言ってる方がいるんだが今空いてるか?」
『ああ、もちろんだ。そんなことより······いや、わかった。店で待ってるぞ』
「ありがとう」
頼む伝わってくれよ。
普段は電話なんて使わないし、竹林さんじゃなくて店にかけた。
更に敬語も使わなかった。
これで多分なんとかしてくれるはずだ。
「お店空いてるらしいですよ」
「やったぁー」
両手を広げバンザイのポーズで喜びを表現する。
子供らしく可愛らしい行動だがそんなことを気にしている余裕はなく、ただただ機嫌を損ねないように全身に神経を張り巡らせるのに精一杯だった。
「じゃあさっそく行きましょうか、レルさん」
俺の右腕に腕を絡ませ、はにかんでこちらを見つめる。
「ああ」
何故名前を知ってるかなんて聞けたもんじゃない。
そんなことで命を落とすなんてまっぴらごめんだ。
さっきまで進んでいた細道を引き返し、大通りに出る。
ここを歩くどんな種族もこの異常事態を理解していない。
一つ何かを間違えればこの街の全てが消し飛ぶ可能性がある。
頼むから何も起こらずにこのまま店まで行かせて欲しい。
そう切に願うが現実とは残酷なもので、この街ではよくある災害が発生するのであった。
地面が割れその亀裂から白い大蛇が姿を現す。
頭部だけで数メートルはあるその蛇は辺りを無差別に攻撃する。
そしてその無差別には俺たちも含まれている。
赤い瞳でこちらを捉えた瞬間、巨大な尾が右側からこちらに迫ってくる。
これは俺が死ぬか、街ごと死ぬか。
そんなことを考えた瞬間、右腕に絡んでいた腕の片方が解かれ目の前を軽く薙ぎ払う。
たったそれだけの動作で目の前の蛇は跡形もなく消えてしまった。
ここに存在していた痕跡一つ残さずに。
「さあ邪魔者は消えましたので行きましょうか」
そう言って微笑むと、また俺の腕に両腕を絡め、さらには頬ずりさえもしてきた。
目の前の圧倒的な力に逆らえるはずもなく俺はこれ以上最悪が起きないことを願ってただ歩みを進めるのであった。