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ラーメン屋で働くことになりました

餓死寸前、とはこのような状態を指すのであろうか。

極度の空腹感に苛まれた青年はまともな思考もできないまま、ただ街をふらついていた。

ふと、何処かで嗅いだことのあるような匂いが鼻腔をくすぐる。

無意識のうちに足がその匂いを求め、歩みを進めてしまう。

何度も躓きながらどうにか匂いの発生源へと辿り着く。

ああ、なんていい匂いなのだろう。

恍惚とした表情を浮かべていた少年は突然、糸が切れたかのように地面に倒れ込んだ。

目の前が真っ暗になり意識が遠のいていくのを感じ、少年は目を閉じた。




「ん······」

「やっと起きた。店先で倒れられるのはもう勘弁して頂戴ね」


目が覚めると僕はベッドに横たわっていて、そばには茶髪の女性がいた。

瞳は黄色に染まっていて、そしてどことなく僕と同じヒューマンではない事が伺える。


「こ······ここは?」

「覚えてないの?ここは『ラーメン・デリバリー』、ラーメンが売りの料理店よ」

「そうなんで······」


グォォォという咆哮にも似た腹の音が鳴る。


「はぁ······付いてきて」


椅子から立ち上がった彼女はドアを開け、左に曲がった。

慌てて自分の上にかかっている布団をどかし後を追う。

階段を降り、扉を開けた先には厨房でパンダが湯切りをしていた。


「こちらがこの店のオーナー。パンダの竹林さん」

「お前が店先で倒れてたっていう小僧か。それで、ここで食うのか?それとも『デリバリー』か?」

「あ、オーナー、この子普通にラーメン食べに来ただけっぽいのでそういうのは無しで」

「はぁ〜、そりゃあ珍しいな。ちょっと待ってろ」


竹林さんが湯切りしたラーメンをどんぶりによそい、トッピングを始める。

そして目の前に待望のラーメンが置かれる。


「はいよ」

「いただきます」


そう口にした瞬間、割り箸を使い口元に麺を運んだ。

目から雫が溢れるほど美味いラーメンをただ一心に喰らう。


「······よっぽど腹が減ってたんだな」

「ですね」


どんぶりに残っていたスープをすべて飲み干し、机に置く。


「とっても美味しかったです。ごちそうさまでした」


席を立って店を出ようとすると、竹林さんが前に立ち塞がる。


「おっと、まだ支払いが済んでないぞ」

「ですよね〜」

「お会計は100万ミクスからになりますが」


女性がニコッと笑いながら尋ねる。

全財産の50万倍なんだが······。


「えーっと、分割は······」

「うちは現金一括払いのみだ」

「ほ、ほんとに100万ですか?」

「疑うなら店先の看板見て来い」


言われた通り、見てみると確かに1杯100万ミクスからと書いてある。

そりゃあ閑古鳥も鳴くか。


「あー······えっと······」

「はぁ······しゃあないな、うちでは働くか?」

「よ、よろしくお願いします!」


よかった······臓器売らなくて済んだ。


「よろしくね、私はホーク族のイル」

「俺はヒューマンのレルです」

「さっきも紹介されたが竹林だ。よろしく頼む」

「さて······そろそろカレンが帰ってくるころじゃないかしら?」

「ああ、そうか。風呂沸かしに行ってもらってもいいか?」

「ええ」


イルさんが店の奥へと消えていく。

そして壁の時計がちょうど11時を刻む。

その瞬間、ドアが勢い良く開くが中には誰も入ってこない。

不思議に思いドアに近付き、閉めようとする。

急に左腕を引かれそのまま地面に叩きつけられる。


「今『デリバリー』から戻りました。竹林さん、こいつは?」


身体を押さえつけているであろう何かがいる方向から声が聞こえる。


「新規の従業員だ」

「······ごめんね〜、投げ飛ばしちゃって」


俺の身体に跨っていたものが姿を現す。


「いや〜、ラーメン食わずに立ってたから敵かと思って」


どうゆう考えだ。

緑色の短い髪に、赤い瞳。

そして目につくのは身体中に飛び散った血液。


「君は?」

「私はカメレオン族のカレン。新規くんは?」

「俺はレル。ヒューマンだ」

「ヒューマンかぁ······」

「そんなことより風呂入ってこい」

「はーい。新規くん、また後でね」


部屋が急に静かになる。


「あいつが2人目の従業員のカレンだ。まあ仲良くしてやってくれ」

「ええ」


イルさんが戻ってくる。


「カレンに投げ飛ばされたの?災難だったわね。そこらへんで座って休んでいたら? 」

「はい」


言われた通り、テーブル席に座っておく。

あ〜、久しぶりに柔らかいものに座った気がする。

そんなこんなでボーっとしているとドアが開いた音がした。


「おまたせー」


カレンさんが血の付いていない制服に首にタオルをかけた状態で戻ってくる。


「よし、始めるか」


そう言うと竹林さんがカウンターから出てきて僕の正面に座る。


「カレンが帰ってきたし、レルの仕事の説明するぞ」

「はーい」


僕と竹林さんのいるテーブル席にイルさんとカレンさんが集まってくる。


「レルには『デリバリー』を頼みたいと思う」

「いや、無理でしょ」

「無理だと思います」

「えぇ······」


流石にそれくらいならできるでしょ。


「まあ、最後まで話を聞け。今までの『デリバリー』は1人がラーメンを持つか、地面に置かなければいけなかった。だろ?」

「うん」

「そうですね」

「そこでレルだ。こいつは戦闘は知らんが荷物運びはできる。つまりレルにラーメンを持たせて、イルとカレンは戦闘だけしてればいい」

「確かに。それならラーメンを持つ手間も無くなりますし、タイムロスを防げますね」

「さすが竹林さん!」


······全く何言ってるかわからないけど、とにかくラーメンを持っていればいいらしい。


「レルはこれでいいか?」

「はい、大丈夫です」

「よし、これでレルの仕事も決まったし、俺はお昼寝してくる」

「じゃあ誰か来たら起こしに行きますね」

「了解」


竹林さんがドアの奥へ消えていく。

思ったよりこの店は人気がないのかもしれない。

あ······100万ミクスだもんな。


「そういえばここってどうしてラーメンが100万ミクスもするんですか?」

「依頼料よ」

「依頼料?」

「そう、『デリバリー』を依頼した人はラーメン代という名目で100万を店に来て払う。そうすれば変に目をつけられることもないでしょ?」

「ついでに『デリバリー』1回で1000万だから大体の人は10回はこの店に通うよ」

「まあそれ以外の客は貴方を除いて全くいないけどね」


そうだったのか。


「ところでずっと言ってるけど『デリバリー』って普通のデリバリーじゃないないの?」

「説明してなかったかしら。私らの言う『デリバリー』はいつでも、どんな場所でも、誰が居ようと確実に届けるサービスよ」

「例えば、お届け先にテロリストがいてもね」

「それって······」

「『デリバリー』に邪魔な奴はヒューマンも亜人もデーモンもエンジェルも皆等しく殺す。うちの『デリバリー』はそこが売りだよ」


それなら1000万も納得でき······できるか?

まあ、こんな物騒な街なら需要もあるか。


「そんなことより〜、私はレルのことが聞きたいな〜」

「俺ですか?」

「そうそう。例えば〜、前は何してたの?」

「前は災害対策課で働いてましたが稼ぎが悪いので辞めました」

「まあ仕方ないわね」

「じゃあ〜、今はどこに住んでるの?」

「野宿です。3日前のクラスB災害で住んでたアパートが奈落に落ちていっちゃって」

「えっ······」

「ああ、そういえば最近そんなこともあったわね」

「ちょうどその時クラスC災害のベヒーモスから逃げてたんで命は無事だったんですけどね。財産はすべて失いました」

「あっ!知ってる!CB同時多発災害ね!」

「それです」


そして野垂れ死にかけてここに着いたと。


「なんか可哀想だから私の家に来る?」

「『私達』ね」

「いえ、野宿するので······」

「ダメ!次の日レルの死体が転がってたらやだもん!」

「まあ一理あるわね。というわけで私達の家に来なさい」

「いやでも······」

「じゃあ無理矢理連れて行こっか」

「そうね」


何がなんでも俺を連れて行くらしい。


「それなら······お言葉に甘えさせてもらいます」

「やったぁ!」

「家事は俺がやるんで」

「そう?助かるわ」


そんなこんなで雑談を続けること数時間、竹林さんが降りてきて今日はもう閉店だと言って帰してくれた。


「ここよ」


お店から歩いて十数分したところにそのマンションはあった。


「思ってたより大きいですね」

「まあそれなりに稼げちゃうからね」


えっへん、と豊満な胸を張りドヤ顔をする。


「ほら、行くわよ」


3階まで階段を使って上る。

303号室の前に立つとイルさんが鍵を取り出し、ドアを開ける。


「ようこそ、私達の家へ!」

「空き部屋は今から作るからリビングで待ってなさい」

「はい」


言われた通りリビングへ行き待機する。

すぐにハンガーラックを抱えたイルさんとカレンさんが出てくる。


「これを右の部屋に、こっちは左の部屋の中にそれぞれ入れておいて」

「わかりました」


ハンガーラックを持って右の部屋に行く。

プライベートな空間なのであまり中は見ないようにしつつ、ハンガーラックを適当な収まりの良さそうなところに置いておく。

左の部屋も同様に設置する。


「終わりましたー!」

「じゃあこっち来てー!」


声の聞こえる方向へ向かって歩み出す。

辿り着いたのは入口付近の部屋だった。


「ここよ」

「ありがとうございます」


そこは僕が前に住んでいた部屋のリビングよりも大きな部屋だった。

まあ、安いとこだったからしょうがないか。


「ベッドと日用品は明日買いに行きましょう」

「それまでは私の部屋で一緒に寝ようね」

「いや、床で寝ます。野宿は慣れてたので、大丈夫です」

「それならソファを使いなさい。床だと腰痛めるわよ」

「······確かにそうですね。じゃあそうさせてもらいます」

「むぅ······」


カレンさんが頬を膨らませているのがよく分かる。


「寂しくなったらいつでも来てね」

「機会があったらお願いします」


あるかは知らないけど。


「カレン、夕飯作るわよ」

「あ、俺も手伝います」


全員でキッチンへ向かい夕飯を作りそれを食す。

お風呂に入った後は、疲れているだろうからという理由ですぐに眠るよう言われた。


「おやすみなさい」

「おやすみ」

「おやすみ〜」


明かりを消し、ソファに横になる。

100万ミクスか······。

何ヶ月かあれば何とかなりそうな額だが、出来ればこのままこの店で働きたい。

もっかい仕事探すのはハード過ぎる。

災害対策課に戻るのは最終手段だな。

一応あっちじゃ行方不明になってると思うし。

ああ、急に睡魔が襲ってきた。

しばらくロクに眠れてなかったからな。

まあこれからは何とかなんだろ。

意識が段々と沈んでいく感覚に身を任せる。

明日からが良い日になりますように、そう願いながら。


どうも羊木なさです。

次投稿する作品はホラー系と言いましたが、嘘になりました。

一応期間内には投稿するつもりなので待っててください。

これからもよろしくお願いします。

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