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第6話 その後4

 ああ、なんということかしら?

 わずか三歳の息子に追い出され、年金が二人合わせて金貨百枚……? 月に八枚から九枚しか使えない。

 どうしろというの? マクエガー子爵は贅沢しなければ良いと言ったけど、どれくらい控えればいいかも分からないわ。

 シモンは能天気に大きくあくびをしていた。


「まあいいや。なんとかなるだろう。明日考えようよ」


 そう言って彼はベッドに入り込んでいびきをかきはじめた。


 ああ、シモン。私たちはもう伯爵でも伯爵夫人でもないのよ? あなたはシモン・ジュラルード、私はミウ・ジュラルードを名乗れるだけ。

 なんとか叔父さまに取りなして貰うよう頼もうとは思わないの?


 次の日、シモンは起きて使用人を呼んだが、誰も来るはずがない。使用人なんてもういないんですもの。


「困った。これは不便だぞ。さっそく人を手配しよう」


 彼は馬に乗って、紹介所を当たったらしく、執事一人と使用人二人、コックを一人連れてきた。この屋敷にはそれらを収容するスペースはあったのだ。


 しかし、一ヶ月でそれは無理だと分かった。私たちの月の生活に金貨二十一枚かかると執事から言われたのだ。予算の倍以上だ。

 そのためには使用人を一人にして、料理の皿の数を三枚程度にしなくてはならないと言うと、シモンはカンカンに怒ってしまった。


「私にスープを飲むなというのか!」


 その言葉に執事はすぐに「そうです」と答えるのでシモンは驚いて止まってしまった。


「旦那様の好きなスープだけでも薪は数本必要です。煮込みですからな。ですから、サラダと焼き物くらいにして、パンは三日から五日に窯を開けての作り置き。デザートは週一くらいが妥当ですな。奥さまのドレスも寝てしまっているものは売って蓄財したほうがいいかもしれません」


 そこまで言われると、シモンはそんな暮らしが出来るかと言い放った。


「お前は首だ!」

「そうですか。それはありがとうございます。これで月々、金貨十七枚で済みますぞ」


 と言うと、荷物をまとめて行ってしまった。


 ああ、シモン。なんて短気なの? 前のあなたはそんなのではなかった。やっぱりお金がないということは余裕がなくなるのね。




 あれ?


 どうして今ごろアドンのことを思い出すんだろう……?


 確かにアドンとの暮らしは生活に余裕がなかった。お腹がいっぱいになるなんて数えるくらい。


 でもどうして?


 今の暮らしよりも安心があそこにはあった……。




 いいえ、いいえ。そんなことない。

 毎日が苦しかったじゃない。今は困ってるから弱気になっているんだわ。

 でも頼るべき夫のシモンは何も出来ない。


 なんとかなる。どうにかなる。の言葉のまま使用人二人とコック一人は雇ったままだった。それに加えて、シモンは古い馬車を売り払い、四頭だての立派な馬車を買ってきた。


「やはり伯爵ならば、こういう馬車に乗らねばな」


 とはいうが、古い馬車は金貨四枚にしかならず、新しい馬車は金貨三百枚で、馬の世話には飼料も人手も足りなかった。

 私はそのことをシモンに言うと、彼はいつものなんとかなる、だ。

 私は怒りながら叫んだ。


「シモン! 叔父さまは本気で私たちを隠居させたのよ? なんともならないじゃない! お金はどうするの? あなたと私は年金頼りで、仕事もしていないと言うのに!」


 私の熱弁など意に介さず、シモンはまだ自分の置かれた状況を理解していなかった。そして言い放つ。


「だったらブライアンに手紙でも書くと良い。あれは私たちの息子だ。何とかしてくれるだろう」


 すべて他力本願なのね、シモン。まあいいわ。本当にそれくらいしか手立てがないもの。

 私はすぐにブライアンへと手紙をしたため、希望を込めて送った。内容はこんなものだった。


『ブライアンへ。誤解からお母様たちを隠居させてしまったようだけど、お母様たちは一日たりともあなたを忘れたことはなかったわ。そんなお母様たちを追い出すなんて、あなたは良くても世間は納得しません。特に領民たちはあなたを信頼しなくなるでしょう。お母様たちはどうなってもいいけど、それが心配です。早くにお屋敷に戻してくれるよう考えて下さい。またお母様たちは、今の年金では困窮する一方です。お父様も大変困って病気になってしまっています。どうか金貨五百枚の援助をお願いいたします』


 それを出すと、数日後にブライアンからの返信があった。私は急いでそれを開けた。


『敬愛するお母上、お元気でしょうか。緑が美しく輝く季節です。マクエガーはここより暖かいと聞いています。過ごしやすい毎日かと存じ上げます。さて母上の文中におかしな部分がありましたので指摘させていただきます。私を忘れたことはないとありましたが、一度も会いに来ず、手紙も出さず、使用人に様子を伺うということもなかったと聞いております。母上たちは敵地に捕えられてるわけでもなく、病気に倒れているわけでもない。ここに非常に違和感を感じざるを得ません。初めてお会いして、私が普通の三歳児より大人びていると感じませんでしたか? 父母の愛を受けずに育つとこうなると人から聞いたことがあります。それでも使用人たちは、私の父母となり、兄や姉として接してくれたので、私は人を愛する気持ちを失いはしませんでした。しかし両親が旅行中、領内は不作続きで、領民を援助するためにジュラルードは蔵を開いたものの足りず、家族ともいえる使用人たちと別れなくてはならない選択を強いられたのです。それでも母上たちは旅行の資金が足りないと矢の催促でした。当家の財産はほとんど空になってしまったのです。私が小さいため、執事頭のウォーレンは大叔父に領内の経営、援助を頼み、どうにか持ち直し、使用人の大半を呼び戻すほどに回復したのです。それでもリックラック公爵閣下より借金をしており、月々の返済に追われております。ですが大叔父は、豊作の見込める今年の租税は軽くしようとおっしゃいました。私もそうしたほうがいいと思います。我々は領民を愛し共に生きなくてはなりません。そんな中で母上や父上に出している年金は、どうにか絞り出しているという形なのです。私の食事の皿を減らし、衣服の新調もほぼない中での捻出だと察してくだされば幸いです。当家は一致団結の中、母上や父上がおられるとそれも揺らいでしまうかもしれません。ですので当面のご帰宅はご遠慮申し上げます。これは提案なのですが、銀貨一枚でアヒルが三羽買えると聞きました。三十羽も買って敷地内で育て、数が増えたら出荷するという事業はどうでしょう? 玉子も売れますし、羽も売れます。排泄物すら農家に売れるのです。もしもジュラルードに卸して頂けるなら購入も考えます。そろそろ父上と母上は自分達でお金を産み出すことをお考えになる時期かと思います。それから私、名前をルーイに変えました。父母から頂いた名前が嫌なわけではありませんが、大叔父も祖父の名前を引き継ぐべきだとおっしゃるので、それに従いました。業務もございますので、本日はここで失礼いたします。あなたの愚息ルーイ四世より。代筆ウォーレン』


 私は何度も食い入るようにそれを見直したが、書いてあることは同じだ。ともかくジュラルードの屋敷はこれ以上、金を出さないということなのだ。

 それをシモンに話すと、激昂して手がつけられなくなった。


「畜生! きっと叔父とウォーレンの差し金だ! 我が家は金持ちなんだ! なのにどうして私に金をくれないんだ! それにブライアンは私も継げなかった父の名を継ぐなんて、なんて親不孝ものなんだ!」


 叫びながらそこらじゅうに当たり散らして、さらに私を睨んだ。


「そうさ。ブライアンはひょっとしたら私の子じゃないのかもしれない。あの汚ならしい農夫のアドンのガキなのかも。それを言ったら叔父も私と関係を修復してくれるかも知れないぞ」


 シモンは私の不貞を疑い、自分だけジュラルードに帰るつもりなのだ。それには私も怒った。


「何を言うの? ブライアンは間違いなくあなたの子だわ。だってあなたと関係してからアドンとは離れて寝ていたもの! それに、あなたのお父上も叔父さまも聡明なかたじゃない! きっとその血を多く引いたのだわ!」


 臆病なシモンは私に反抗されるとすぐに大人しくなって、黙って自室に入ってしまった。


 ああ、私たちはどうしたらいいの? このままでは関係は悪化して、お金もなく、この屋敷すら追い出されてしまうかも知れないわ。

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