第4話 その後2
息子のブライアンはとりあえず乳母に預けて、私とシモンは今までと同じ生活をした。
美味しいお料理を食べて、音楽会を開いて、ダンスを踊り、屋敷の中を見て回り、庭を散歩する。
庭には四季折々の花や樹木が美しくレイアウトされているのだ。
「見事なお庭だわ。これだけでも私は人に自慢できてよ」
「本当だ。こんな腕の良い庭師はめったにいないな。また手入れさせるといい。執事頭にその庭師を呼ばせよう」
シモンはそう言って鈴を鳴らすと、すぐに執事頭がやってきた。
「お呼びでございますか、旦那さま」
「ああ、ミウがこの庭を気に入ってね。また手入れさせようと思う。さっそく手配してくれたまえ」
と指示すると、執事頭は驚きながら答えた。
「あの……旦那さま。ご冗談でしょう。この庭を手入れさせたものなど……」
「どうした? ひょっとして死んでしまったか? ならば見舞金を出すといい」
「いえ、この庭を手入れしたのはアドン・スタイランでございます……」
それを聞いて私とシモンは顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。
「おほほほほ」
「そうだった、そうだったな。彼がこの庭を手入れしている間に、私とミウは愛し合っていたのだ。そりゃ彼の仕事振りなど知るはずなどない。彼は領民として忠義の限りを尽くしたのだろう。そりゃ美しい庭のはずだ」
私たちは笑い合うものの、執事頭は他に仕事があるのか、私たちの様子に身を震わして「失礼します」と言って足を鳴らして行ってしまった。
そんな執事頭の様子など気にせずに、私は自分が移植した花の列の場所を思い出して、そこにシモンを案内した。シモンは世界で一番素晴らしいと言ってくれた。
「そうだ。世界にはもっと素晴らしい場所があるぞ! ミウ、そんなところを見て回る旅行に行こう!」
「まあ、素敵! でもブライアンはどうするの?」
「乳母に任せておけば間違いないよ。君はそんなこと考えずに私のことだけを見ていればいいのさ」
「うふ。そうね。さっそく準備しましょう!」
私とシモンは、すぐさま旅装に着替えて馬車へと乗り込む。シモンに命じられた使用人たちはバタバタと用意して、彼らも後方の馬車へと乗り込んだ。
護衛や御者、侍女、使用人を合わせて二十人の旅だ。なんて勇壮なのかしら。
自領を越えて、他の領地に。そこのご領主に挨拶などして、各地を見て回った。とても楽しい。
都会も田舎もそれぞれ趣がある。海というところを初めて見たときは感動した。どこまでも続く大きな池。私たちはここに二ヶ月も逗留した。
旅行を始めて三年目で都に初めて入った。どこにでも大きな町はあったが、その何十倍も大きい。宿屋に入って町を見学して、買い物をして。
しかしこの都市ではある噂で持ちきりだった。大領主であるリックラック公爵の当主が逝去したので、その後継者が国王陛下に自身が公爵を継いだと挨拶に来るという話だった。
どうもその新しい公爵はおじさんではなく、とても若く美男だということだった。
そしてもうすぐ城門をくぐって入ってくるようで、沿道にはたくさんの行列が出来ていた。
「興味があるかい、ミウ」
「ええ、ウチは伯爵家も行列を作って旅行しますけど、大領主ともなるとどんな行列かしらね?」
「リックラックはこの国の三分の一の領地持ちだから相当な行列だよ」
「まあ、見てみたいわ」
「まさか若い領主目的ではないだろうね」
「うふ。それもあるかも知れないわよ」
「チェッ、なんだよ、妬けるなぁ」
「うふふ、そう言わないで」
平民たちに混じって、私とシモンは公爵行列を見に行った。みんな、わぁわぁとの大歓声である。
ようやく向こうから、美しく着飾った騎馬が50騎、整列してやってくる。その手には国旗と公爵旗、元帥旗まであり、格の違いを見せつけられた。その後には笛や太鼓を演奏した鼓笛隊も50人ほど。さらに剣、槍の歩兵が500人ほど続いて、ようやく金と銀の装飾のある馬車がやってきた。
そこには窓を開いて沿道に手を振る若い男の人。全身白い装いに金糸銀糸の刺繍が施されている。髪の毛はピッチリと整い、顔に口ひげはなくつるんとしていてまるで天使のよう。
にこやかに手を振るその人は、私と目があったとたんに動きを止め、窓から大きく身体を乗り出して、過ぎ去り遠くなる私の姿を見ているようだった。
周りの若い娘たちは、公爵さまが自分を見てくれたと、キャアキャア歓声を上げていたが違う。
あれは私だ。私を見ていたのだ。
私もその瞳に吸い込まれてしまった。しばらく呆然だった。
「なんだよぅ、ミウ。そんなに公爵さまがかっこよかったかい?」
「い、いえ違うわ──」
いえ、本当は違わない。私は平民から伯爵の妻となったけれども、私たちとそんなに年齢の離れていないあの人は、さらに偉い公爵。
その地位は霞んで見えないけど、私を見ていらっしゃった。きっとここにいるシモンのように、私の美貌に心を奪われたに違いないわ。
ああ、そしたらなんて出会うのが遅すぎたのかしら? シモンなんて、伯爵でも物覚えは悪いし、なんとも頼りないもの。
でも、あの人は若くしてこの国の三分の一を領し、軍隊では国王陛下の次の元帥だなんて……。
あの人に見初められたらなんと嬉しいことかしら?
そう考えていると、町娘たちの会話が耳に入った。
「リックラック公爵さまは、若くして奥さまをなくされて独り身なんですってよ」
「えー! だから私を見ていらっしゃったのかしら!?」
「なに言ってるのよ。お城に行くのよ? きっと王様の娘さまと婚約に行ったのだわ」
「えー、でも私にもチャンスはないかしら?」
「もちろんあるわよ。そして私にも」
「側室だって、きっと素晴らしい生活が待ってるわよー!」
「そうね、そうね、おほほほほー!」
そうなんだ。公爵さまは、一人身で……。でも私は独身じゃない。こんな男の妻で子供までいる。
ああ、なんてこと? こんな男に見初められなければ、私はリックラック公爵のお妃候補だったかもしれないのに。
つまらない男に嫁いでしまった……。
私はもう旅行を楽しめず、屋敷に帰りたいというと、シモンは丁度旅行の資金も尽きかけているからと了承した。
というか、尽かけていたの?
もしもリックラック公爵ならば有り余るお金があるのでしょうね。一生悩むことも苦労することもなさそう。
私はこんなシモンに嫁いで不幸だわ。ああ悔やまれる……。