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第3話 その後1

 そんな生活を一週間ほど続けていた。私たちは今まで離れ離れの生活を強いられていた反動で、ずっと寝室から出なかった。すると執事頭がドアの外から呼び掛けてきた。


「あのう、旦那さま、奥さま……」

「何かね? 食事以外の呼び掛けは遠慮してくれと言ってただろう?」


「それがマクエガー子爵がお見えです」

「な、なに? 叔父上が?」


 シモンは飛び上がって着替え出し、そっと侍女を呼んで私のことも着替えさせた。

 慌てているシモンにどういう訳か聞くと、冷や汗を流しながら答えた。


「マクエガー子爵とは私の叔父でね、死んだ父の弟なのだが、礼儀に厳しい小うるさい後見人なのだ。君のことを紹介するが、なんでもハイハイ言ってれば機嫌よくすぐに帰るよ。だから叔父には『ハイ』だ。いいね?」

「は、はい……」


「そう。いい調子だ」


 シモンは肘を張って、私に腕を組ませた。そしてゆっくりと部屋を出て、中央の大きな階段を下りる。そこには立派な口ひげを蓄えた、マクエガー子爵がイライラしながら立って待っていた。

 シモンは階段を下りると、両手を広げてマクエガー子爵を歓待する演技をした。


「ややー、叔父上! 突然のご訪問とは嬉しいですな! 本日は何用でしょう?」


 するとマクエガー子爵は、言葉を発せずに顎で私を指して紹介せよとやっているようだった。


「あ、こちらは私の妻でミウと申します。さあミウ、挨拶を……」

「あ、あの……、シモンの妻でミウと言います。どうぞよろしく……」


 貴族の挨拶など知らない私は、その場でペコンと頭を下げた。顔を上げると、マクエガー子爵はニッコリと微笑んでいたので私も釣られて笑顔を返した。


「そうでしたか。私はロベルト・マクエガーです。元々この屋敷の住人でしたが成人とともに祖父のマクエガー子爵を受け継ぎました。領のマクエガーは小さな町ですので、隣り合わせのリックラック公爵領の一郡の知事を任される他、軍では非常勤の大佐の官を受け、それで生計を立てております」

「ハイ……」


 正直何を言ってるか分からなかったがシモンの親戚だし、後見人だと言うのでニコニコと愛想笑いをしていた。


「そ、そうなんだよ、ミウ。叔父上は結構な金持ちなんだ」


 と言うシモンをマクエガー子爵はギロリと睨んでいた。そして私のほうに笑顔を向ける。


「時にミウどの。出身はこちらか?」

「ハイ」


「領主とは領民とともに生きねばなりません。特にジュラルードは農業が主産業です。領民たちの信用がないといけない。領主が悪いものだと知れば、たちまち領民たちは他領に逃げてしまうでしょう」

「ハイ」


「ところで私は最近悪い噂を聞きました。ジュラルード伯爵は人非人で、他人の妻を孕ませ、その妻を奪ったと言うのです。そんなことする領主の元には民は寄り付かず、国王陛下の耳に届いたらお叱りを受けるかもしれません」

「ハイ」


 そこで返事を返すと、マクエガー子爵は私のことも睨んだ。シモンから言われた通りの肯定の返事を返しただけなのに。


「ミウどの。あなたは結婚というものをなんと考える。あなたの夫のことは私はよくは知らない。ひょっとしたらあなたにとって無道な夫だったのかもしれないが、であれば逃げるなり、離縁するなりの道があったはず。その後にシモンと結婚すれば、私は何も言わなかったでしょう。ですが結果は最悪だ。話を聞くとあなたの夫は特段落ち度もなく、善良な人だったと聞きます。それを裏切った妻と、裏でこそこそ女のもとに通った領主になど、領民から愛されるはずがないでしょう?」

「ハイ」


 私が返事をすると、マクエガー子爵は眉を吊り上げて、シモンに詰め寄って行った。


「意味が分かるか、シモン。お前は代々のジュラルード伯爵の名を汚したのだ。お前を私に託した兄ルーイに申し訳がたたん。死んでお詫び申し上げたいが、私は公務を預けられている身なのでそれも出来ん」

「ハ、ハイ……」


「やってしまったことは仕方がない。しかも彼女の腹にはジュラルードの血が宿っていると言うではないか。もうお前は彼女を裏切ってはいかんぞ。領民には愛をもって接しろ。なんとか悪評を回避出来るよう、誠心誠意勤めるのだ、分かったか」

「ハ、ハイ」


「お前もよい大人になったから大丈夫だと思っていたが、とんだ間違いだった。領主の座に甘んじてなにもしないならまだ良い。不道徳なことをして領民を欺くな。ジュラルードの名にこれ以上泥を塗ってみよ、この私がお前に罰を与えてやるからな」

「ハ、ハイ」


 マクエガー子爵は、紳士らしく足を揃えて回れ右をした。そして入り口のドアに向かって歩き出したので、シモンはそれを呼び止めた。


「あの、叔父上。せっかくですからお茶でもどうですか?」


 しかしマクエガー子爵は振り返りもせずに「いらん!」と怒気を含んで答えると行ってしまった。


 シモンは細くため息をついて、私の肩を抱きながら微笑んだ。


「どうだい、言った通りだろ? あの人にはハイハイ言っときゃなんとかなるんだ」

「ふふ、本当ね。でも怖かったわ」


「大丈夫だよ。昔からうるさいだけなんだ。私は伯爵だぞ? 所詮子爵が何を出来るって言うんだ。さあ、寝室で続きの遊びをしよう」

「ええ!」


 私たちはまた階段を駆け上がった。楽園の門へと──。





 それから私の貴族生活は始まった。食事には何皿も並び、食べ終わるまで何時間もかかる。でもどれも美味しい。鳥豆が入ったものなんて一つもないもの。やはりあれは庶民だけの食べ物なのよ。


 そしてオーダーメイドのドレスが何着も! 私は飛び上がって喜び、侍女に手伝って貰ってたくさんのドレスに袖を通した。


 きらびやかな生活に心を弾ませながら臨月を迎え、私は男児を出産した。シモンは後継者が産まれたと、ことのほか喜んでブライアンと名付けた。

 そして私を大仕事を終えたと労ってくれ、キスと包容をくれたのだった。




 その頃、報告があってどうやら数ヶ月前にアドンが他領に出奔したと聞いた。が、それを聞くまでアドンのことなどすっかり忘れていた。元夫の動向などどうでもいいし、彼は都に行きたがっていたのでそうしたのだろうと、報告に来た使用人を労って下がらせた。

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