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第2話 後編

 伯爵さまは、一つになれたことを大変に喜んでいた。私たちはその後も何度も愛し合い、もうすぐアドンが帰ってくることを哀しんだ。引き裂かれる思いだ。

 しかしまた会うことを約束して、その日は別れた。


 やがてアドンが帰ってくると、途中で伯爵さまの馬車と擦れ違って、ご苦労様と声をかけてくれたと喜んでいた。


「いいご領主さまだな。我ら下々のものに声をかけてくれるなんて。やっぱりあの話は嘘だったのだな。悪い冗談だったが」

「あの話って?」


「ああ、前の話だよ。ミウを欲しいなどと」

「ああ──」


「そしてその時に言われたのだ。庭の全部を私に任せてくれると。あの屋敷を囲む庭木の剪定や、雑草の駆除、草花や木々の植樹なども。うれしいじゃないか。私の腕を買ってくれたんだ。小さいながらも中庭まである。やりがいのある仕事だよ」


 と言っていたが打ち合わせ通りだった。伯爵さまは、アドンに大きな仕事を与える。その間に私たちは逢瀬を楽しむことが出来るのだ。


「だったら家のことは任せてちょうだい。あの畑くらい、私一人で充分だもの」

「本当かい、ミウ。ありがとう」


 アドンは私の言葉に喜んでキスをしてこようとしたが、首を横に向けて拒んだ。自分の口ひげが嫌なんだろうとアドンは謝っていたが、もうさせるつもりはない。だってもう私は伯爵さまのものなんですもの。


 夜も誘ってきたが、疲れているからと断り別のところで寝た。もはやアドンなんて目にもいれたくない。




 アドンが仕事に行くと、伯爵さまがやってくる。日中は私たちの時間なのだ。伯爵さまが持ってきたおいしいお弁当を食べて、愛を語り合う。

 この秘密の逢瀬が、堂々と出来るようにアドンには離縁して欲しかった。


 それでも数ヶ月。あくる日アドンが聞いてきた。


「最近、道の(わだち)が深くなりすぎて荷車を引くのが大変になってきたよ。この家の前まで馬車が来ているのだろうか? 馬車などご領主くらいしか乗らないだろうし。おかしいな。ミウは何か知らないかい?」

「し、知らないわ。きっとあなたの荷車の跡よ」


「そうかな? そうかも知れないなぁ。なぁミウ。ご領主から頂いたお金がずいぶん貯まってきたんだ。この家も畑も売ってしまって都に家を買ってそこに移らないか? そこなら仕事はもっとあるし、華やかだぞ。きっと君も気に入る」


 息がつまった。もしも引っ越ししてしまったら伯爵さまと愛し合うことも出来ない。そんなとこ、アドン一人で行けば良いのだわ。


「わ、私は嫌だわ」

「ん? そうかい。やはり故郷のほうがいいのか。だったら旅行でもしよう。もうすぐご領主の庭の仕事も一段落するしな」


 え……? 一段落ですって? そしたらアドンは一日中、家にいるということ?

 この男は私に不都合なことしかくれない。私はその場に伏して泣き出すと、旅行が嬉しいのかととんちんかんなことを言いながら身をさすって来た。

 はね除けようと思ったが、突然吐き気をもよおし、そのまま吐いてしまった。アドンは驚いて水やタオルを運んできたが、この体調の不良は妊娠の徴候だと気付いた。

 それは伯爵さまとの逢瀬の賜物。ここにいるアドンのものではない。伯爵さまと始まって以来、アドンとは何もないのだから。




 次の日、アドンはいつものように伯爵邸に仕事に出掛けた。ややもすると伯爵さまがやってきたので、もうすぐアドンの仕事が終わってしまうことと、腹の子が伯爵さまの子であることを打ち明けるた。

 伯爵さまは子どもを大変喜んでいた。


「ミウ、心配はいらない。こうなったらアドンには君を諦めて貰う。充分な金を渡せば貧乏な暮らしだ、きっと首を縦に振るだろう。それでもダメなら領主の権力を使ってでも君を奪うよ」

「ああ伯爵さま、本当でございますか?」


「もちろんだとも。もはや君はこのシモン・ジュラルードの妻となるのだ。伯爵さまなどと遠慮して呼ぶ必要もない。シモンと呼んでくれたまえ」

「ええ、シモン。早くあなたの元に行きたいわ」


「ふふふ可愛いやつだ。すぐにアドンに申し付けよう」


 こうしてシモンは屋敷へと馬車を走らせて行った。




 しばらくすると、アドンが荷馬車も持たずに走って帰ってきたので驚いてしまった。アドンは着くなり私の手を掴んだ。


「ミウ、ここを逃げよう。ご領主は、強制的に君を手に入れると言って、私に金を握らせてきたのだが、私はそれをはね除けた。するとまだ足りないかと屋敷に入っていった隙を見計らって逃げてきたのだ。このままでは君はご領主に連れていかれてしまう。さあ早く!」


 アドンは力強くドアのほうへ向かって私の手を引いたが、私は足に力を入れて踏ん張ると、手はスルリとアドンから逃れた。


「え?」


 アドンは目を大きくして振り向く。私は手を背中に回して首を横に振った。


「いやよ。いかない」

「ど、どうして? こうしているうちにご領主はやってきてしまうと言うのに」


「それでいいもの。私は伯爵さまのところに行くんですもの」

「何をバカなことを。ご領主は力ずくで君を自分の物にしようとしているんだぞ?」


「そんなことない。私だって伯爵さまのこと好きなんですもの」

「ミウ、何を言って……?」


 私は自分の腹を丸くさすってアドンへと向けた。


「このお腹にはね、彼の子どもがいるのよ。どこかに行きたいのなら自分一人で行くといいのだわ」


 それを聞くとアドンは焦点を失って床に崩れ落ちて、泣き伏してしまった。


 私はとても面倒臭かった。さっさとアドンに出て行って欲しかったのに、彼はこれまで聞いたことないくらいに力強く大泣きして、そのうちに腹のものを吐き出してしまい、何も出なくなって喘いでいたが、ぐしゃぐしゃになりながら私の顔を見上げて叫んだ。


「ああ、ああ、ミウ。君は私が外で働いている時に、裏切りを働いて亭主以外の子を宿す人で無しだったのか!」


 となじってきたが、好きになってしまったのだもの仕方ないと思った。それにシモンはアドンとは身分が違いすぎる。

 天と地ほどの差があるのに夫や裏切りなんて農夫の秩序を持ち込まれても意味がないわ。

 私はこれから伯爵夫人となるんだもの。遠慮して身を引くべきよ。それが分からないなんて、所詮は平民だわ。


 私は何も語らず汚いものを見るようにアドンを見下ろしていると、息を切らせてシモンが入ってきた。


「ああ、ミウ。無事だったか。アドンが目を離した隙に逃げてしまったので気が気でなかった」

「シモン、大丈夫よ」


 そう言って私が駆け寄ろうとすると、突然アドンが立ち上がってシモンへと掴みかかった。


「貴様許さんぞ! 人の目を盗んで女房を寝取りやがって!」


 アドンはシモンの首を締め上げたが、シモンの護衛にはね飛ばされ、壁に押し付けられていた。

 私はすぐにシモンの首を確認した。


「まあ酷い! 赤くなっているわ!」


 アドンを押さえつけている護衛も怖い顔をしてシモンのほうに振り返った。


「ご主人、どうします。腕の一本でもへし折りましょうか?」


 彼の盛り上がった筋肉を見れば、アドンの腕はやすやすとひねり折られるだろう。アドンは壁に干物のようになっていたが、私の名前を何度も気持ち悪く呟いていたので目を背けた。

 シモンは咳き込みながら護衛へと言葉を返した。


「いいや、それには及ばぬ。彼が怒るのも道理だからな。彼には相応の慰謝料を払おう」


 シモンは懐から袋を出してテーブルの上に置いた。きっと金貨百枚は入っているのだろう。あんな大金をポンと出すなんて、なんと気風(きっぷ)の良い……。私はますますシモンに感動した。

 シモンはそのまま私の肩を抱いて外に出た。そして馬車へとエスコートしてくれたのだ。


 なんと美しい馬車だろう。こんなものに乗れるなんて。私はそれに乗り込み、今までの家に振り返りもしなかった。

 そして馬車は伯爵邸に向かって走っていった。ここは私の故郷であるが、今までと全然違う。この全てが私のものになったのだと、改めて嬉しくなりシモンに熱い口づけをした。


 やがて伯爵邸に着くと、使用人たちが大勢で出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、旦那さま。こんにちは、お嬢さま」


 私はお嬢さまと言われ嬉しがって舞い上がっていると、シモンは執事頭を呼んで叱った。私を奥さまと呼べと言うのだ。使用人たちは改めて奥さまと呼んでくれた。私は有頂天だった。


 そのまま湯浴みさせられ、体に香油を塗り込まれて改めてシモンの前に出されると、彼は真っ赤になって喜んだ。


「ああ、ミウ。なんて美しい。やはりこうして磨くと、君の本来の美しさが出るな。初夜が楽しみだ」

「本当? シモン。でも身重ですから、優しくしてくださいましね」


「当然だとも」


 私たちはそのまま寝所に行って男女となった。

 次の日も、次の日も寝室に籠って互いの悦びを極め合ったのだ。




 私は幸せだ。伯爵であるご領主に見初められ、平民にもかかわらず妻として娶られた。

 私は、勝ったのだ。泥臭い日常から解放され、美しいものを着て、美味しいものを食べる。そして旦那さまであるシモンと愛し合う日々。

 全てを捨てて良かった。心からそう思う。

まだまだ続きます。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] アドンが不憫すぎて……読んでいられなくて……。゜(゜´Д`゜)゜。 でも、とりあえず完結したら一気読みさせてください……。
[良い点] うぐぅ… 一言。 くっそだな!
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