帝国
絶対に罠だ。帝国の現状を男爵家の使いから聞いていた僕は、帝国行を拒絶した。
エリカが帝国の皇女だとわかると、帝国は、エリカを要求した。エリカは、条件をつけて帝国行を了承した。しかし、帝国はエリカのことを試金石にしようとしていることを僕が気づいた。
「アインズ様、どうか、エリカを止めてください!」
「無理だ。今回の事は、王国でもどうにも出来ない。帝国の力は強大だ。戦争にでもなれば、王国に勝ち目がない」
「こんなことは間違っている。これでは、伝説のエリカ様の二の舞じゃないですか!?」
帝国の領土は広い。聖域の数は、王国の倍あるといわれている。それほど巨大な帝国の聖域が、過去類に見ないほど汚れていることが、男爵家の者から伝えられた。
帝国の現状は、王国側でも商人を通して知っているはずだ。しかし、王国は大昔の罪もあり、帝国には逆らえなかった。
エリカはそれをわかっていたからか、わざわざ王国の聖域を全て回った。回って、わざわざ伝説の聖女エリカ様の実母・マリィのことを語った。
エリカは、血のマリィと呼ばれ、恐れられた所業を、帝国で行おうとしている。
王国では語られていないが、元は帝国の貴族だった男爵家は、血のマリィの所業を知っている。それは、妖精憑きの力を悪用したものだ。
帝国も過去、聖域を汚し、滅びかけたことがあった。それを救ったのが血のマリィだ。妖精憑きの力を悪用し、悪の根を除去した。
説得しようにも、エリカには常に帝国の者がついていた。
さらに悪いことに、僕は、帝国への使者として、帝国側から指名された。
「エリカ様が兄と慕うあなたがいれば、エリカ様も寂しくないでしょう」
「何をほざいてる。僕を使って、エリカを縛り付けるつもりか!?」
相手が帝国だろうと、かまわない。こんな時、リスキス公爵の教育方針が火を吹いた。
エリカを見つけた帝国の筆頭魔法使いは、僕に顔を寄せていう。
「ここで大人しくついてきたほうがいいですよ。ここで来ないなら、手足を斬って、誘拐すればいいだけですから」
魔法使いは妖精憑きだ。彼らには、簡単なことだ。
「エリカの足枷になるくらいなら、死ぬまでだ」
僕の決意は固い。絶対にエリカを不幸にさせない。
「お兄様、一緒に帝国に行きましょう!」
事情を知ってか知らずか、エリカは無邪気だった。もう、僕との関係を隠すつもりはない。僕の腕に抱きつき、甘えてくる。
「エリカ、やめないか」
「一緒に帝国へ愛の逃避行ですよ。素敵じゃないですか! お願いですから、一緒に行ってください」
明るくふるまっているが、僕に触れる手は震えていた。
王国を船で出航する直前に、男爵領の父から、叔母の娘が見つかった、と連絡があった。叔母は残念ながら、帰らぬ人となっていた。
船などに乗らなくても、魔法で帝国まで一っ飛びで行けるのだが、エリカがそれを望まなかった。
「せっかくお兄様との旅行なのです。ゆっくりと船旅をしたいわ」
エリカの望みに、帝国の者たちは従うしかなかった。
魔法で飛べることは確かだった。しかし、妖精憑きの力関係では、エリカに敵う者はいなかった。結果、エリカのいう通り、船旅をするしかなかった。
といっても、たったの三日である。
妖精憑きが乗った船は、特に波が荒れるという凶事もなく、船酔いすらさせない安定さで進んだ。
せっかくの船旅、とエリカは言ったが、僕を連れて、船室に閉じこもっていた。帝国の侍女を部屋に入れず、食事のやり取りも、ドアを少し開けるだけで、絶対に中に入れさせなかった。
船で過ごす三日間、僕は久しぶりに、赤ワインを飲んだようになった。
エリカと一緒に、王国の聖域を訪れたのだが、あの海の聖域の黒い輝きが記憶に残った。あれほど禍々しいものが、エリカの行為一つで清廉な白に変わったのは、帝国側も驚いていた。
帝国に到着すると、港の近くを見る。海の聖域が近くにあるだろう、と予想した。
あった。真っ黒に輝く海の聖域が。
男爵家から聞いた話は、本当だった。