最果てのエリカ様
王家にいる魔法使いの力を使って、馬車ごと最果ての聖域に訪れた。先に、リスキス公爵夫妻が行っていることを僕は知っていたが、アインズ様には伝えなかった。
結果、けんもほろろな扱いをされた。
人との付き合いとしては、一番難しい類の女の子だった。
一目見て、アインズ王子だけでなく、僕も、彼女の美しさに目を奪われた。どこかの貴族の落としだねだといっても、信じてしまうほどの聖女のごとき美しさだった。
性格も、清廉潔白である。欲も身の丈にあわせた程度なので、王族と仲良くしたがらなかった。
僕は、遠巻きで、見ているだけにした。社交でも、女性とは距離をおくようにしていたので、いないような存在であったはずだった。
年老いたエリカ様がお亡くなりになり、彼女が最果てのエリカ様となってしばらくして、リスキス公爵夫人が妊娠した。
僕は母がいう通り、お役御免にはならなかった。最果てのエリカ様は、リスキス公爵をお父様お母様、僕のことをお兄様と呼ぶようになってから、関係が深くなった。
妊娠して動けないリスキス公爵夫人と最果てのエリカ様の文通が始まった。手紙のやりとりの手伝いは、僕となった。
魔法を使えばすぐの最果ての聖域であるが、一貴族はそういうわけにはいかない。僕は馬を駆けて、単身で王都と最果ての聖域を往復した。
公爵家は、王国一の馬を使わせてくれたので、朝出発すれば、おやつの時間頃には最果ての聖域に到着するほどだった。
最初は、朝駆け夜駆け、であったが、手紙でエリカ様から「お兄様が可哀想ですから、一泊するように、説得してください」なんて公爵夫人にお願いするので、命令された。
初めての一泊は、本当に困った。
「お兄様、一人寝は寂しいので、一緒に寝てください」
二個下の小娘であるが、年齢的には、微妙だった。
「いや、さすがにそれは」
「エリカ様がいなくなって、夜は怖いんです。一年前は、孤児院で子どもたちと眠っていたので、一人寝は、未だに馴れなくて」
「………」
彼女の立場を話では聞いていたので、その泣き落としには負けるしかなかった。
一度、許してしまうと、もう、彼女の独壇場である。週一で訪れている僕は、どんどんと眠れない夜を週一で過ごすこととなった。
一年経って、もうそろそろいいだろう、と言ったら。
「まだまだ子どもだから、いいではないですか」
二年経って、学校にも通う年齢にもなったし、と言ったら。
「私はまだまだ子どもです」
三年経って、さすがに女性としての曲線がはっきりしてきた時には。
「お兄様、愛しています」
酒は飲んでも飲まれてはいけない。
彼女が僕に好意を抱いたきっかけが、僕が男爵家の教育を受けていたからだろう。
最初は、アインズ様について聖域を慰問しているだけだった僕は、ふと、彼女が遠くのほうをぼうっと見ている姿を見かけた。そして、微笑んだ。
これはもしかして。
僕は、気づいてしまった。彼女が妖精憑きだということを。
だから、アインズ様にはバレないように、僕から彼女に声をかけた。
「エリカ様、妖精には気を付けてください」
簡単な忠告をするしかなかった。
彼女は驚いたように僕を見返した。何か言おうとする前に、僕は距離をとった。
その日、彼女から公爵夫妻に伝言を頼みたい、と呼び止められた。アインズ様は、プライベートなことなので、馬車で待ってくれた。
「あの、どうして」
「誰にもいいません。だから、あなたも誰にも言ってはいけません」
「はい」
「手紙では教えられないことですので、時間をあわせて、教えましょう。それまで、いつもとかわらないように過ごしてください。いいですね」
リスキス公爵にも、アインズ様にも、彼女が妖精憑きであることを教えるつもりはなかった。