山小屋での日常
村人には見つかることはなく、山奥に行けば、打ち捨てられた山小屋が見つかった。まあ、雨風はしのげるので、僕はそこを改装して、住めるようにした。
リリィお嬢様は長い旅に疲れたのか、動けなくなっていた。気持ち悪い、食べたくない、というので、とりあえず、ベッドだけは使えるようにして、休ませた。
人並に生活出来るようになった頃、リリィお嬢様は吐いた。食べて吐くを繰り返した。
「ダン、どうしよう、病気だったら」
リリィお嬢様は、生まれてこのかた、病気一つしたことがない。
思い当たるふしはある。リリィお嬢様は激しく消毒を求めていた。消毒といっているが、それは、性行為である。僕だって、男だ。リリィお嬢様のように魅力的な女性に、何もしないわけがない。
「リリィお嬢様、それは、妊娠です」
「妊娠って、赤ちゃん!? そうよね、私、ダンと、そういうこと、してる」
学校に通ったからか、男爵家で教育を受けたのか、公爵夫人に教えてもらったのか、その知識があった。良かった。鳥が運んでくるものよ、なんて言われたら、どう説明すればいいか、悩んでた。
お腹に触って、笑顔になるリリィお嬢様。
「嬉しい。私とダンの赤ちゃん。女の子よ! 可愛い可愛い女の子!! はやく、元気にならなきゃ」
「食べたいものがありましたら、言ってください。僕が準備します」
「あ、うーん、頑張って、食べる」
たぶん、男爵領で採れる珍しい果物だろう。リリィお嬢様は、好んで食べていた。木になるものなので、その木を見つけないといけない。
今いる山に、その木があるかどうかはわからない。それがわからないので、リリィお嬢様は我慢した。
「では、木の実でも採ってきますね。リリィお嬢様は大人しくしてください。もう、一人の体ではないのですよ」
「ごめんね、家のこと、何も出来なくって」
「好きにやっているのですよ」
リリィお嬢様のためならば、何をやっても幸せだ。
そうして、山を駆け巡ることしばらくして、リリィお嬢様の大好物の木の実を見つけた。
無事、出産は終わり、元気な女の子が生まれた。
「見て見て、エリィよ」
「リリィ、その名前は」
「エリィ、エリィ、ほら、お父様よ」
聖女様に似通った名前は、王国では名づけにつかってはいけないこととなっていた。しかし、どうせ、一生を山で過ごすだろうし、名前の記録も残ることはないだろう、と僕は軽く考えた。
子育ては戦争で、リリィお嬢様はエリィの夜泣きに苦しんだ。
「家のことが出来ない!!」
「僕がやりますから。ほら、エリィがお腹をすかせていますよ」
「いけない!! エリィ、エリィ、いっぱい飲んでね」
家のことは絶対にやらせなかった。リリィお嬢様には、そういう才能がない、全くない、絶対にやらせない。
子育ては、才能云々は関係なかった。特に病気もせず、エリィは健やかに育った。
そうして、三歳を迎えた頃、さすがに、気づいた。
「父ちゃん、母ちゃん」
「エリィ、お父様とお母様よ」
「? 父ちゃん、母ちゃん」
言葉を正しても、田舎の癖のある言葉になってしまう。
「エリィは、妖精憑きですね」
しばらく見てみれば、見えない友達を追いかけまわしていた。声も聞こえるようだ。
そうなると、リリィお嬢様に憑いている妖精が見えるはずだ。どんなものなのか、試しに聞いてみると。
「? 母ちゃんには、妖精、憑いてない」
「そうなんだ。だから、私、ダンに苦労ばかりかけてるのね」
何故か、リリィお嬢様の傍には妖精がいなかった。しかし、妖精の祝福は受けていて、山を歩けば、彼女が歩く先には実りに溢れている。何かがおかしい。
「でも、エリィは妖精憑きだから、きっと、幸運がめぐってくるわ。そうだ、エリィには、貧乏男爵家の妖精憑きの約束事、しっかり教えないといけないわね。いい、エリィ……」
細かにことは気にしないリリィお嬢様はエリィに妖精憑きの心得を繰り返し、教えた。
簡単な約束事なので、エリィはすぐに覚え、気を付けると言った。
リリィお嬢様はああいったが、妖精憑きは決して、幸せになるわけではない。幸せだと感じるのは、きっと、男爵領にいる時だけだ。男爵領では、妖精憑きを優しく育て、慈しみ、守っていた。
しかし、男爵領の外は、妖精憑きには厳しい。山小屋に来るまで、リリィお嬢様は騙され、怖い目にもあった。それを妖精がいないからだ、とリリィお嬢様は思ったのだろう。
「私もエリィみたいな妖精憑きだったら、お父様も爵位返上なんてさせなかったのに」
エリィのことをとても羨ましがった。




