より強い権力
男爵領を追い出された後、すでに待っていたリスキス公爵家のお迎えで、リスキス公爵領に向かうこととなった。
リリィお嬢様は、すっかり落ち込んで、危なげに歩いているので、馬に乗せて、休ませた。
「公爵夫人が、お嬢様を待っていますよ。王都の美味しいデザートをご用意しています」
「ごめんなさい、こんなことになって」
泣くに泣けないリリィお嬢様は、どんなに言葉をかけても、謝るだけだった。
そうして、無事、公爵領の公爵邸に元男爵家とそれに仕える一族、ついでに領民が迎えられた。
領民の移動は、貴族間でそれなりのやり取りをしなければならないのだが、大貴族であるリスキス公爵に逆らえる貴族などいない。どういう縁かも知らない伯爵家は、リスキス公爵家の使いに見せられた紙切れ一枚で、元男爵領の領民全てを手放すこととなった。
伯爵は、元男爵家の邸宅に入ることすら出来なかった。あの邸宅には、帝国時代からの魔法がかかっている。鍵を渡しても、それは、使用者だと認められないと使えない。結果、あの立派な邸宅には、足を踏み入れることすら出来なかった。今頃、窓やドアを壊そうとしているだろうが、びくともしないだろう。あの邸宅は、今は廃れてしまった魔法の技術の全てを詰め込まれている。人の力ではどうしようもない。
今頃、悔しがっている姿が目に浮かぶと、つい、笑ってしまう。それを見ていたリリィお嬢様が笑った。
「ダン、ごめんね、こんな私で」
「リリィお嬢様と一緒なら、どこだってかまいません。どうでしょう、このまま二人で旅に出ましょう」
「旅? そうね、それはいいわね」
僕の何気ない提案、それを聞いたリリィお嬢様は、次の日には手紙一枚残して、公爵邸からいなくなった。
すぐにリリィお嬢様を探しに行くはずだった。ところが、その日、何故か、リスキス公爵邸で茶会が催されることとなり、公爵夫人に僕は捕まった。
「あなたは私の可愛いリリィの旦那様なのよ。私の息子より、立派に、男前にしなさい」
笑っているが、目が笑っていない。今も、彼女の次男をナイフ一本でこてんぱんにしたこと、根に持っている!?
リリィお嬢様は知らないが、この公爵夫人、どうしてもリリィお嬢様のことが諦められず、彼女の次男と僕とで決闘させたのだ。次男のほうも、リリィお嬢様の魅力に心奪われ、騎士団で訓練し、その日は準備万端だった。ちなみに、僕は、領内を荒らす熊やイノシシを仕留めるので忙しくて、そういう訓練をしなかった。しまったな、と気づいたのは、次男と対峙した時である。人間相手の戦い方をちょっと忘れていた。そして、獣相手のように戦い、あやうく、次男は腕を落とされそうになった。そこは、理性が働いて、どうにかおさえたが、次男はあちこちをナイフで傷つけられ、出血多量で倒れた。結果、公爵家は、リリィお嬢様を諦めるほかなかった。
恨まれてる、絶対に恨まれてるよ。そう思い、侍女たちにされるがままに服を着せられ、髪も切られ、整えられ、気づいた時には、公爵夫人をエスコートさせられた。あれ?
「あら、女性のエスコートも出来るのね。生意気」
「よく、お嬢様方の勉強に付き合わされましたから」
行儀見習いの勉強は、男爵なら普通はしない。しかし、祖母が公爵の血縁であるため、公爵夫人自らが行儀見習いの勉強をみてくれた。お陰で、男爵家のお嬢様方は、完璧だ。
ついでに、僕や他の使用人も完璧にされた。女は怖い。
「さて、行きましょう」
身内だけの茶会に参加させられる。これが終わったら、好きにしていい、というので、大人しく従った。抵抗すると、時間がかかる。
リスキス公爵夫人を中心としたお茶会は、絢爛豪華である。本当なら、ここにリリィお嬢様の席も用意されていたのだろう。僕は、公爵夫人を席にエスコートする。
その近くに、なんと、あの伯爵夫人と伯爵令嬢がいた。席順、間違ってますよ、公爵夫人。
間違い探しはお互い様である。
「なぜ、平民がここに!?」
ダメな人がいる! ここで声をあげるのは、礼儀がなっていないということである。
伯爵令嬢、リリィお嬢様がいう通り、礼儀とかの勉強、もっとしたほうが良かったですね。伯爵令嬢より高位の貴族が冷たい視線を彼女に向ける。ここにいる貴族の中で、伯爵令嬢が一番下位だ。あ、僕が一番下位か。
「今日は、許してあげましょう。この男は、私の夫の従兄弟の娘の婚約者よ。本当なら、娘も参加する予定でしたが、可哀想に、酷くいじめられて、人が怖いというのよ」
「そうなの。リリィったら、まだふさぎこんでいるのね」
伯爵家の向かいには、リリィお嬢様に似通った二人の令嬢がいる。彼女たちは、リリィお嬢様の姉だ。学校時代に一目惚れされ、侯爵家と伯爵家に嫁いだ。この目の前の伯爵令嬢の実家より爵位も財力も上である。
「リリィにはいつも言ったのよ。学校で酷い目にあっているなら、私が力になってあげるって。なのに、どっかの子息どもに無体なことをされても許して、目上の貴族家に教科書やノートを破られ、服や靴も捨てられても、大丈夫、なんて平然としているのよ。こちらは、証拠と証人をこんなに揃えて待っているというのに」
公爵夫人が目で合図すると、使用人と騎士が、リリィお嬢様に無体なことをした子息や嫌がらせをした令嬢をたくさん連れてきた。
震える伯爵令嬢。
「あなたの家、いろいろと悪い事をしすぎたわね。国王にも、全てお伝えしたわ。さて、私の可愛いリリィをあばずれなんて言ったんだもの。さぞや、立派な行儀作法なのでしょうね。どうぞ、お茶を飲んで」
飲まなかったら、どんな事になるかわかったものではない。言われたままに、伯爵令嬢と伯爵夫人はお茶を飲む。
「音をたててはいけません。そんなことも出来ないのですか」
「リリィは、我が家の中で、一番優秀で、完璧ですよ」
リリィお嬢様の姉たちが、見ていられないと蔑む。
「み、身内ばかりで、ひどいっ!」
「ここにいる子たちは、私の生徒です。皆さん、最初は酷いものでした」
お茶会に参加している全ての夫人令嬢は、公爵夫人が礼儀作法を教えた。
「ですが、立派になりました。その中で、リリィは完璧です。あの子は、私の前に来た時から、すでに完璧な貴族令嬢です。あの子に直すところなど、何一つありませんでした。それなのに、こんな作法一つ出来ない令嬢が、権力だけで酷いことをして。リリィは言いませんでしたか? お付き合いをしっかりしなさい、と。あなたに何度も助かる機会をリリィはあげたのですよ。でも、もう、あなたを許すリリィはいない。助けてもらっていたのに、本当にわかっていなかったのね」
憎しみをこめて睨むリリィお嬢様の姉たち。彼女たちは、まだ熱い紅茶を伯爵夫人と伯爵令嬢に頭から浴びせた。
「あつぃ!」
「何するのよ!?」
「あなたたちだって、リリィに同じことをしたでしょう。知らないと思っているの!?」
「私の可愛い妹たちが、リリィが火傷をしていると、手紙でしらせてくれたのよ!!」
学校には、リリィお嬢様の姉たちの息がかかった貴族令息令嬢がいた。悪行は全て、筒抜けだた。
「リリィに言ったわ。私たちが助けてあげるって。なのに、火傷は治ったからいいって、いうのよ」
「教科書だって、破られて。でも、あの子はもう覚えたからって、いうの」
「無体なことをされた時だって、ダンのお嫁さんになれるなら、気にしないって」
「ダン、私たちの可愛いリリィを見つけて!!」
「お願い、リリィを幸せにしてあげて!!」
泣いて、僕なんかにお願いするリリィお嬢様の姉たち。本当は、リリィお嬢様に隠れて、救ったりすることは出来た。それをしなかったのは、リリィお嬢様がそれを望まなかったからだ。
リリィお嬢様が望めば、妖精が、伯爵家に復讐する。だけど、在学中、伯爵家はなにもなかった。
リリィお嬢様の優しさを踏みにじった伯爵家は、高位の貴族たちに熱いお茶をかけられ続けた。
そして、伯爵家は一カ月もしないうちに没落し、平民以下となった。犯罪を行った証拠もあり、犯罪者の焼き印を押されたのだ。
伯爵令嬢に言われてリリィお嬢様に無体なことした令嬢子息は、学校側に証拠を全て公爵家から提出され、退学となった。学校を退学となると、貴族としては生きていけない。彼らは、廃嫡され、平民となって生きることとなった。




