伯爵令嬢
リリィお嬢様はあと少しで卒業。せっかくなので、迎えに行きなさい、とお金と馬を渡され、僕は男爵領を追い出された。
ついでに、王都に行ったサウスの様子も見てこい、といわれた。たぶん、他の貴族家の様子も見てほしいのだろう。見たら、殺したくなるというのに、酷いな、旦那様。
血統も何もかも良い馬なので、すぐに王都についた。王都は、エリカ様の生誕祭で賑わっていた。
わざと、この日にあわせて到着した。この日は、学校も休みだとリリィお嬢様から聞いていた。学校の前で待ち合わせた。
街中で馬は危ないので、馬を宿に預け、賑やかな所を抜け、学校の校門に向かった。
リリィお嬢様がいた。そばに、どこかのご令嬢が集団で話しかけているが、リリィお嬢様は笑って聞いているだけだ。嫌味を言っているようで、リリィお嬢様に通じていないので、とても顔が険悪になっていっている。
ここで、僕が介入するのは難しい。使用人もそばに置いていないリリィお嬢様を助けるのは、学校での立場を悪くする。
ともかく、リリィお嬢様が一人になるのを待っていると、リリィお嬢様のほうが僕に気づき、令嬢たちを押しのけ、駆けてきた。
「ダン、ダン、ダン! 会いたかった、ダン!!!」
「リリィお嬢様」
まわりの目など、気にしないリリィお嬢様の歓迎ぶりに、僕は感動して、力をこめて抱きしめる。
それを遠くでニヤニヤと笑う令嬢たち。
「あら、やだ、使用人とデキてるなんて、汚らわしい」
「あの噂、本当なのね。誰にでもするって」
「やだ、貴族令嬢が、そんなことするなんて、私だったら、生きていけないわ」
言い返したいが言い返せない。これは、リリィお嬢様の立場を悪くする。
ところが、言われたリリィお嬢様はにっこりと笑う。
「いいのよ。私、ダンと結婚して、平民になるの。あんたたちとは違うんだから。いこ、ダン」
酷い言われようも気にしない。僕の手を引くリリィお嬢様。強いっ!
ところが、令嬢たちは黙っていない。使用人に命じて、行く手を阻む。
「貧乏男爵の分際で、生意気な。私は、伯爵家よ!」
「そうなんだ。ふーん」
身分というものの感覚が、リリィお嬢様は壊れている。この伯爵令嬢は、リリィお嬢様の後ろにリスキス公爵がいることを知らなかった。
いや、学校の誰も、リスキス公爵が、この貧乏男爵と血縁であることを知らない。教師が知ったのは、例の事件がきっかけだが、貴族の事件であるので、緘口令は出された。なので、リスキス公爵が関わっていることを知らない貴族の子息令嬢は、かなりリリィお嬢様に嫌がらせをしているようだった。
そのことを全く知らなかった僕は、嫌がらせの一端を見て、頭に血が上る。
それを止めるのは、やはり、リリィお嬢様だ。リリィお嬢様は僕の手をぎゅっと握る。
「貴族だからって、なんでもやっていいわけではないのよ。権力を振りかざしたって、さらに上の権力には弱いの。こんなことしないで、もっと上の人たちと仲良くしたらどうなの?」
「ちょっと、顔がよいから、可愛がられてるだけのくせに」
「お姉さま方には、きちんと礼儀をとって接しています。あなたはもっと、礼儀を学ぶべきです」
「あばずれのくせにっ」
伯爵令嬢の手が出た。リリィお嬢様がたたかれる前に、僕が前に出てかばった。
「ダン!? 酷い、ダンになんてことするの!! ダン、やだ、爪で傷が」
「たかが使用人でしょ。よかったじゃない、使用人が盾になってくれて」
「ダンは使用人じゃない!? ダンはダンよ!!」
そして、リリィお嬢様は伯爵令嬢を叩いた。
伯爵令嬢の実家、それなりの血筋と権力があった。このことを父親に泣きつき、あっという間に男爵家は借金まみれとなり、爵位を返上することとなった。
リリィお嬢様は、学校をやめ、男爵領に戻った。
男爵領は、あの伯爵令嬢の実家が治めることとなった。
「あばずれは、どっかで体を売って借金を返すのね」
わざわざ、追い出されていくところを見に来た伯爵令嬢。怒りがおさまっていないリリィお嬢様が止めるのもきかず、伯爵令嬢につかみかかった。
「何するのよ! 平民のくせに!!」
「私のダンを悪く言って、絶対に許さない!!!」
憎悪に染まるリリィお嬢様の瞳は、真っ黒に輝く。あれは、妖精憑きの力が働いている。
「リリィ、やめないか! 止めるんだ、早くっ!!」
気づいた旦那様と使用人たちでリリィお嬢様を伯爵令嬢から離そうとするが、出来ない。妖精の力が働いている。
「私は許さない。あなたも、あなたの一族も、絶対に許さない!! こんな、ダンを悪くいって、お父様に酷い目にあわせて、この大切な領地を取り上げて、許さないわ!!!」
「リリィ!!!」
僕が彼女を抱きしめると、やっと、リリィお嬢様は伯爵令嬢を離した。
妖精によって、伯爵側の使用人や護衛は支配されていたのだろう。支配が解けると、慌てて伯爵令嬢を助け起こした。
「なんて無礼な! お父様、この平民、酷いことするの!!」
「おい、痛い目にあわせろ」
護衛たちがリリィお嬢様を囲む。僕は彼女を守るように抱きしめた。
「わかっているな、お前が大人しくしていなかったら、お前の父親や家族が、もっと酷い目にあうぞ」
脅しの言葉に、リリィお嬢様は、妖精憑きの力をおさえ、僕に守られながら、殴る蹴るの暴行を受けた。




