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愚者たちの行進  作者: 春香秋灯
最強の妖精憑き
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田舎の日常

 リリィお嬢様は、リスキス公爵夫人の口添えもあり、女の使用人を連れての登校が認められた。無体なことをした貴族家は、リスキス公爵夫人の怒りに、いろいろとひどい目にあったらしい。爵位を下げた家もあったそうだ。女は怖い。

 サウスは、いきなり下にするのは可哀想だけど、一人はちょっとね、ということで、何故か僕と同室となった。なんでですか、旦那様?

 早朝には、僕がたたき起こし、旦那様の基礎訓練に参加させた。準備とかは、学校時代もそれなりにこなしていたそうで、問題はなかった。

 まずは下っ端なので、洗濯掃除を教える。力だけは有り余っているので、動く動く。しかし、こういう作業は、力だけではダメなんだ。

 いろいろと、壊したり、破いたり、とやらかしてくれたが、基本、僕は叱らない。僕も、失敗したからと叱られたことはない。失敗は大切なことなので、学ばせるためにも、根気よく教える。これって、誰の罰なんですか、旦那様?

 夏休みが終われば、付きっきりだったリリィお嬢様もいなくなってしまい、僕の苦行が始まった。

 心のオアシスがいないまま、このにっくき男と二人作業である。

「ダン、サウスくんと試し打ちしなさい」

「え、大丈夫ですか?」

 サウスが心配そうに僕を見る。それはこっちのセリフだ、へっぴり腰が!?

 リリィお嬢様の前では武器は使わない。怖がらせるからだ。だけど、ナイフとか色々と見えない所に仕込んではいる。僕の目が届く範囲では、リリィお嬢様を危険な目にはあわせない。

 というわけで、サウスは剣、僕はナイフ一本で相手をすることとなった。

「これ、俺のほうが有利ですが」

「サウスくん、ダンは、ナイフ一本で熊を倒したよ」

「まっさかー」

 笑って信じないサウス。目にもの見せてやる!!

 数撃で、サウスの剣は宙を舞い、僕の手の中である。握りが甘い!

「え? え? えええーーーーー!!!」

「貴様は、その程度の甘い握りでは、か弱いリリィお嬢様をおさえつけるぐらいだ!」

「恨んでるっ!」

「いいか、旦那様とリリィお嬢様が許したとしても、僕はお前のことを許していない。この訓練は、私情だけだ!!」

 武器なしなので、素手でぼこぼこにするだけで勘弁してやった。

 サウスがぼこぼこにされている横で、旦那様は止めることなく、お茶を飲んでいた。若いものにはついていけないよ、なんて言ってた。旦那様、あなたはまだまだ若いですよ。







 男爵領では、もちろん、サウスの所業は知れ渡っている。可愛い可愛い妖精姫にひどいことした、と子どもまで石をなげてくる。

 しかし、そんな目にあっても、サウスは、下っ端なので、まずはどぶさらいやら、肥溜めさらいをやらされる。


 もちろん、僕も一緒である。


「ダン兄ちゃん、一緒に遊ぼう」

「ダメだ。旦那様に叱られる」

「男爵様は、叱ったりしないよ。笑って、また明日頑張ろうっていうよ」

「そうだけど、ダメなものはダメだ。お前たちは、あっちに行ってろ」

 人目があると、嫌がらせできないだろう!!

 子どもたちにとっては、こんな汚い作業はサウス一人でやらせることこそ嫌がらせだろう。だが、そういうのは、リリィお嬢様が嫌がる。あの人は、曲がったことが嫌いなんだ。

 そうして作業していると、僕はすぐ終わるのだが、臭い汚い力がいる作業は、サウスには辛い。苦行だから、なかなか進まないのだ。だけど、一日の作業は決まっているので、終わるまで帰れない。結果、外が真っ暗になるまでの作業を見張るのが僕である。あれ、僕が損してる。

 やっと帰ると、

「いやだ、臭いっ!」

「ちょっと、二人とも、川で洗ってきてください!!」

「え、外、真っ暗で、寒いのに!?」

「何、甘えたこといってんですか、この男。ほら、ダン、男を見せてきなさいよ」

「ダン、まじか!?」

「男爵家の家訓を思い出せ」

「女は怖いっ」

 女の使用人に追い出されて、僕とサウスは二人、冷たい川で体を洗う。あれ、嫌がらせって、僕まで受けてるけど。


 この汚臭、二日はとれないので、一度やった人は、しばらく続くのだった。






 そうして、二年の月日が流れ、サウスも立派な平民として、一人で生活出来るようになったのだが、僕と同室なままだった。どうしてですか、旦那様?






 お嬢様は、長期休みのたびに帰っては、学校はいやだ、勉強はつまらない、と僕に愚痴った。サウスのことは、もう気にしていない、というか、目にも入っていない。

 サウスはというと、リリィお嬢様のことを何か思い入れがあるようだ。遠くで僕とリリィお嬢様が話しているのをうらやましそうに見ている。一度、無体なことをしたのだから、リリィお嬢様に魅力を感じたのだろう。

 無駄なことは話さない。一日を決まったサイクルで過ごしているが、リリィお嬢様がいると、それが崩れた。

 夜は、リリィお嬢様が無事か、たびたび、僕は起きる。それは、昔からの習慣だ。

「なあ、ダン、お前、リリィのこと、好きなのか?」

「お前を殺してやりたいくらいには好きだが」

 今でも、殺せるなら殺したい。

 最初は辛くて、布団かぶって泣いていた男だが、慣れれば、そういうこともなくなって静かだったというのに、リリィお嬢様のことを聞いてくるので、無視出来ない。

「リリィはさ、学校ではすごく目立ってた。綺麗だし、よく笑うし、頭もいい。男爵令嬢なのに、姿勢もよいから、新入生の中では、際立ってた。悪いことは悪いといい、酷い目にあっている人にも優しくする。だから、目をつけられたんだ。すぐに、教科書はボロボロにされ、靴を隠されて、なのに、リリィは気にしない。けろっとしている。だから、命令された。後悔してる」

「………」

「俺は、リリィに許してもらったんだから、恥じない立派な騎士になる。騎士にならないといけない」

「リリィお嬢様の夫も騎士も全て、僕です。あなたではありません」

「わかってる。俺、強いと思ってたけど、全然だな。男爵様にも、未だに勝てない」

「僕も知りませんでした。怒ったところを見たのも、あの時だけですよ」

 リリィお嬢様がいたずらしても、優しく注意するだけ。叱ったり怒ったりしない。

 そして、しばらくして、サウスは騎士となるため、王都に旅立った。

 二年もの間、男爵領に居て、サウスは領民に優しく見送られた。

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