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愚者たちの行進  作者: 春香秋灯
最強の妖精憑き
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騎士

 軽い罰だが、当の本人たちを全員連れてくるのは、なかなか難しいことだった。男爵家に訴えた貴族たちが全てではないからだ。

 日を決め、それまでに、リリィお嬢様に無体なことをした男たちは貴族間で話し合い、男爵家にやってきた。


 リリィお嬢様に無体なことをした男は五人。


 僕は、その五人の姿形を脳裏に焼き付ける。万が一、リリィお嬢様にまた、近づこうものなら、この、父に鍛えられた腕で、人知れず、殺してやる。

 リリィお嬢様よりも大きな男五人は、服に隠れた部分に、異変があるようだった。目に見えるところは、包帯が巻かれていた。

 リリィお嬢様が妖精憑きであること、また、今回の出来事、それらを口外しないことを、リリィお嬢様に会う前に、魔法で沈黙の契約をされた。たかが男爵家と侮っていた貴族たちは恐怖した。魔法など、王族が持つ魔法使いのみ使えるものだ。それらを貧乏男爵家が魔法具によってなしている。

 男爵家にしては大きな邸宅に、いくつもの牢屋がある地下室。無給で働く一族たちの男爵家に対する凄まじい忠誠心。優しい男爵家に隠された暗い影の部分を見てしまい、初日に見せた威勢はすっかり吹き飛んだ。

 リリィお嬢様は、相変わらず、僕から離れない。恐怖に震え、僕にしがみついて、ソファに座る。そんな彼女の前に、無体なことをした男五人が土下座する。

 謝罪の言葉を吐く彼らを憎しみをこめて見下ろすリリィお嬢様。口で言っても、やはり、許せないのだろう。

 その時、旦那様が、一人の男の胸倉を持ち上げ、殴った。

「なんてことを!」

 その男の母親が怒りの声をあげる。それでも、旦那様は怒りで顔をゆがめていた。

「アルセン、貴様、騎士のくせに、息子に、こんな非道なことを許したのか!?」

 旦那様の怒りは、男の父親に向けられた。父親は、旦那様とは知らぬ仲ではなかった。

 旦那様の非難に、アルセンと呼ばれた男の父親は、息子の隣りで土下座した。

「すまぬ! こんな不出来な息子で、本当にすまぬ!!」

「僕は、子どもの頃は騎士になることが夢だった。しかし、男爵家の長子であるゆえに、騎士の夢は諦めた。せめてと学生時代だけ、騎士道を学んだ。僕が学んだ騎士道は、こんなくそではない!?」

 旦那様の怒りに、リリィお嬢様の怒りはどこか吹き飛んだ。

「お父様、お父様、暴力はいけません」

「リリィ、リリィ、僕の可愛い娘。娘が、こんなひどい目にあわされて、父親なら、許せるはずがない。貴族なんてやめればいい。不敬罪がなんだ。こいつら全員、斬り殺してやる!!」

「お父様、お父様、人殺しはいけません。そう、私に教えたではないですか。もう、いいのです。もう、いいのですぅ!」

 リリィお嬢様は泣いて許した。旦那様が人の道に外れることをリリィお嬢様は我慢ならなかった。

 男に無体なことをされて、僕以外の人に触れることもなかったリリィお嬢様は、旦那様に抱き着き、泣いた。







 それからすぐ、無体なことをした男五人は、普通の人となった。これで無事終わったと思われたが、そうではなかった。

 旦那様とは学生時代の友であったアルセンの息子は、あの場で廃嫡となった。

「こらこら、アルセン、そういうことは、家に帰ってからやりなさい」

 リリィお嬢様が許したことで、旦那様はいつもの人の好い顔に戻って注意する。

「ここで廃嫡になったら、彼、男爵領にいついちゃうじゃないか。いやだよ、可哀想で、手を差し伸べてしまう」

 かなり、違う方向で迷惑に感じているようだった。

「迷惑はかけない。山の聖地辺りに捨ててくる」

 先祖が犯罪者ばかりの所だ。元貴族の息子が無事に生きていけるか怪しい。

「それを聞いてしまったら、黙っていられない。君、名前は?」

「………サウスです」

 この先のことが不安で、サウスは縋るように旦那様を見上げた。

「平民はね、全部自分でやらないといけないんだ。大変なんだよ。アルセンなんか、騎士見習いで、洗濯がつらい、なんて泣き言を言ってたんだよ」

「こ、こらっ、言うな」

「アルセン、僕の子どもたちは、貴族だけど、自分のことは自分でやる。リリィはね、才能がなくて、全部、ダンがやってるけど、基本、自分でだ。僕も出来る。アルセンは、出来るかな? 君、副団長だよね」

「………」

 人の好い顔で、辛辣なことをいう旦那様。黙り込んだということは、アルセンは出来ないのだろう。

「お父様、お父様、私が教えます」

 気の毒になったのだろう。リリィお嬢様が助け舟を出した。こんな男に手を差し伸べなくていいのに。

「ダン、一緒に教えてくださいね。私、まだ、男の人が怖いの」

「もちろんです!」

「ほら、大丈夫。ダンも一緒よ。もう、あんな怖いことはしちゃダメよ」

「ううう、はいっ」

 サウルは泣いて、リリィお嬢様に感謝した。リリィお嬢様の見ていないところで、びしばししごいてやろう。

 とりあえず、リリィお嬢様の手を握ったので、それを無理矢理やめさせた。リリィお嬢様の手が穢れる。







 だいたいの貴族家は帰ったが、旦那様のご友人アルセンと廃嫡となったサウスは残った。アルセンは一泊するとなった。サウスは、平民となったが、今日くらいは親子で話しなさい、と同じ部屋で泊まることとなった。奥方は、旦那様のことが怖くて、一人、帰った。

「サウス、元、騎士学生主席の一撃はどうだった」

「父上が主席ではなかったのですか!?」

 それは僕も知らない。僕の父を見れば、誇らしげな顔をしている。うん、わかる。僕もリリィお嬢様が褒められれば、そんな顔になる。

「領地に戻っても、日課は続けているが、寄る歳には勝てないよ。手が痛かった。人を殴るのは痛いね」

「そうだな、お前は、人を傷つけない騎士だったな。無傷の捕縛は、芸術的だった。実地でも、すごかったんだぞ。この人の好さそうな顔で、敵側を捕縛していくんだ。組手では負け知らずだったよ」

「田舎だからね。農作業で、どうすれば楽が出来るかって、そればかりだから、うまかっただけだよ」

 アルセンがあまりにもべた褒めするので、サウスは尊敬の眼差しで旦那様を見た。

 リリィお嬢様は、やはり、まだ、人は怖いと自室に戻った。実は、怒った旦那様も怖くて、今は震えている。

「なぜ、あんなことをしたのかは、聞かない。間違いは犯してしまったんだから、もうおしまいだ。今後は、女性には優しくね。我が家の家訓に、女は怖い、とある。肝に銘じておくように」

 そういうことは、確かにあった。何故なのかは、わからない。

「ダン、サウスくんを殺そうなんてしないように」

 本人とその親がいる前で、旦那様ば僕に注意する。先に言われてしまうと、何も出来ない。

 僕が見れば、サウスはびくっと震える。

「そんな、簡単には殺されはしないぞ」

「ここで働く者たちは、忠誠心が強いんだよ。先に言っておかないと、大事な息子さんが手遅れになってしまう。いいね、ダン」

「………かしこまりました」

 しぶしぶ、了承する。それから、目だけで、僕の父へとそれを訴える旦那様。それで、領地にいる一族は、サウスに手を出すことはない。

「あと、気の毒だけど、リスキス公爵には、報告となっている。僕は言ってないよ。向こうから手紙が来た。リスキス公爵夫人が、怒り狂っているから、気を付けるように」

「ああ、お前とリスキル公爵は従兄弟だな」

「どうしても、リリィを次男の妻に、と熱烈に手紙がきていて、それを断って、やっと落ち着いたところに、若者はとんでもないことをしてくれた。夫人は、リリィのことを本当に可愛がって、社交にも連れて行ってたんだ。リリィがダンと結婚する、と直接、夫人に話して、やっと納得してくれたんだ。もう、このことは伝わっているから、ただでは済まないだろうね。本当に、女は怖い」

 これからのことを想像して、アルセンはぶるりと震えた。

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