学校
貴族は誰でも王都の学校に行かなければならない。お金は全て王国持ちなので、貧乏男爵家の末娘も行かないといけない。
「私、ダンと結婚して平民になるから行かない」
リリィお嬢様の愛は、成長しても変わらない。とても嬉しくて、顔がゆるんでしまう。
もう、リリィお嬢様の”ダンのお嫁さんになる”は、確定となっていた。生暖かい視線が、一族からも、男爵家からも、領民からも注がれている。とても嬉しい。幸せだ。
こんな幸せがずっと続くことを僕もリリィお嬢様も信じていた。貧乏男爵家に、何かよからぬちょっかいを出すような王侯貴族はいない。
「リリィ、一応、君はまだ貴族だ。行かないといけないんだよ。まあ、適当に済ませて、帰っておいで」
「ダンも一緒?」
「それは無理だ。お付きを連れて行けるのは、伯爵以上だ。男爵は、一人で行くこととなる」
「行きたくないー。そうだ、病気になっちゃえ」
「たった三年だ。三年経ったら、ダンと結婚だ」
「今、結婚して、平民になっちゃいえばいいのよ」
「そんなにはやく結婚したら、僕が悲しい。もう少し、娘でいてくれ」
結局、旦那様の泣き落としで、リリィお嬢様は王都の学校に一人で通うこととなった。
全寮制で、だいたいのものは、学校で揃えられる。兄も姉も問題なく通っていた学校だから、黙っていれば、リリィお嬢様は無事だろう。そう思われていた。
リリィお嬢様が学校に行くことになって、僕はもう少し外の世界を学びなさい、と旅に出ることとなった。定期的に男爵領とは連絡をとれるように、帝国時代からある魔法具を身に着けていたので、何かあった時は、転送の魔法で戻ることが出来た。
そして、外の世界に出て、リリィお嬢様のことがものすごく心配になった。
リリィお嬢様は天真爛漫な、かなり美しいお嬢様なのがわかった。
男爵家の中でも、美人だ美人だ、と言われていたが、リリィお嬢様は絶世の美女だった。毎日、お傍に仕えていたので、そういうことが僕にはわからなかった。
人の美醜に無頓着だから、リリィお嬢様の兄姉も、そのことは全くわかっていなかった。
何か、起きるかもしれない。その予感に、僕は一カ月で男爵領に戻った。
リリィお嬢様が、男爵領に戻っていた。まだ、学校が始まったばかりだというのに、三週間で、一人、馬を走らせて帰ってきた。着ていた制服はボロボロになり、暴行の痕があった。
リリィお嬢様は、何も食べず、部屋から出てこなかった。そこに、僕が帰ってきたので、旦那様が縋りついた。
「リリィが、リリィが、酷い目にあってっ!!」
「僕のリリィお嬢様に、誰がっ!?」
血が沸騰するように熱くなる。リリィお嬢様に無体なことをする男どもが許せない。夜闇に紛れて、殺してやりたかった。
相手が誰なのか、リリィお嬢様は部屋から出てこないので、わからない。学校に訴えても、たかが貧乏男爵家だ、と鼻で笑い飛ばしたという。
頭の中で、リリィお嬢様に無体なことをした男どもを八つ裂きにして、僕は食事を運んだ。
「リリィお嬢様、どうか、お食事をとってください。何も食べていない、というので、おかゆにしました。入ってよいですか?」
「ダン、ダン、私ぃ」
リリィお嬢様は、僕にだけ、ドアをあけてくれた。嬉しくて、体が震えた。
男爵邸に帰ってから、一応、湯あみはし、暴行の痕に傷薬を塗ったが、それからずっと、リリィお嬢様は閉じこもっていたが、大した汚れは見られなかった。たぶん、リリィお嬢様についた妖精が、汚れを取り払っていたのだろう。お腹が空いていないのも、妖精のお陰だ。
記憶の中とかわらないリリィお嬢様に安堵する。リリィお嬢様は、僕を見て、ボロボロと涙をこぼし、胸で泣いた。
「私、私、初めても、二回目も、三回目も、全部、ダンにあげたかったのぉ」
「リリィお嬢様、そう思っていただけて、幸せです」
僕は、リリィお嬢様を胸に抱き、部屋のドアの鍵をしめた。
嬉しい、そう言ってくれるだけで、天にも上れる。
「なのに、あの、男どもが、痛いって、イヤだって、言ったのに!? 酷いのっ!!」
どこの誰なのか、わかったら、絶対に殺してやる。僕の大事な妖精姫を傷つけるなんて!?
口には出せないことを思い、優しく慰める。口に出したら、リリィお嬢様は人の死を願ってしまう。それだけはいけない。
「私、汚れちゃったのぉ。どうしよう、ダンのお嫁さんになれない!?」
「リリィ、リリィ、大丈夫ですよ。僕が、綺麗にしてあげましょう」
「どうやって?」
「全て、口づけしてあげます」
「私、とっても汚いのぉ。きっと、ダンも汚れちゃう!」
「消毒してあげますよ。大丈夫、綺麗になります」
「消毒……舐めるの?」
「痛かったら、言ってください。やめますから」
「お願い、ダン、消毒して!」
純粋で、何も知らないリリィお嬢様。その行為がどんなものか、何もわかっていない。
ただ、結婚したら、こういうことをするものだ。それが早くなっただけだ。そう自分に言い聞かせ、リリィお嬢様が望む通りにした。
リリィお嬢様が元気になっても、学校は夏休みに入ったので、そのまま男爵領にとどまった。学校には、何度も苦情を訴えたが、男爵より上の貴族の行為のため、謝罪も何もなかった。
このまま、リリィお嬢様が望むように、僕と結婚して、平民となると、皆が思っていた時、複数の貴族家が約束もなくやってきた。
上は侯爵から下は子爵の貴族たちが、集団でやってきた。物々しい雰囲気に、旦那様は困った。
「何か、ありましたか?」
「お前の娘から、変な病気がうつされたんだ。とんだあばずれが」
「綺麗な顔だから、田舎では、奔放なことをしていたのね」
「お陰で、嫡男は酷いことになってる!?」
「なるほど、あなたがたの息子どもが、リリィに暴行を」
旦那様の声が剣呑となる。人に騙されてばかりの旦那様が怒った。
旦那様の怒りは、使用人全てにうつる。使用人は爵位が上の貴族たちを囲む。
「なんだ、お前たちは!?」
「被害者は、息子だ!!」
何が被害者だ。リリィお嬢様に無体なことをした男どもの親め。生きて出ていけると思うなよ。怒りに、僕は、彼らをどうやって殺してやろうか、と考えた。
怒りに血が上った旦那様は、すぐに落ち着いた。
「地下室の鍵を持ってこい」
そして、この言いがかりをつけた貴族たちは、地下室に隠された、例の指名手配の男の末路を見た。
貴族たちは、静かになった。そして、震える。
「リリィに無体なことをして、生きているだけ、有難いと思いなさい」
「死なないのか!?」
「死なないさ。あの地下の化け物は、あのまま、ずっと生きている。人の寿命が終われば、死ぬだろう。生きていて、良かったじゃないか」
「はっ? おかしなことをいうな。あんな化け物で良かっただと!?」
「生きてる」
旦那様と貴族たちの話はあわない。
旦那様は善人だ。ただ、生きているだけで良かったと思っている。たぶん、万が一にも家族がああなっても、罰だから仕方がない、でも、生きているから支えよう、と考える。
貴族たちは善人でも悪人でもない。あんな化け物になって生きているなんて、絶望しかない。死んでほしいんだ。
「どうすれば、どうすれば助かるの!」
「わからない。わかっていたら、あの犯罪者は戻っている」
「あの娘を出しなさい! 殺してやる!!」
途端、使用人全員が武器を出す。リリィお嬢様を殺すなんて口にして、無事、ここを出すわけにはいかない。
「やめないか。ほら、武器をしまって。彼らは犯罪者ではない」
「なんて、しつけのなってない使用人よ!」
「彼らは、ただ、僕の一族に仕えているだけだ。自由にしていい、と言っているのに、御恩があるから、とここで無給で働いてくれている。犬猫や家畜じゃない」
再び、旦那様の逆鱗に触れた。滅多に怒らない旦那様は、僕でも怖い。
「ダン、リリィを呼んできなさい」
「しかしっ」
「いつまでも、このままではいけないだろう。ダンがいやなら、他の者が」
「僕が呼びます!」
他の誰かにリリィお嬢様をおまかせするなど、絶対にイヤだった。
リリィお嬢様は、なんとかく空気が悪いことに気づき、僕にしがみついて、あの貴族どもの前に出た。
「お父様、何か御用でしょうか」
「お前に無体なことをした男たちの親たちだ」
リリィお嬢様は無言で、貴族たちを見まわす。そして、震える。親子なので、似た人がいたのだろう。
「ダン、ダン、こわいっ」
「旦那様、お嬢様にこれ以上はっ」
「リリィ、どうすれば、あの男どもを許してやれる?」
「………ここに来て、心から謝ってくだい。そして、二度と、女の子にあんなことしないで」
たったそれだけ!? たったそれだけで許すというリリィお嬢様は優しすぎる!!
無体なことをされて、泣いて、僕にだけ扉を開けてくれた。それなのに、なんて軽い罰なんだろう。人が良い悪い以前の問題だ。
男爵家は、自らを軽く扱う。だから、僕たち一族が守らないといけない。それでも、川で溺れた子がいれば、泳げなくても助ける。火事で燃え盛る家に赤ん坊が取り残されていれば、赤ん坊を助け、死ぬ。
過去の、男爵家の血縁者の死は、ほとんどは人のためだ。長生きをしたためしがない。そのため、代替わりも早い。
この、罪に対する罰の軽さは危ういものを感じた。いつか、リリィお嬢様は、この考え方で身を滅ぼしてしまう。どうにか、守らなければならない。そう、思いを改めることとなった。




