人助け
森の実りを収穫している途中、川から流されてきた男を発見した。騙されやすい男爵家なので、領民全員がともかく警戒している。つい最近も、自称友達がきた。
隠してしまいたいが、リリィお嬢様が見つけてしまった。
「ダン、ダン、大変! 人が倒れてるわ!! 助けてあげないと」
心の底から助けたくないが、リリィお嬢様のお願いは絶対である。
「お嬢様、人を呼んできますので、あまり、近づかないでくださいね」
「わかったわ」
急いで走った。ともかく、人を呼ばなければならない。見知らぬ人とリリィお嬢様を二人きりにしてはいけない。
そして、近くで農作業をしていた領民を連れて、森に入ると。
「きゃああああああーーーーー!!!」
「お嬢様!?」
リリィお嬢様の悲鳴が森に響き渡る。その悲鳴に、領民たちは二手にわかれた。僕についていく領民はリリィお嬢様のところへ、もう一方は人手を呼びに森を出た。
全速力で走っていけば、服が乱れたリリィお嬢様が泣いていた。
「リリィお嬢様、大丈夫ですか!?」
「あの、あの男が、苦しいっていうから、近寄ったら、服を破いたの!? うわーーーんーーーー、ダン、ダン、あの男、怖い!! また、追いかけてきたら怖いーーーーー!!!」
泣いて縋りついてくるリリィお嬢様。やはり、見捨ててやればよかった、と後悔した。
それからすぐ、領民は武器となる農具を持って、森を捜索することとなった。
リリィお嬢様を寝かしつけてからしばらくして、旦那様に呼ばれた。
「申し訳ございません、僕がついていながら、リリィお嬢様に無体なことをされてしまって」
「仕方がない。助けが必要だと、リリィが言ったのだろう。僕でも同じことをお願いする。気にしなくていい。
それよりも、地下室に行こう」
男爵邸には秘密の地下室がある。大昔からある魔法道具を隠すだけでなく、表に出せない人間を閉じ込める牢やがあった。
入口は二か所。牢やのほうの入口に呼ばれた。
長い階段を蝋燭だけで降りる。地下には僕の両親や兄弟がいて、地下室の蝋燭に火が灯されていた。
「いたいいたいいたいいたいいたいっ!」
牢やの中に、あの、川から流されてきた男が苦痛にのたうち回っていた。その男の両足が引き千切られたようにない。
これは、リリィお嬢様の妖精憑きとしての悪い力の片鱗だった。これまで、無邪気にふりまいていた妖精憑きの力が、こんな風に悪い方向に作用されたのは、生まれて初めて見た。
「リリィの力は、たぶん、王国一、いや、帝国一、強いだろう。見てみろ、手が変化していている」
牢やの中の男は、どんどんと手がおかしくなっていた。
「なんてことだ、リリィにこんな禍々しい力が宿ってしまうなんて」
「旦那様、お嬢様はただ、怖がっただけです。決して、お嬢様は復讐なんて、望んでいません」
眠るまで、リリィお嬢様は怯えていた。あの男がまた来るんじゃないか、どうしよう、怖い、とずっと泣いていた。
「妖精はそうではない。怖いものから助けよう、とこの男を排除したんだ。領民が見つけた時には、もう、両足が千切れた姿だった。それが、今はどうだ。どんどんと、人ではなくなってきている。はやく、リリィの恐怖を取り除きなさい」
「わかりました」
旦那様は絶対だ。だから、僕は従った。
次の日、リリィお嬢様に嘘をつくこととなった。
「リリィお嬢様、昨日のあの男は」
「ダン、怖い夢を見たの。あの怖い人が、崖から落ちる夢を見たの! 私、死んじゃえなんて思ってないの!! ただ、追いかけてこなければいいって、思っただけなの!!! 大丈夫よね?」
「………まだ、捜索中です」
「悪い人だけど、死ぬなんて可哀想。なんて恐ろしいことを考えてしまったのかしら。夢にまで見たってことは、そんなこと、望んでしまってるなんて!? ダン、ダン、私のこと、嫌わないでね」
「もちろんです。僕はリリィお嬢様のことを愛しています!!」
言えなかった。死んだと言ったら、リリィお嬢様が傷つく。
結局、あの男は行方不明となった。
後日、王都から手配書が回ってきた。その人相書きは、まさに、あの川から流されてきた男だった。




