妖精の子孫
愛しい愛しいお姫様が笑っているのを僕は眺めた。僕の一族は、生まれた時から、この男爵家に仕える使命を帯びている。生まれてきた子ども一人に、僕の一族の者が一人仕える。それは、終生続く。
僕も三つ下のリリィお嬢様にお仕えしている。無邪気で、人を悪くいうこともなく、騙されて、ちょっと悪戯が大好きなリリィお嬢様だ。
「お嬢様、あまり遠くに行ってはいけませんよ」
「大丈夫よ、ダン! 私、崖から落ちても怪我しないのよ!!」
姉よりも前、母親からのお下がりの服をひらめかせて笑うリリィお嬢様。つい一年前、崖から落ちて、戻ってこれなかったということは忘れている。
「また、僕が迎えに行くことになるじゃありませんか」
「そうよ、ダンが私を抱っこして、あの崖を上るの。だって、ダンは私と結婚するんだから、それくらい、出来なきゃ」
普通の人間には出来ないことを無邪気に要求するリリィお嬢様。
領民は、そんな我儘お嬢様を優しく見守っていた。傷つけないように、だけど、決して間違った方向に向かわせないように。
男爵家の末娘リリィお嬢様は、妖精憑きだ。妖精のことを見ることも、声を聞くことも出来ないので、どれほどの力を持っているのかわからない。
だけど、リリィお嬢様の周りでは、あらゆる恵みが約束される。ただ、彼女が歩くだけで、その畑は豊作になる。
野山だって、彼女が行けば、木の実のほうが落ちてくる。
妖精に溺愛される妖精憑きだ。
だから、リリィお嬢様は、一生、男爵領から出られない。
妖精憑きが生まれやすい家系である男爵家。妖精憑きは、必ず幸運をもたらすわけではない。扱い方を間違えると、とんでもない不幸を呼ぶ。
それは、リリィお嬢様にではない。リリィお嬢様に災いを与えた者にだ。
だから、僕は、リリィお嬢様がどこかへ行ってしまわないように、監視としてつけられた。万が一、この無邪気で騙されやすいリリィお嬢様が、誘拐されようものなら、大変なことになる。
それが、妖精の子孫である、僕の一族の役目だ。
大昔、男爵家は帝国の貴族だった。騙されやすい男は、ある時、人買いから男の子を買った。その男の子は、実は妖精だった。なけなしのお金で買ったのに、騙されやすい男は妖精を解放したのだ。
あまりに優しい人間に、妖精は、生涯一生、この男に幸運を運ぶと誓った。
妖精は、人との間に子を作り、消えていった。普通なら、それで終わりだ。妖精と人との間に生まれた子供は、子孫を残せない。
ところが、妖精の強い感謝の気持ちからか、それとも、神様の祝福か、この騙されやすい男のためか、子孫が残せた。
そして、妖精の子孫である僕の一族は、ずっと、この騙されやすい男の子孫に仕えている。
僕は、リリィお嬢様のために生まれた妖精の子孫だ。リリィお嬢様が生まれた時、そう、わかった。そして、ずっと、リリィお嬢様から片時も離れず、仕えている。
お金? そんなもの必要ない。リリィお嬢様の幸福の笑顔こそ、最上の喜びだ。毎日毎日、リリィお嬢様が成長していくのを見られるだけで、胸が一杯になった。
僕の父は、旦那様にお仕えしている。僕の父も、こんな気持ちだった、と教えてくれた。
だから、僕がリリィお嬢様に分不相応の気持ちを抱くことは、罪だ。リリィお嬢様には、いつか、立派な男性が迎えに来てくれる、そう思っていた。
だけど、リリィお嬢様の気持ちは物心つく前から、変わらない。
「ダン、私たち、結婚するのよ」
妖精憑きの言葉は、絶対だ。




