人買いの男
人相書きで聞き込みをすることしばらくして、例の人買いの男が名乗り上げてきた。情報だけでも、相当な報奨金が貰える、ということで、それに釣られたのだろう。
ただ、気の毒なことに、情報のやりとりは、例の侯爵邸である。
名乗り上げて、指定された酒場に来たはいいが、そのまま騎士二人に侯爵邸まで連行されたのである。
侯爵はそれなりの大貴族である。その地下に、人買いの男は連れて行かれた。気の毒に、真っ青になって震えている。金に釣られて、バカなことしたな。
もちろん、対するは、王弟殿下である叔父上。俺はその隣りに一応、座っているだけ。口出しはしない、目も離すな、社会勉強だ、と言われた。何が起こるんだろう。
「はいはい、怖がらない。この人相書きのお姉さん探してるんだけど、何を知ってるのかな?」
「そ、その、女の、男を知ってる」
ガタガタと震えてる。そりゃ、抜き身の剣を握ったカイトが冷たい目で見下ろしている。ちょっとでも嘘つこうものなら、どうなるのか、わかったものじゃない。
「男ってことは、その女の旦那さんか何か?」
「女は妊娠してて、それの親だ。子爵の次男だ」
「貴族か。今はどうしてるの」
「あの女を探してる。俺がどこに連れてったかって、聞いてきた」
「お前は、甥っこから金持って、置いてったんだよな」
「ああ。だから、女の居場所は知らない! 本当だ!!」
「カイト、下げて」
カイトは人買い男の首に押し当てた剣を降ろした。とても温厚な人っぽいのに、実は怖い人だったんだ。
ちなみに、人買い男を挟んで、カイトの反対側には、アナと結婚が決まったハインズがニコニコと笑って、こちらも抜き身の剣を握っている。こわっ。
「それはそれで欲しい情報だな。じゃあ、その子爵の次男、教えて。俺は、優しいから、情報料の半分はあげよう」
「はい、全部いいます!」
話はこうだった。妖精は、子爵の次男に恋人だったそうだ。どこから来たのかはわからないが、美しい妖精に、次男も惹かれたのだと思う。
妖精と出会ってから、次男の家も商売がうまくいったり、領地も潤ったり、いいこと尽くしだった。
そうして、幸運ばかり舞い込んできて、ついでに、子爵の次男に伯爵家からの縁談まで舞い込んできた。子爵の次男といっても、跡継ぎの長男がいる。貴族だから、平民みたいな女なんて、権力の前では、紙屑だ。
しかし、妖精は諦めない。子爵の次男の子どもがお腹にいるという。妖精は、妻ではなく、愛妾でいいと願った。
しかし、伯爵令嬢はものすごく嫉妬深いことで有名だった。子爵の次男のことを一目ぼれ。浮気なんて許してくれるはずがない。
妖精はいう。
『私いなくなる、祝福、なくなる』
この時、子爵の次男は気味が悪くなったという。そして、子爵の次男は、どうすれば、妖精が離れるか、聞いた。
『私、売る』
言われた通り、子爵の次男は、妖精を人買いに売った。金で売ると、妖精はあれほど子爵の次男から離れない、と泣いたのに、呆気なく離れていった。
それから、子爵家だけでなく、子爵の次男が婿入りした伯爵家まで、災いが訪れた。商売は失敗し、領地も酷いものだった。
子爵の次男は、妖精のことを思い出した。それまでの幸運は、妖精が運んできたことを。そして、金で売ってしまったので、幸運もいなくなったこと。
今は、妖精を買い戻すため、子爵の次男は人買いに連絡をとったが、妖精はすでに売り払われた後だと知った。それでも諦めきれず、人買いの男に探すように依頼したそうだ。
そんな時に、この人相書きを見た人買いの男は、欲に眩んで、名乗り上げたという。
「そうか、子爵の次男が好みだったのか。ぜひぜひ、一度、見てみたいね」
話が終わると、叔父上の興味は違う方向へと向いていた。そっちはどうでもいいよ!
「そ、それで、約束の金は」
「はいはい、いいよ」
人買い男の目の前に、金貨いっぱいの袋が投げられる。俺がいつぞや投げた袋の倍はある。それを大事に抱える人買い男。
「知ってると思うけど、王国では、奴隷は禁止だ」
「はい?」
人買い男は、叔父上が何を言っているのか、理解できなかった。
借金による強制労働は認められている。しかし、奴隷は禁止だ。
「情報料は渡した。良かったな。だけど、人の売り買いは奴隷の売買だって、わかってる?」
「あれは、子爵の次男の借金で!」
「あの人相書きの女の借金じゃない。だって、その子爵の次男は、伯爵令嬢の夫だろう。人相書きの女は、他人だ」
金貨の入った袋を落とす人買い男。彼の肩を笑顔をはりつけたハインズが優しく叩いた。
「あなたの命は、金貨何枚ですかね」
「い、いりません! 女のことなんて、何も、何も知りません!!」
「情報は十分、いただいた。さて、次は、顧客名簿をいただこうか。ハインズ、後は頼む」
「好みじゃないんだけどな」
笑顔のまま、ハインズは人買い男を別の部屋へと引きずっていった。人買い男が暴れても、びくともしない。
「ザクト」
「は、はいっ」
叔父上に呼ばれ、声が裏返る。怖い、むちゃくちゃ空気が怖い。
「ハインズの拷問とカイトの拷問、どっちが見たい?」
「それ、笑顔で聞くことじゃない!?」
「これ、ザクトの社会勉強だから。子どもには刺激が強いかもなー」
「うううううっ、帰りたい」
「大丈夫、最初はみんな、吐いたりするものだから。いっぱい吐いて、すっきりしよう」
拒否させてもらえなかった。
しばらく、悪夢が続いた。




