芸術は爆発だ
俺一人で探すのは、王都は広すぎる。ということで、人相書きを作ることとなった。
かなり早くてうまい描き手がいる、ということで、さる侯爵家にお邪魔した。叔父上直属の部下の家だという。その部下の人は、元は貧民で、孤児となって、実は貴族家の血筋だとわかり、兄妹で侯爵家に戻ったという、異例の経歴だ。
広い部屋に、二人の女性が待っていた。一人は、絵を描く準備をしていて、もう一人は、侯爵家の人だろう。
「初めまして、侯爵家の一応、跡継ぎとなります、アナと申します。こちらは、男爵令嬢のシリンです。とても絵を上手に、早く描きますのよ」
「そうですか。初めてのことなので、うまく説明出来なかった時はすみません」
にっこりと笑うアナ嬢。綺麗だなー。
「つかぬことを伺いますが、第四王女様は、本当は第四王子だということは、本当ですか?」
女の恰好をしているので、気になるのだろう。いまだに、第四王女、と人前では名乗っている。
「お恥ずかしながら、本当です。俺は生まれつき体が弱くて、女の恰好で育てられました。スレイのお陰で、少しずつですが、男らしくはなっていると思います」
「まあ、そうですか」
ニコニコと笑うアナ嬢は、シリンと何やら内緒話をする。そして、叔父上の直属の部下であり、アナ嬢の兄・カイトを呼んだ。
一応、屋敷の案内、としてカイトも同行していた。
「お兄様お兄様、芸術の神様が降りてくださいませんわ」
「いや、そういう立派なものは求めていない。普通のを描いてくれ」
「その普通のを描くためには、やはり、お腹を空いたままではいけませんの。王弟殿下を呼んでください。はやくっ」
「ええぇ、あの人、苦手なんだけど」
「はやくっ!」
「はいはい、来なくても怒るなよ」
妹に弱いのか、カイトはしぶしぶ、叔父上を呼びに行くって、どこにいるか、知ってるのか?
馬を走らせることをしばらく、馬は二頭になって戻ってきた。
「はいはい、妹ちゃん、呼ばれたけど、何?」
いつぞやの狂った叔父の姿を思い出し、身が震える。普通にしているけど、実は怖い人なんだと、あの時わかった。
「王弟殿下、お願いがあります。芸術の神様が降りてくださらないのです」
「それは困った。どうすればいい?」
「王弟殿下と第四王女様の姿をいくつか描けば、すぐに降りてきます」
「へぇー、そう」
あ、叔父上、不機嫌になった。
それにはアナも気づいたようである。しかし、アナはこういう手合いに馴れているようだ。
「お腹が空いたら、動けないではないですか。お願いします」
そう言って、何やら、叔父上に見せた。
「そうか、それは仕方がない。どうすればいいか、そちらが決めてくれ」
「ありがとうございます」
途端、叔父上はご機嫌となり、俺の隣りにどっかりと座る。
「そのままでいいですよ」
「いえ、もっと寄せましょう」
ずっと黙り込んでいた男爵令嬢シリンは、ここに来て、前に出てきた。なんと、細かい指示までしてくる。
「次は、笑いましょう。ほら、にっこり」
「こうか?」
「最高です、王弟殿下! ほら、今よ」
「御意!」
ものすごい速さで描かれていく絵。残念ながら、俺からは見えない。
しばらく、そんなことを続けて、芸術の神様が降りたのだろう。やっと叔父上だけ解放された。
「ありがとうございました、王弟殿下」
「良い経験になった。次は、いつかな?」
「次があるのですか!? 神ですか!!」
「王国民を喜ばせることも、王族の役目だ。そんなに大変じゃないしな。次は、カイトとしよう。ついでに、私の聖女様の絵をいくつか描いてほしい」
「御意!」
こうして、芸術の神様が降りてきて、人相書きはすぐに出来上がった。
改めて、絵にしてみると、なんだか、描き切れていないような気がした。
「もっと、輝いていたと思う」
「とても綺麗な方ですね。これでしたら、すぐに見つかりますよ」
「本当か?」
「ここまで美しい女性は、私もそうそう見たことがありません。女神のようですね。私のほうでも、探してみます。これでも、人脈がありますから」
「助かる」
アナ嬢とは、これがきっかけで、長く太く、お付き合いをすることとなる。といっても、男女の、というわけではない。女性は怖いものだ、と叔父上が口癖のように言っていたが、本当だ、と俺も思い知らされた。
ちなみに、後日、人相書きを描いた男爵令嬢シリンは、いたく、叔父上に気に入られ、月に二回ほど、教会に呼ばれた。




