孤児院と下町
体はもう十分元気だ、とアランから太鼓判を押されたけど、女の恰好は変わらない。
「女二人に男四人だろう。人数が悪い。第四王子は第四王女として成人まで育てればいい。そのかわり、俺と一緒に市井の勉強をしよう」
「キリト様!?」
「あの人になった妖精の姿を知っているのは、ザクトだけだ。消えたかどうかもわからないし、男の姿では、相手も困るだろう。ザクト、成人までの辛抱だ。王国のためにも、妖精を一緒に探そう」
「はい!」
妖精を見つけることは、王国のためだ、という説得に、母上は納得いかないが、頷くしかなかった。
市井に出るのは、生まれて初めてで、叔父上の手に引かれるままに、周りを見た。一応、女の子でも、市井に合う服装にかえていた。
「疲れてないか?」
「大丈夫です。少しずつですが、運動してましたから」
「そうか」
この頃の叔父上は、本当に良い人に見えた。
しばらくすると、がらの悪い男たちが私たちを囲んだのだが、それらを棒きれ一本で、叔父上はボコボコにした。
「よし、金持ってる」
「叔父上叔父上、人の物ですよ!」
「いいか、ザクト、世の中は弱肉強食なんだ。ここで負けた奴らは、パンツ一枚にされても文句は言えない!」
「やめてあげてください!!」
私の説得で、とりあえず、服をはぎとるのだけはやめてくれた。でも、お金は奪った。泥棒ですよ、それ。
しばらく歩けば、孤児院に到着。そういえば、叔父上は神官長になったことを思い出した。
「神官長、おかえりなさいませ」
記憶にあるエリカ様ではなかった。もう、代替わりしたのだ。
「神官長、そちらは?」
「知り合いの、子ども?」
誤魔化された。正直に言えない理由があるのかもしれない。
「また、どっかで変なことをしてきたんですか。こちらにどうぞ。お菓子がありますよ。神官長、書類、溜まってますよ」
「はいはい」
優しい目で叔父上はエリカ様を見ている。こういう顔もするんだ。
私は名乗るに名乗れないまま、孤児院に連れて行かれ、お菓子をご馳走になった。王宮で食べるものとは、味が違ったが、たくさんの人と食べるのは、美味しかった。
「ご馳走様でした」
「神官長が連れてきたお子さんにしては、とても礼儀がよいですね。貴族のお嬢様かしら。ちゃんと届けてくださいよ」
「はいはい。書類はまだ日付も迫ってないから、もうちょっと後でやります」
「もう、いけません!」
エリカ様は怒っているが、叔父上は全く気にしていない。いつも、この調子なんだろう。
しばらく、孤児院の子どもたちが話しているのを聞いていると、近くで馬車が止まった。
「お、来た来た。ザクト、行くぞ」
「あ、はい。お邪魔しました!」
来る時も帰る時も急である。私は叔父上に振り回されてばかりだ。
孤児院の前に家門のない馬車が止まった。そこから、大人の女性と、私と歳の変わらない男の子が降りてきた。
「ご無沙汰しております、王弟殿下」
「テレサは元気にしているか?」
「お陰様で、元気にしています。こちら、子どものスレイです」
「急な話ですまないが、いいのか?」
「スレイは、いずれ、市井に下る身です。引き取ってくださるなら、スレイには良いことです」
女性は、私を見て、深く頭を下げた。
「私の末の子のスレイです。とても優秀なのですが、私たちには手に余る子です。どうか、使ってやってください」
「え、どういうことですか、叔父上」
「お前の側近だ。俺の乳母の孫にあたる。色々と物知りだし、下町のことも詳しいから、教えてもらうといい。腕も、かなりいい」
「よろしくお願いします、ザクト様」
それが、側近スレイとの出会いだった。
もちろん、勝手に側近をつけたので、母上は激怒した。母上は母上なりに、私の側近候補を考えていた。
「ザクトは、たぶん、普通ではいられない運命だ。普通の育て方をしてはいけない」
「だからといって、市井に行かせて、危険な目にもあわせたというではないですか!?」
「スレイはとても優秀だ。頭もいいし、腕もある」
「あんな小さな子供がですか?」
「乳母の話が本当なら、スレイはザクトを守ってくれる。よくも悪くも、見本になる。俺も定期的に、様子を見るから」
「殿下は、何故、ザクトにだけ肩入れをするのですか」
母上は、そこのところが納得いかなかった。上に三人の兄がいる。そのどれにも、叔父上は目をかけない。
「妖精を買ったというのは、運命を感じる。夢があっていいじゃないか。俺は、ザクトの運命を見てみたい」
「………」
「聖域がらみでもある。王族である以上、王国のことは第一だ」
たぶん、最後が本音である。運命とか夢とかは、私や母上の気持ちを軽くするための言い訳だ。
叔父上は、頭のてっぺんから足の先まで王族だ。いろいろなものを天秤にかけて、王国のために心血をそそぐ。
私は、叔父上の生き方を長年見ていたが、この人の王族としての生き方には、一生、まねできない、と思い知らされるだけだった。




