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愚者たちの行進  作者: 春香秋灯
妖精の祝福を受けた王子
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英雄の帰還

 あの女の人を探せないまま、一年が過ぎた。巷では色々と騒がしかったが、王宮では、前線から叔父上が戻ってくる、という話で賑やかだった。

 兄弟姉妹、誰も叔父上に会ったことがない。叔父上は、僕たちが生まれるよりも前、父上と母上が結婚するよりも前に、北の砦の前線に行ってしまった。すぐ戻ってくるだろう、と思われたが、敵国とはなかなかうまくいかず、十年経って、やっと帰国となった。

 英雄の帰還に湧き上がっていたのだが、これ、内輪だけの話だった。北の砦の戦争は、公にはしないことになっていた。だから、王国民は、王弟殿下が戻ってくる、というだけの認識だった。

 帰還は、真夜中だった。たくさんの歩兵と馬の歩く音だけを響かせて、王城に戻ってきた。

「ただいま戻りました、兄上、義姉上」

 英雄らしい顔立ちと姿に、私は憧れを抱いた。男だったら、こんなふうになりたい、そんな理想の姿だった。

 馬上から降り、他の兵たちに簡単な指示をして、私たち子どもを見た。

「おやー、こんなにお子がいたとは驚きです。もう、俺の王族のお役目は必要ありませんね」

「それはダメだ!? いいか、キリト、お前はずっと、永遠に、王弟だ!!」

「はいはい」

 珍しいものを見た。いつも威厳に満ちた父上が慌てている。それを宥める叔父上。

 叔父上は、子どもの私たちの頭を優しくなでた。

「殿下殿下! すごい子がいますね」

 叔父の後ろから走ってきた男が、何故か私を物珍しそうに見下ろした。

「無礼ですよ!」

「いいんだ。彼は、帝国の魔法使いだ」

 怒る臣下たちを宥める叔父。

「アラン、何が珍しいんだ?」

「この子ども、妖精の祝福を受けてます。どこで妖精を買ったんですか?」

「妖精って、いえ、人は買いました」

 一年前の女の人のことを思い出す。

「それは、人になった妖精ですよ。いい買い物しましたね。珍しいんですよ。どこにいるんですか?」

 帝国の魔法使いアランは辺りを見まわす。

 母上は、思い当たることがあり、真っ青になった。






 一年前のことを話すと、母上は父上に謝った。

「申し訳ございません! まさか、それほどの者とは知りませんでした!!」

「まあまあ、仕方がない。普通の人間にしか見えなかったんだろ。誰にでも間違いはある」

 父上が宥めるが、母上は泣き止まない。

「妖精の祝福は、なかなか珍しいものですよ。妖精を金で買ったのですから、それなりのお礼がきます。きっと、あなたの体が健康になったのも、妖精のお陰です。良いことはするものですね」

 アランは、出された菓子をもりもりと食べながらいう。

「それで、その妖精は何といっていたのか、教えてください」

「お礼は終わった、といってました。だけど、お腹の子の分はまだだって。その子は私のものだって、言ってました」

「なんと、妊娠してたのですか!? 惜しかったですね。あ、でも、まだ恩返しが終わっていないので、生まれてきた子どもは、あなたのものですよ。見つかるといいですね」

「え、アランが見つけるんじゃないんだ」

「無理ですよ。人の姿になったら、普通の人ですからね。妖精は、人になった妖精には近づきません。教えてほしい、といっても、教えてくれませんよ。いやー、見てみたかったなぁ」

「そうなんですか」

 あの女の人が見つからないことに、残念でならない。

 また、誰かにいじめられてるんじゃないか、と心配になると、私は泣きそうになった。

「俺も探してやるから、心配するな。そんな殴られてるような女は、俺が助けてやる」

「叔父上、約束ですよ」

「ああ」

 叔父は固く手を握って、約束してくれた。






 魔法使いのアランは、しばらく、私の傍にいた。人になった妖精の祝福は珍しいということで、観察したいとのことだった。

 最初は、母上が拒否していたが、叔父上が説得し、しばらく私の体調を診るということで、しぶしぶ、頷いた。

 一年前から、体のほうはすっかり健康になったが、恰好は女のままだった。いつまた、病弱になるかわからなくて、女の恰好をさせつづけられた。

「もう、男の恰好でもいいと思うのですが」

「似合うからいいじゃん」

 叔父上は、かなり口調がくだけていたが、話しやすかった。

 アランは、ただ、私を観察しているだけで、何もしない。私が歩けば、横を歩き、私が止まれば止まる。寝る時も、灯りをつけずに観察し続けた。

 何がわかるのだろう、とメモを見てみたが、何を書いているのかわからない。

「妖精の祝福はもう、形跡だけでしょうね。どんどんと失われています。あなたが健康になったので、祝福は余韻として残っただけでしょう。見てみたかったな」

「そんな、何回もいうな。義姉上がまた泣く」

「だって、すごい美人だって話ですよ。美人でしたか?」

「白銀の髪と瞳をしていました。男の人に殴られて、頬が腫れて、可哀想でした。とても綺麗な人でした」

「見たかった。私の師匠は見たことがあるって、自慢されたんです。すごい美人だったって。見たかった」

「はいはい。で、他には何かわかったか?」

「私の目には見えないのですが、たぶん、お腹の子とは繋がりがあるでしょう。祝福は、とても力を使うらしくて、一度使うと、人から妖精に戻ってしまうそうです。その女性も、もう妖精に戻ってしまっているでしょうね」

「赤ちゃんは?」

「そちらは、なんとも。伝承でのみの話ですから。人と妖精の間に生まれた子どもは、決まって、不幸なことが起こります。赤ん坊は、はやく見つけたほうが良いでしょう。手遅れとなった時は、聖域が大変なことになりますからね」

「え、それって、かなりまずいんじゃ」

「人と妖精とでは、時間の感覚が違います。人がすぐ、といっても、妖精にとっては十年先です。殿下と繋がりがあるなら、何か起きますよ」

 しばらく、アランが私を観察して満足したら、北の砦に行ってしまった。

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