妖精憑きの家系
僕が生まれるうんと前、叔母はさる伯爵家のご令嬢を怒らせた。結果、貧乏男爵家は一族ごと平民に落とされた。
その事に責任を感じた叔母は、恋人と出奔してしまった。
叔母が出奔して、一年もしないうちに、さる伯爵家は、悪行の限りが表沙汰となって、一族ごと平民に落ちた。
一度は平民となった貧乏男爵家だが、領地民に愛され、上訴がものすごくあったことから、「また貴族に戻りなさい」と国王が男爵位に戻してくれた。
ここには、遠縁のリスキス公爵の働きがあったという。
結果、伯爵家が没落したが、貧乏男爵家は、そのまま貴族に残った。
目出度く男爵家に戻ったので、叔母も戻ってくる、と思われたのだが、叔母はそのままどこかへと消えてしまった。
叔母の恋人が定期的に手紙を寄越してくれていたが、ある日を境に、ぷつりと手紙も来なくなった。
しかし、誰も叔母を探すことはなかった。叔母を見つけられる者は、誰もいない、と男爵位をついだ父は言う。
貧乏男爵家は、ともかく騙されやすい。この人を疑わない性格だからか、よく、妖精憑きが生まれるという。
叔母は、生まれながらの妖精憑きだった。しかも、妖精の姿が見えない、声が聞こえない妖精憑きで、自覚がない。
姿が見えるか、声が聞こえる妖精憑きには、心得を叩き込むのだが、叔母は姿も声もわからないので、心得を教えられなかった。
結果、歩く凶器となった。
叔母は、ものすごく純粋無垢な人だったらしい。父よりも人がよく、悪戯好きで、騙されやすい。僕に仕える兄弟も、もとは叔母を騙した子どもたちである。
領地民は、皆、叔母の言動には注意していた。だいたい、叔母の恋人が、きちんと叔母の言動を制御していたので、領地民には被害はなかった。
しかし、領地外の者たちは、叔母には優しくなかった。
叔母は、よく被害にあった。そして、叔母を傷つけた者たちは、ただではすまなかった。
さる貴族の跡取りは、叔母に無体なことをして、廃嫡されることとなった。
さる犯罪者は、逃亡中に、叔母に手を出したばかりに、人ではなくなった。
さる伯爵令嬢は、叔母の恋人をバカにして、一族郎党没落した。
男爵屋敷の地下には、叔母によって人ではなくなった者たちが隠されている。それを叔母は知らない。見せることもない。
叔母が心の底から口にした願いを妖精たちは喜んで叶える。その力加減は人外である。
男爵家は、せめて、と叔母に人の死を望まないことを徹底的に教え込んだ。それは悪いことだ、絶対にダメだ、と言い含めていた。
だから、叔母は絶対に人の死を口にしないし、望まない。その意図を汲む妖精たちは、人に死を与えるようなことはしない。
残酷な結果となる。
歩く凶器である叔母を野放しにしていくわけにはいかないので、消息が絶たれてから、定期的に行方を探しているが、未だに見つからない。
妖精に愛された叔母は、妖精によって隠されたのかもしれない。
父は、そう願っていた。そうであれば良いな、と僕も思うのだが、探さないわけにはいかない。
叔母には、一人娘がいた。
王都から戻ってきた兄弟は、父宛の書状を持っていた。リスキス公爵家の家門が入っているので、僕が見るわけにもいかない。
「どうしよう、お叱りの書状だったりしたら」
随分と長い時間、そんなことを言って、見ようとしない父。
僕と兄上は、父が手紙を開封してからずっと迷い続けているのを待つしかない。当主宛なので、僕たちが見るわけにはいかない。
「ねえ、ロベルトが読んでよ」
「父上、跡継ぎではない僕が読むわけにはいかないでしょう」
「将来は、ロイドの補佐になるんだから、いいじゃないか」
「そうだけど、今は成人前の子どもだから」
兄上も僕の味方である。まだ、兄上は大丈夫そうだが、油断できない。
兄上にも言われて、やっと父は書状を読む。最初は悪いこと見つかったのかな、みたいに恐る恐るだったが、読み進めていって、笑顔になる。
「なあんだ、ロベルトを養子にしたいって、手紙か。ロベルト、リスキス公爵の養子にいっておいで」
「そんな、牛や豚の売り買いみたいな言い方やめてください!?」
僕の人生、なんだと思ってんだ、この親は!!