エリカ様大好き
王弟殿下のことはよくわからないので、色々な人に話を聞いてみるが、雲をつかむような感じになる。
うん、俺が会っている王弟殿下は、普段の王弟殿下とは別人だった。王宮での王弟殿下は、王国民のために身を粉にして働き、兄である国王の後ろをつつましく歩き、前に出ない、でも、いざとなったら前線に立つ、立派な人である。
そんな人も、神官長になって、ちょっと汚れた水を飲んじゃって、酒に賭博に、と悪い遊びを覚えちゃって、なんて言われている。
どうなんだろう、と大先輩ルノーに仕事が終わると聞いてみる。
ルノーは、本当にダメな男だが、前線時代では、王弟殿下に悪い遊びを教えた大先輩である。十年の前線を共に過ごしたらしいが、どんな所なのかは、沈黙の魔法によって、俺に語られることはない。
「前線では、王子様王子様だったな。今みたいに砕けた話し方にはなったけど、常に王国民のために、て気を張ってた」
「今は、違うと」
「ほら、王都の聖域にいるエリカ様。噂ではいろいろと言われてるけどさ、王弟殿下は、エリカ様のこと大好きなの」
「へえ、美人ですか?」
「可愛いんだとよ。俺は見たことがないし、見に行かない。見に行ったら、俺、王弟殿下に目を潰されちゃうよ。気をつけろよ。表では、ものすごく聖職者みたいな顔を見せてるけどな、エリカ様のこととなると、怖いからな。今まで、陥れた奴ら、全部、エリカ様のことを悪く言ったり、軽く扱ったりした奴らだからな」
「その、当のエリカ様はご存じで?」
「ご存じでない。聖女のように崇め奉ってるんだ。自分の後ろ暗いことは、一切合切、隠し通してる」
「俺に隠れて俺のエリカ様のことを話すとは、いい度胸だな」
呼ばれてもいないのにやってくる王弟殿下。暇じゃないはずなのに、よく、来るよね。
安酒を「俺が奢ってやる」なんて頼む王弟殿下。有難く頂戴いたします。
「俺も、好きな女がいるんですけど、聞いてください」
せっかくなので、相談に乗ってもらおう。ほら、王弟殿下なら、きっと、聞いてくれる。
「俺、中央都市のエリカ様のことが大好きなんです。むちゃくちゃ可愛くて、もう、周りのことばかり心配して自分のこと放置で、見ていて、攫いたくなるんです」
「わかる。俺のエリカ様は、いっつも王都の平和ばっかり。エリカ様、怪我しても俺のこと心配するし、欲しいものあっても我慢するし」
「本が好きなんですよね。だから、今も本を贈って、ついでに手紙をつけてるんですけど、返事がなくて。迎えに行きたいんですが、俺、まだ、何も出来ていなくて」
「行けばいいじゃん」
「まずは、ゴミを処理しないといけなくて。あと、剣の腕前も、もっと磨かないといけないんですよ」
俺には、どうしてもやらなければならないことが、三つある。その三つの内、二つは権力でどうにかなるのだが、残り一つの剣の腕前は、まだまだである。
「俺もなあ、エリカ様を隠したいんだけど、これがなかなか。悪い虫どもは、お前らのお陰で、着実に処理出来て、感謝してる」
「王弟殿下は、エリカ様のために出来て、すごいですね。尊敬します」
頭はあれだが、エリカ様のために行動出来ていることは素晴らしい。
「カイトくんは、剣の腕前あげて、何やりたいの? 教えて」
この人、人を懐柔するのがうまい。話し方というか、取り入り方が神業だ。酒の力もあるけど。
酒を飲んで、言ってかいいか、迷った。酒に飲まれにくいので、酒の勢いが足りない。
「カイト、俺の力使えば、だいたいのことは叶うぞ。俺、兄上よりも優秀だから」
本当に恐ろしい人だ。見た目だって、男が見惚れるほどの美貌である。体格だって、羨ましい限りだ。嫉妬するだろう。
「実は、エリカ様の腐っている部分の足を切断したいんです」
言ってしまった。
「誰にもやらせたくない。けど、エリカ様を怖がらせたくないんです。だったら、俺が一発で、綺麗に切り落としてあげたい」
「それで、剣の腕前かー。いいよ、力貸してやるよ。毎朝、頑張って、基礎も出来たし、これからは、応用だな」
「本当ですか!?」
「罪人なんて、いっぱい出てくるから、首なり足なり、いっぱい斬らせてあげるよ。あ、ちゃんと腕前あげるだけじゃなくて、手入れも覚えてね。ついでに拷問するのこともあるから、手伝ってね。斬りたいとこ、いっぱい斬らせてあげるよ」
「ありがとうございます、師匠!」
「え、俺、師匠なの?」
「エリカ様、大好きなんですよね。俺の師匠ですよ」
「お、それいいね。じゃ、特別に師匠と呼んでいいよ、弟子一号」
「はいっ!」
そんなことを肩を叩きあって喜ぶ俺と王弟殿下の横で、ルノーがガタガタと震えていた。そんな怖がらなくてもいいのに。ルノーは斬らないから。




