人を陥れよう
剣がまともに使えません、と直接、王弟殿下に訴えたら、毎日の練習メニューを渡された。酷すぎる。
「え、これやれと」
「早朝だよ、それ。それやったら、王城勤務ね。俺、三日に一回しか来ないから、書類仕事はある程度こなしといて。外の仕事は、外に呼ぶから。以上、終わり」
俺は、王弟殿下の執務室に一人で残された。机はいくつかあるが、誰もいない。話では聞いたのだが、ここ、ほとんど外勤務らしい。
俺が留守番させられることとなって、内向きの勤務の人たちが泣いて喜んだ。書類のやり取りが、まともに出来ないし、まともな書類がないとか。
いや、王弟殿下はまともに出来ている。三日に一回、秘密の通路でこっそり入ってきて、部下かやった仕事をチェックして、机に残った殿下の仕事は秒で終わらせる。ついでに、俺のイカサマの腕前が鈍っていないか、賭け事をしていく。最近は、王弟殿下もイカサマを覚えたようだが、その腕前はまだまだだ。
そうして、心身ともに健全な日々を一カ月も過ぎた頃、王弟殿下によって、秘密の抜け穴を通って、怪しい飲み屋に連れ込まれた。
「はい、紹介します。こちら、酒は飲む、賭け事はする、借金はする、のダメ男ルノーです。こちらは、イカサマの腕前ぴか一のカイトです。はい、握手」
無理矢理、俺はルノーと握手させられる。お互いの紹介が酷い。
「ごめんね、俺、忙しくて。王弟殿下だけじゃなくて、神官長やら裏の取引やら、本当に忙しいの。もうちょっと、時間が出来たら、カイト育てたかったんだけど、公国、しつこい! というわけで、まずは実地でやっちゃいましょう。ルノー、まずは、賭博だ。カイトの腕前を試してやれ」
ものすごく真面目な顔で言ってるけど、やらせることは、犯罪だからね。アウトだよ、アウト!
安酒で出来上がっているルノーは、「はい、早速行きます!」と俺の意思無視で引っ張っていく。え、この恰好で?
見るからに城勤務の騎士の恰好で、いきなり賭博場に連れていかれた。
「いいか、あの平民の男を負かすんだ。大丈夫、貴族でも誰でも、みんな普通にやってるから」
「せめて、服だけでも着替えさせてほしかった」
浮いてる浮いてる。警戒されてるよ、俺。ダメ人間に変装させてからにしてほしかった。
来てしまったものは仕方がないので、言われるままに、いかにも問題ありそうな平民の隣りに座る。カード配られるほうかー。
「あれ、王城の騎士様が、昼間っからこんなとこで賭け事やって大丈夫なの?」
「こう見えても、俺、元は貧民なんですよ。悪い事大好きだから。大丈夫、通報しないよ」
持って生まれたエセスマイルで相手の警戒心を解いていく。孤児院時代に、いっぱいやった。
何故、賭博なんて知っているかというと、どういう道に転んでもよいように、修行したからである。ただ、俺、あんまりにも強すぎて、最後ははじかれたけど。後、一見さん用に連れていかれたこともあったな。
とりあえず、俺とルノー、そして、この平民の三人でカードが始まる。最初は小手調べなので、負けておく。
ルノーさん、俺が普通に負けるので、びっくりする。強そうに見えたのだろう。下手な横好きみたいなほうがいいんだよ、これ。
そうして、五回くらい負けて、俺は騎士服を脱ぐ。
「次は、これを賭けよう」
「おいおい、大丈夫なのか、それで」
「大丈夫、買い戻します」
そう言って続けさせた。鴨と思ったのだろう。
ひどい、ルノーさんまで、俺を鴨ろうとしている!?
けど、そこからは負けない。笑顔で負かせていき、平民だけでなく、ルノーさんまで素っ裸にした。
「なんだよこれ、イカサマだろ!!」
「イカサマは、ばれなければイカサマじゃないんだよ、と俺の師匠は言った。悔しかったら、イカサマを見抜いてみなさい」
ちなみに、俺のイカサマは二重三重なので、見抜かれない。かの王弟殿下も舌をまいた。まだまだ青いよ、君たち。
下働き時代に覚えた安いタバコに火をつけて、平民の口に押し付ける。
「で、借金が残ったけど、どうする? まずは、身分のわかるものをいただこうか。ああ、これだな。服は返すよ。持ってても仕方がない。すみません、紙ください。
さて、簡略化ですが、借金の証文を作りましょう。大丈夫、馴れてるから」
中央都市では、こういう仕事も手がけていたので、お手の物である。
言われた通りのことをしたのに、ルノーはぷるぷると震えてた。俺、悪くない。
さっきの飲み屋に戻って、王弟殿下に報告する。
「こちら、借金の証文になります。これ、どうするんですか?」
「え、借金? そこまでやっちゃうの?」
「人を負かすって、これでしょう」
賭け事、こういうもんですよ。と俺は平然としている。過去にやっていたので、馴れすぎていた。
王弟殿下とルノーは、びっくりどっきりである。
「おい、負かすって、ただ負かせばいいだけじゃないの?」
「この坊主、俺まで借金まみれにしたんすよ! 笑顔で、笑顔で。もう、怖くって」
「ええ、借金がダメならダメって言ってくださいよ。加減したのにぃ」
「いや、この証文は有難くいただいておく。助かる、強制労働に送り込んでやる」
王弟殿下も、言ってることが怖いけど。
「それで、これ、どういう仕事なんですか?」
「これ、俺の私情。俺の愛する女を悪く言うやつらに天罰あててやってるの」
「天罰って、神様がやるものでしょう」
「俺、神様にむちゃくちゃ愛されてるの。俺が指示したから、天罰みたいなもんだろう」
王弟殿下って、酷く我儘な人だな。
これを機に、俺はちょくちょく、外で、こういう後ろ暗い私情まじりの仕事をさせられた。




