突然の別れ
予算の横領騒ぎで一段落したというのに、俺の父親の実家が貴族家だとわかり、俺は無理矢理、貴族にされることとなった。断ったり、妹のアナにおしつけたり、と色々とやったが、エリカ様は「王命だから」で全て却下だ。
だいたい、実家が悪事を働くから悪い。悪銭身を亡ぼす、て俺でも知ってる。本当にバカだったんだな、伯父さん。
行方不明になった父からは、実家のことは聞いていた。といっても、行方不明になるきっかけとなった手紙を受け取った時である。それまでは、どこか空気の違う父親だな、とは思っていた。貧民街で暮らすには、父は上品すぎた。そして、母はそこまでではないが、どこか貴族に仕えていました、という上品な身のこなしがあったので、こちらもあっていなかった。
貴族が受けるような教育を、俺もアナも知らずに受けていたが、父は頭が良く、貧民街の空気にあわせられるように、気を付けてくれてたんだと思う。不思議と、誰も父と母を異端だとは思わなかったようだ。
それほど優秀な父だったから、伯父さんはバカで、父を殺すしか考えなかったのだろう。
俺の両親の墓はなく、裏庭に埋められていたそうだ。まだ、処刑前の伯父の証言でわかったらしい。掘り返しても、骨だけとなっていたので、確認は不可能だが。
そうして、もう、イヤイヤながら貴族となる、と連れて行かれる途中、シスターに呼び止められた。
「すみません、カイトと話さないといけないことがありますので、お時間をください」
よし、逃げられる! その時は、そう思った。
そのシスターは、よく、エリカ様の傍にいる老齢な方だ。孫でもいそうなほどの高齢者なので、エリカ様は、よく、気を使っていた。
そして、俺は、よく、エリカ様の相談をこのシスターにしていた。
シスター・クレアのお陰で、とりあえず、彼女の部屋でお茶を飲むこととなった。小さな窓とベッドだけの質素な部屋である。よし、窓から逃げられる。
逃げようと、きょろきょろとしている俺の前に、突然、クレアが土下座してきた。
「ど、どうしたんですか!?」
「どうか、私の孫を助けてください!」
「孫って、誰?」
「エリカ様です」
なかなか、複雑な話だった。
エリカ様は、中央都市の豪商の娘とその下働きの間に生まれた赤ん坊だった。豪商の娘は、遊びで下働きと関係を結んだのだが、妊娠してしまった。
下働きは、豪商の娘を愛していた。だから、結婚するものと思っていたが、豪商の娘はそうではない。ただの火遊びに、大変なことになってしまったので、豪商である父に”強姦された”と嘘をついて泣きついた。
そして、大した下調べもなく、下働きは若い者に殴る蹴るの暴行をされ、帰らぬ人となった。
残ったのは、豪商の娘の腹の中にいる赤ん坊である。おろすにしても、命の危険があることから、とりあえず、産ませて、赤ん坊を殺そう、となった。
これで話がおさまるかと思われたが、そうならなかった。下働きの母が、中央都市のエリカ様に訴えたのだ。
法の番人である中央都市のエリカ様は、下働きの死が拷問死であることがわかると、豪商を強く叱責し、罪をつきつけた。困った豪商は、下働きの母に賠償金を払うから、と半ば脅すように訴えを降ろさせた。
しかし、エリカ様は一度起こってしまったことは見て見ぬふりは出来ない。豪商の娘が、下働きの男の子を妊娠しているというので、どうするか、豪商に聞いた。
まさか、殺すとは言えない豪商。しかし、豪商の娘は将来、他家に嫁ぐこととなっている。エリカ様の目が光っている中央都市で、嘘をつきとおすのは、困難だった。
「わかってるだろうね。その赤ん坊は、この孤児院に持ってくるんだよ。いいね」
脅すように言われ、豪商は、金を積んで、赤ん坊を孤児院に捨てた。それが、今の中央都市のエリカ様だ。
その当時は、次代を決めるため、赤ん坊には名前をつけない。しかし、赤ん坊をどうしても引き取りたかったクレアは、エリカ様にお願いした。
「ダメだよ。アンタに渡したら、アンタごと殺されちまう。心配なら、シスターになりな。そうすれば、アンタも守ってやれる」
エリカ様に言われるままに、クレアはシスターとなり、赤ん坊を育てた。赤ん坊は二十番と呼ばれ、一度はエリカ様の試験に落ち、ニドとなって、二年で、再びエリカ様とされた。
エリカ様に選ばれてすぐは、泣いてばかりいた彼女だが、学ぶ意欲はあって、すぐに次代にふさわしくなった。しかし、二年間だけでも、外に触れたことが、よくなかったのだろう。ちょっと外に出てしまった。
その理由が、なんと、産みの親の姿を見に行っただけだった。
次代のエリカ様となって、見れない書類が見れるようになった。そして、自分の親が健在なことを知ってしまった。
そして、一度出て、帰ってきた時、悪鬼のごとき怒るエリカ様にとらえられ、両足を切断されることとなった。
この時、切断した兵士は、指名されたものではなかった。貴族のボンボンが、人を斬りたいから、と金でかわってもらったのだ。剣の手入れも満足にしていない男の腕は最悪だった。大人数で止めるまで、エリカ様の足に剣を叩きつけた。
後に、クレアは聞いたという。どうして、外に出たのかと。
「どうせ、一生、外には出られないのだから、親の顔を見てみたかった。私にそっくりな女の子がいたの。幸せそうだったから、帰ってきた。本当に、逃げたんじゃないの。でも、ごめんなさい」
二度と歩けなくなった足に苦しみ、泣いて、エリカ様は諦めて、前を向いた。
それでも、その両足の切断は、エリカ様の命を蝕んでいた。どんどんと時間をかけて腐り続けているという。
「いつか、毒素によって死ぬかもしれない、と王都の医者はいうのですが、エリカ様は切断させてくれません! 説得しても、怖いと泣くばかりです」
「無理矢理、やってしまえばいいではないですか」
「泣くんです。誰の前でも毅然としているあの子が、泣くんです。子どものように、大泣きするんです。怖い、と」
「俺が貴族になれば、何か出来るのですか?」
「今までと同じでよいのです。あの子を一人の女性として接して、そして、生きたいと思わせてください。どうか、お願いします」
俺は今まで、クレアに相談して、間違ったことはなかった。エリカ様は、確かに、俺の思いに揺れている。そして、確信はしている。俺は両想いだと。
「俺、絶対にエリカ様を助けます。だから、待っていてください!」
「どうか、どうか………」
クレアは、顔をあげなかった。




