優しい聖女
本棚の整理と、それなりの書類を仕分けたり、というのが、俺の仕事だ。行方不明となった両親のお陰で、孤児院でも良い待遇を受けられた。
といっても、働ける者は何でも使え、というほど人材不足である。
中央都市は、法の番人である。間違ったことは許されない。そして、誰にでも、法の保護を受ける権利を訴える。
俺は、悪いことだが、あの我儘貴族の馬車の前に飛び出したことで、孤児院に入ることとなった。
他の貧民の子どもは、中央都市のエリカ様のこと、かけらほども信用していなかった。
俺は貧民だが、盗みとか暴力とかはしない。両親が行方不明になってからも、妹のアナを支えるために、人が嫌う安い仕事をこなしていた。
酷い大人はたくさんいる。仕事をしても、金が貰えないこともある。それでも、悪事には手を染めなかった。
悪事に手を染めてしまった貧民の子どもは溢れるほどいる。そっちのほうが、楽なのは確かだ。だから、俺はバカにされていた。
たぶん、あと少しで、俺も悪事を染めていたところだろう。
あの馬車の事件で、中央都市のエリカ様の前に立たされた時は、絶望した。自分よりもはるかに下の少女が裁くのだ。相手は貴族様。もう、俺が処罰されるに決まっている。
ところが、中央都市のエリカ様は、貴族を裁いた。
この事件をもみ消そうと、貴族の生家は俺を脅しに来たが、そこを兵士に捕らえられた。俺は、エリカ様によって、泳がされていた。
そして、例の貴族は廃嫡。生家の貴族家は子爵から男爵に降格された。
その話は、俺に勇気と希望を与えてくれた。俺は、同じ親のいない貧民を説得し、孤児院に入れて行った。
孤児院は、分け隔てなく、親のいない貧民を受け入れ、孤児院の子どもたちは、俺たちにいろいろと教えてくれた。
そうして、最低最悪なところから、人並となった。
元貧民の孤児たちは、中央都市のエリカ様に感謝している。恩を返したい、といつも願って、口にも出している。
「私は、ここから動けませんので、同じような子どもたちがいたら、あなたが助けてあげてください」
彼女の望みは、その他大勢の幸せだった。
貧民で親がいても、苦労している子どもはたくさんいた。親だって、最初はそうじゃなかったが、這い上がる手段がないのだ。
そこの所を俺が話せば、エリカ様は予算を作り、這い上がるチャンスを与える。仕事を与え、勉学の機会を与え、労働環境を兵士や神官たちに監視させた。
「こういうものは、心のありようです。最初から、本当にダメな人間はダメなのですが、そうじゃないのなら、環境を与えましょう。這い上がれれば、大丈夫ですよ。子どもを育てられないなら、手放させるしかないですが、親との面談の権利は保障しましょう」
逃げ道も与える。エリカ様の目的は、この、親が手放さないで不幸になる子どもを保護することだろう。
簡単なことなのだが、無理矢理取り上げるわけにはいかないので、親子の縁は、とても難しい。
「親子でいるのが、きっと一番ですが、それは幸せとは限りませんからね。どうすれば、不幸な子どもが減るのでしょうね」
その不幸な子どもに、エリカ様自身は数えられていない。




