最強の妖精憑き
エリカの逃亡先は意外にも、例の男爵領近くだった。自分の力のことを知るのは、今後のためになるので、エリカの所に行く前に、男爵領に行った。
人がいい、平凡な貧乏男爵家の領地は、意外にも、警戒心が強そうだった。馬でゆっくりと進む俺をジロジロと見ている。悪い噂なんて何一つない領地だから、まずいことはないだろう。
そうして、ジロジロと見られるだけで、領民に囲まれたりすることなく、男爵領にしては、なかなか豪勢な屋敷に到着した。
すでに、報せが行っているようで、男爵家の当主が待っていた。
「お待ちしていました、王弟殿下。馬は、こちらで預かります。大丈夫ですよ、心得のある者ですから」
どこか身のこなしが怪しい下男が馬を連れていく。いざとなったら、どうにでもなるから、気にしないが、警戒心がすごい。
逆に当主殿の警戒心がゼロだ。これが、噂の人が良い男爵か。最近も、借金をかぶせられたという話だ。調べると、出るわ出るわ、人が良すぎる話。
手土産は一応、持ってきたので、執事らしき人に渡す。貧乏男爵家なのに、屋敷で働く人が多い。
そして、当主殿は、何故か、そのまま地下へと俺を連れていく。え、監禁されちゃう?
蝋燭の灯りだけで、地下に降り、いくつかの地下牢が見られた。奥では何かうごめき、呻いている。
「まずは、これを御覧ください」
蝋燭の灯りで照らし出されたのは、おぞましい肉の塊だ。目らしきものや口らしきもの、手、足、髪の残骸が、それを元人だと物語っている。それは、呻きながら生きていた。
「これは、我が家の最強の妖精憑きである妹が行ったことです。奥のほうにも、まだいます」
「これが、妖精憑きの力だと?」
ぞっとした。とんでもない悪意がなければ、こんなこと、出来るはずがない。俺は、そんなこと、望むことはないし、こんなことしない。
「妹のリリィは、このことを知りません。ただ、ちょっと痛い目にあえばいい、そう願っただけです。
その男は、王都で指名手配されている犯罪者です。男爵領に逃げてきて、リリィに悪戯をしました。未遂でしたが、リリィに憑いた妖精により、逃げるための足が奪われました。苦しんでいる所を家の者が発見し、地下牢に閉じ込めました。最初は、足のない人でしたが、どんどんと姿をかえていき、こんなふうになりました。リリィは、決して、こんなものを望んでいません。ただ、痛い目にあえばいい、追いかけてくるので足を怪我すればいい、その程度の願いでした。しかし、妖精は容赦がありません。リリィの願いのために、今も、この男を苦しめています」
「その、妖精憑きは今、どうしてる」
「最近になって、亡くなったことがわかりました」
「死んだのに、まだ、このままなのか!?」
「リリィの妖精憑きの力はすさまじいものです。男爵領が今も栄えているのは、リリィの力のお陰です。リリィに憑いていた妖精は、リリィが死してなお、願いを叶え続けています。
この男は、人としての寿命が尽きるまで、このままでしょう」
これが、ロベルトが見せたかった、もう一つの妖精憑きの行く末だ。
「リリィには、人の死を望まないように、厳しく教育をしました。リリィは、ちょっとした不幸を願うくらいで、だいたいことは、笑って許していました。しかし、恋人が傷つけられたり、悪く言われたりすると、烈火のごとく怒り、妖精憑きの力を無意識に発揮しました。最後に発揮されたのは、さる伯爵家のご令嬢です。恋人のことを悪く言われ、怒ったリリィは、伯爵令嬢を許しませんでした。そして、伯爵家は没落しました。
この不幸は、リリィが妖精憑きであることを自覚できなかったことにあります。王弟殿下は、どうやら、自覚されています。
どうか、これを見て、妖精には気を付けてください」
それで、やっと地下から解放された。
お土産を持ってきたからか、お茶に呼ばれた。あの気持ち悪いものを見せられた後だというのに、当主殿は普通に飲み食いしている。
いかん、負ける。なんだか、負けそうで、俺は紅茶に口をつけた。
「無理をしなくてよいですよ。だいたい、あれを見た者は、しばらく食事も出来ません」
「あんなものを見せたのか!?」
「リリィの力の被害にあってしまった者たちには、見せました。でないと、置かれた状況が理解できないでしょう。
昔、リリィに無体なことした子爵令息は、廃嫡されました。どうにか、リリィの怒りがおさまり、人に戻りました。自らが行ったことを反省し、平民となり、王都で騎士として働いています。リリィのことを最近まで、探してくれました」
「あんなものになったから、復讐しようとしてか」
「いえ、リリィのことを恩人と思ってです。元子爵令息は、妖精によって、一度、人ではなくなりました。それを恥じた子爵家は、彼を男爵領に捨てたのです。捨てられた彼をリリィは可哀想といい、許しました。元の姿に戻ったので、子爵家に戻れるように手を尽くしましたが、廃嫡され、行き場を失ってしまいました。その彼を保護したのは、リリィです。リリィは、平民となって生きる術を彼に教えました。そして、彼は王都に行き、騎士となりました」
「恐ろしい女かと思えば、聖女のようなところもあるんだな」
妖精憑きの力の禍々しさがすさまじすぎて、善行がかすんでしまう。まあ、あんな化け物を作るような女、聖女ではあるまい。
「その妖精憑きのお嬢さんは、子どもを残して亡くなるとは、病気か何かか?」
「村人に殺されたと聞いています」
「はぁ?」
耳を疑う話である。これほどの化け物を作り出す妖精憑きが、そこら辺の平民に殺されたという。
「王弟殿下も、王宮では、いろいろとありましたよね」
「ま、まあ、子どもだったからな」
隠していても、知っている者は知っている。この男爵も、何らかの情報網を持っているのだろう。
「これは、僕の予想ですが、リリィは、悪いことをしてしまった、と反省したのだと思います。村人が人を殺すほど怒ることなど、だいたい、お金か食べ物です。西の山のほうは、先祖が犯罪者が多いため、扱いも酷いものでしょう。収穫が思うようにいかず、食べ物が足りず、飢えているところで、妖精憑きの恩恵を持っているリリィの元にはたくさんの食べ物が集まっているのは、八つ当たりのような怒りを感じたと思います。そして、先祖の血を言い訳に、略奪した。リリィもまた、騙されやすく、人を悪く思わない子です。お前が悪い、と言われれば、反省します。悪いと言われ、謝って、殺されたのでしょう。
もっと、頑張って、リリィを探せばよかった」
男爵は、声もなく泣いた。彼は、村人を責めなかった。本当に、バカがつくほど人が良すぎる一族だ。
お言葉に甘え、一泊させてもらった。男爵家であるが、食事はきちんとしていた。肉は少ない野菜が多く、香辛料も適度に使われていた。
料理人、給仕をする者、執事、侍女、庭師と多くの使用人がいることには驚いた。
「貧乏男爵家、ですよね?」
「お恥ずかしいことに、無給なんです。本当は、やめてほしいのですが、先祖代々からつかえている一族なので、勝手にやっているんです。だから、せめて必要なものは男爵家で揃えるようにしています。いつも感謝しているよ、君たちには」
「いえ、当然のことです」
「お気になさらず、仕えさせてください」
困っている男爵家当主に、それを負担にさせないように、勝手に働いている使用人たち。
何か、先祖に理由があるのだろう。そこのところを探るつもりもなく、快適な一泊を過ごし、外に出れば、連れてきた馬よりも若く上質な馬が用意されていた。
「俺が連れてきた馬ではないですが」
「あの馬はもう年ですから、休ませてあげてください。代わりに、こちらを乗ってください。我が家には、この馬の使い道がありませんので」
「いえ、そういうわけにはいきません。馬の価値が違いすぎます」
「? 我が領で生まれた馬ですから、若いだけですよ。殿下が連れてきた馬は、血統が良いので、種馬として使わせてください」
「そういうことでしたら」
人が良すぎるだろう。血統が良い悪いというよりも、目の前の馬はたぶん、長距離を走り抜ける力がある馬だ。
「もし、妖精憑きのことで知りたいことがありましたら、いつでも来てください。あと、ないと思いますが、お力が必要な時は、いつでも力になります」
「俺がもし、妖精憑きの力を使いこなせるなら、この領地が平穏であることを望みます」
「大丈夫ですよ。我が領地は、いつも平穏です」
「騙されてばっかりのくせに」
「いいんですよ、騙されて。だって、嘘だったんですから。本当だったら、助けなくて、後悔します」




