可哀想なエリカ様
娼館通いをしていると、たまたま、エリカ様の父親に会った。同じく娼館で女買っているところである。
何も悪いことをしていません、と余裕の顔のエリカ様の父・ルガーノ。
「娘から聞いてますよ、よく、来ていると」
「ルガーノは、愛妻家だと思っていたが」
「これは、慈善活動ですよ」
指名した女を見て、なるほど、と理解した。俺もそうしている。
ルガーノが指名した女は、もう、病気で先がなかった。身を売る仕事は、病気を貰いやすい。きちんとケアしていても、間に合わないことがある。病気持ちの女は、酷い扱いを受ける。
俺もルガーノも、あえて、そういう女を指名して、ただ、金を落としていくだけだ。身請けするにも手遅れだが、金を落としてもらえる間だけは、彼女たちは暖かな布団で眠れる。
今日も、俺は手を出せない女相手に、話だけをしていた。
「聞いてよ、エリカ様、気づいたら成人してたんだ。ずっと小さいから、気づかなかったよ」
相手は死を待つばかりだから、俺の好きなことを話しても問題ない。相手も、それを悟っているので、外には一切、漏らさない。
「エリカ様は、綺麗な方ですか?」
「可愛い、すごく可愛い。十年経ったら、ものすごく美人になる。だから、成長しなくて安心してる。成長したら、男どもが寄ってきちゃうから。そうなったら、俺だけのエリカ様に出来ないじゃない」
「ふふふ、我儘な方ですね」
「我儘じゃない。エリカ様は俺のなの。絶対に俺のものになるって、神様が言ってる。だから、我儘じゃない」
「いいですね、羨ましい」
「でも、俺のものだから、可哀想なんだよ。俺のせいで右足が動けなくなったでしょ。そのせいで、俺から逃げられなくなった。俺のせいで視力が悪くなったでしょ。そのせいで、他の男が見えなくなった。俺のせいで成長が止まっちゃったでしょ。そのせいで、他の男はエリカ様が美人だって気づかない。ほら、可哀想」
「………」
「ほら、美味しいお菓子、食べる? エリカ様にって、持っていったけど、エリカ様、食べなかった。欲しいものがあったら、何でもあげたいし、してあげたいけど、何も望んでくれない。君は、何かしてほしいことはある?」
「抱きしめてくれますか?」
「いいよ。ほら」
彼女をぎゅっと抱きしめる。色々な女を相手にしてきたが、こういう先の短い不幸な女にだけは、拒絶反応は起こらない。
エリカ様は、かなりまずいので、気を付けている。俺にとって、エリカ様は少女の姿をしていても、一人の女だ。
そうして、娼婦の願いを叶えて、短い夜を過ごした。
娼館の外に出れば、ルガーノが俺が出てくるのを待っていた。
「ここら辺は、治安がよくありません。私と一緒に行きましょう」
「そうですね」
庭みたいなものだけど、将来の義父の肩を持たせることは、大事なことだ。途中、怪しい飲み屋の横を通りかかる。
「せっかくですし、今後の勉学のためにも、お付き合いください」
「しかし、あまり良くないですよ」
「まあまあ」
無理矢理、連れ込んだ。
安い酒なので、美味しくはないし悪酔いはするが、目的を果たすためにも、ここに行かねばならない。
しばらく飲んで、帝国の話を聞いていると、あの、ダメ男がやってきた。
「でーんかー、呼ばれてきましたよー」
「もう飲んでたのか。奥方は息災か?」
「殿下のお陰でー、もう、元気元気ー」
「それは良かった。こちらは、エリカ様の父君だ。ルガーノ、こちらは、前線時代の部下のルノーという。酒は飲む、賭博はする、借金はするという、最低ダメ男だ」
「はいっ! 兵士一のダメ男です!! でも、浮気はしていません!!!」
「そうか。奥方を大事にするんだぞ」
「はははは」
ルガーノは乾いた笑いを返すだけである。癖が強い男だが、これが、なかなか役に立つんだ。
「ルノー、頼みがあるんだが、このリストの男どもをどうにかしてほしい。こいつは、賭場で負かせ。こいつは、酒で問題を起こさせろ。こいつは、娼館で借金まみれにしろ」
「あの、神官長、これは、何かあるのですか? まさか、帝国の密偵とか」
「いや、エリカ様を悪く言ったやつらだ」
何故か、ルガーノだけ、時が止まった。俺は間違ったことを言っていない。
「えーと、何?」
「こいつら、教会に来ては俺のエリカ様のことを外れだとか、ぱっとしない、とか言ったんだ。許せないよな、ルノー」
「なんて悪い奴らだ。殿下の女を悪くいうなんて」
「神官長、神官長、エリカ様は、神官長のものではありませんよ」
俺とルノーは、無言でルガーノを見る。
「エリカ様は、殿下の女でしょ。いくら可愛い娘だからって、そういうこと言っちゃダメですよ」
「エリカ様は俺の運命の人だ。俺が決めたんだから、エリカ様は俺のものだ。おい、酒が足りないぞ!」
義父をもう少し酔わせる必要があるな。俺とルノーは二人がかりで、ルガーノのコップに酒を注ぐ。
「ルノーはな、賭博が好きでも弱くてな、いつも借金ばかりしてるんだ。仕方ないから、俺の頼みをきいて、借金を完済してやってるんだ。ルノーほど、あとくされのない代行人はいないぞ」
「お任せください、こいつらに地獄を見せてやりますから」
「エリカ様の可愛さを理解できないとは、情けない男どもだ。色目を使うやつがいたら、その目をえぐり取ってやるがな、ははははは」
「ははははは」
ルガーノは大笑いして、つぶれるまで酒を飲んだ。
未来の義父ルガーノを無事、自宅に送り届けて、俺は教会に戻った。もう真夜中だから、夜勤のものでないかぎり、皆、就寝している。
執務兼寝室に行けば、蝋燭の灯りがついていた。途中で寝てしまったのだろう、執務机でエリカ様が寝ていた。寝顔が可愛い。
起こさないように、ゆっくりと抱き上げる。とても疲れているようで、青い顔をしていた。そのまま、俺が使うベッドに寝かせ、残っている書類を蝋燭の灯りで見た。
流し見をして、あまり使わない神官長の印と王弟殿下用の印を押して、処理済みの箱に投げ入れた。
狭いベッドで、俺はエリカ様が落ちないように抱きしめて、横になる。きっと、朝、起きたら、彼女は顔を真っ赤にして怒るだろう。想像するだけで、笑ってしまう。可愛い可愛いエリカ様。
何をしても起きそうにないので、俺はそっとエリカ様に口づけする。
大丈夫、気持ち悪くない。とても幸せだ。もっと口づけする。頬にも、額にも、瞼にも。
時々、エリカ様に気づかれないように、口づけしていた。
可哀想なエリカ様。あんなに成長を望んでいても、俺がそれを望んでいない。成長したら、他の男がエリカ様に気づいてしまう。そうならないように、はやく閉じ込めないといけない。




