表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者たちの行進  作者: 春香秋灯
王国の悪魔
27/67

可哀想なエリカ様

 娼館通いをしていると、たまたま、エリカ様の父親に会った。同じく娼館で女買っているところである。

 何も悪いことをしていません、と余裕の顔のエリカ様の父・ルガーノ。

「娘から聞いてますよ、よく、来ていると」

「ルガーノは、愛妻家だと思っていたが」

「これは、慈善活動ですよ」

 指名した女を見て、なるほど、と理解した。俺もそうしている。

 ルガーノが指名した女は、もう、病気で先がなかった。身を売る仕事は、病気を貰いやすい。きちんとケアしていても、間に合わないことがある。病気持ちの女は、酷い扱いを受ける。

 俺もルガーノも、あえて、そういう女を指名して、ただ、金を落としていくだけだ。身請けするにも手遅れだが、金を落としてもらえる間だけは、彼女たちは暖かな布団で眠れる。

 今日も、俺は手を出せない女相手に、話だけをしていた。

「聞いてよ、エリカ様、気づいたら成人してたんだ。ずっと小さいから、気づかなかったよ」

 相手は死を待つばかりだから、俺の好きなことを話しても問題ない。相手も、それを悟っているので、外には一切、漏らさない。

「エリカ様は、綺麗な方ですか?」

「可愛い、すごく可愛い。十年経ったら、ものすごく美人になる。だから、成長しなくて安心してる。成長したら、男どもが寄ってきちゃうから。そうなったら、俺だけのエリカ様に出来ないじゃない」

「ふふふ、我儘な方ですね」

「我儘じゃない。エリカ様は俺のなの。絶対に俺のものになるって、神様が言ってる。だから、我儘じゃない」

「いいですね、羨ましい」

「でも、俺のものだから、可哀想なんだよ。俺のせいで右足が動けなくなったでしょ。そのせいで、俺から逃げられなくなった。俺のせいで視力が悪くなったでしょ。そのせいで、他の男が見えなくなった。俺のせいで成長が止まっちゃったでしょ。そのせいで、他の男はエリカ様が美人だって気づかない。ほら、可哀想」

「………」

「ほら、美味しいお菓子、食べる? エリカ様にって、持っていったけど、エリカ様、食べなかった。欲しいものがあったら、何でもあげたいし、してあげたいけど、何も望んでくれない。君は、何かしてほしいことはある?」

「抱きしめてくれますか?」

「いいよ。ほら」

 彼女をぎゅっと抱きしめる。色々な女を相手にしてきたが、こういう先の短い不幸な女にだけは、拒絶反応は起こらない。

 エリカ様は、かなりまずいので、気を付けている。俺にとって、エリカ様は少女の姿をしていても、一人の女だ。

 そうして、娼婦の願いを叶えて、短い夜を過ごした。








 娼館の外に出れば、ルガーノが俺が出てくるのを待っていた。

「ここら辺は、治安がよくありません。私と一緒に行きましょう」

「そうですね」

 庭みたいなものだけど、将来の義父の肩を持たせることは、大事なことだ。途中、怪しい飲み屋の横を通りかかる。

「せっかくですし、今後の勉学のためにも、お付き合いください」

「しかし、あまり良くないですよ」

「まあまあ」

 無理矢理、連れ込んだ。

 安い酒なので、美味しくはないし悪酔いはするが、目的を果たすためにも、ここに行かねばならない。

 しばらく飲んで、帝国の話を聞いていると、あの、ダメ男がやってきた。

「でーんかー、呼ばれてきましたよー」

「もう飲んでたのか。奥方は息災か?」

「殿下のお陰でー、もう、元気元気ー」

「それは良かった。こちらは、エリカ様の父君だ。ルガーノ、こちらは、前線時代の部下のルノーという。酒は飲む、賭博はする、借金はするという、最低ダメ男だ」

「はいっ! 兵士一のダメ男です!! でも、浮気はしていません!!!」

「そうか。奥方を大事にするんだぞ」

「はははは」

 ルガーノは乾いた笑いを返すだけである。癖が強い男だが、これが、なかなか役に立つんだ。

「ルノー、頼みがあるんだが、このリストの男どもをどうにかしてほしい。こいつは、賭場で負かせ。こいつは、酒で問題を起こさせろ。こいつは、娼館で借金まみれにしろ」

「あの、神官長、これは、何かあるのですか? まさか、帝国の密偵とか」

「いや、エリカ様を悪く言ったやつらだ」

 何故か、ルガーノだけ、時が止まった。俺は間違ったことを言っていない。

「えーと、何?」

「こいつら、教会に来ては俺のエリカ様のことを外れだとか、ぱっとしない、とか言ったんだ。許せないよな、ルノー」

「なんて悪い奴らだ。殿下の女を悪くいうなんて」

「神官長、神官長、エリカ様は、神官長のものではありませんよ」

 俺とルノーは、無言でルガーノを見る。

「エリカ様は、殿下の女でしょ。いくら可愛い娘だからって、そういうこと言っちゃダメですよ」

「エリカ様は俺の運命の人だ。俺が決めたんだから、エリカ様は俺のものだ。おい、酒が足りないぞ!」

 義父をもう少し酔わせる必要があるな。俺とルノーは二人がかりで、ルガーノのコップに酒を注ぐ。

「ルノーはな、賭博が好きでも弱くてな、いつも借金ばかりしてるんだ。仕方ないから、俺の頼みをきいて、借金を完済してやってるんだ。ルノーほど、あとくされのない代行人はいないぞ」

「お任せください、こいつらに地獄を見せてやりますから」

「エリカ様の可愛さを理解できないとは、情けない男どもだ。色目を使うやつがいたら、その目をえぐり取ってやるがな、ははははは」

「ははははは」

 ルガーノは大笑いして、つぶれるまで酒を飲んだ。






 未来の義父ルガーノを無事、自宅に送り届けて、俺は教会に戻った。もう真夜中だから、夜勤のものでないかぎり、皆、就寝している。

 執務兼寝室に行けば、蝋燭の灯りがついていた。途中で寝てしまったのだろう、執務机でエリカ様が寝ていた。寝顔が可愛い。

 起こさないように、ゆっくりと抱き上げる。とても疲れているようで、青い顔をしていた。そのまま、俺が使うベッドに寝かせ、残っている書類を蝋燭の灯りで見た。

 流し見をして、あまり使わない神官長の印と王弟殿下用の印を押して、処理済みの箱に投げ入れた。

 狭いベッドで、俺はエリカ様が落ちないように抱きしめて、横になる。きっと、朝、起きたら、彼女は顔を真っ赤にして怒るだろう。想像するだけで、笑ってしまう。可愛い可愛いエリカ様。

 何をしても起きそうにないので、俺はそっとエリカ様に口づけする。

 大丈夫、気持ち悪くない。とても幸せだ。もっと口づけする。頬にも、額にも、瞼にも。

 時々、エリカ様に気づかれないように、口づけしていた。

 可哀想なエリカ様。あんなに成長を望んでいても、俺がそれを望んでいない。成長したら、他の男がエリカ様に気づいてしまう。そうならないように、はやく閉じ込めないといけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ