愛しの聖女
神官長の仕事は簡単だ。ミサで説教たれて、適当に人をあしらって、孤児院とかを見て回って、エリカ様とお話する。あ、平和だ。
王都のエリカ様は、兄上の子どもよりは上だが、まだまだ子どもだった。子どもだけど、豪商の両親からしっかりと教育され、しっかり者のお姉さんである。年上の孤児たちよりも話し方もしっかりしている。
「神官長、横領はダメです」
金勘定も細かい。
横領事件により、すっかり神官とシスターがいなくなり、教会は孤児院にいる孤児たちが一時的に手伝いすることとなった。さすがに俺一人では無理だ。
まだ幼い部類のエリカ様も、小さな体で誰よりもよく動いていて、微笑ましい。
エリカ様にとって、俺の第一印象はダメ男だろう。それは、永遠に続く。俺は、酒は飲むし、賭け事はするし、借金だってする。それらを堂々とやっているので、エリカ様は頭が痛い様子である。
対する俺のエリカ様の第一印象は、口に出さないが、清楚華憐な聖女様だった。
教会で初めて見たエリカ様は、あの聖域で見た聖女の面影があった。抱きしめて、感触を確かめて、しかし、夢とは違うことに、ついつい失礼なことを言ってしまった。
どうにか、彼女を堂々と抱きしめたり、触れたり出来ないだろうか、なんて考えていると、凶事が起こった。
これは、本当に不幸な事故だった。
神官長となって間もなく、リカルドがやってきた。リカルド、三交代の勤務から少し昇格したらしい。良かったね。
エリカ様が気を聞かせて教会を出ていったので、俺は久しぶりの再会に握手した。
「リカルド、母上は息災か?」
「お陰様で、最近は、外に買い物にも行っています」
「それはよかった。子は出来たか?」
「そういうのは、いいのです。私も彼女も、あなたのことをお子と思っています」
「いや、そういうのはやめておけ。ちゃんと二人の間に子どもを作れ。今すぐ作れ。前線でも聞いたが、自分の血がつながっている子どもは格別だそうだ。そういうものをリカルドも経験しろ」
「………彼女は、たぶん、一生、受け入れられないでしょう」
「試したのか? ちゃんとやることやったのか?」
「やってませんっ」
「そういうことは、やってから言え。俺なんか、試して全く役立たずなことが最近わかった。いいか、試してからいえ。わかったな」
すぐ傍に、好きなだけ抱きしめられる女がいるっていうのに、何、少年みたいなこといってんだ、この男は。
俺なんか、彼女を抱きしめたくても、触れることすら出来ないってのに。
と悶々とアホなことを考えている横で、リカルドは何か思いつめた顔をした。
「やはり、我々のせいで、殿下は女性のことが」
「そういうのはいい。それで、挨拶だけなら、もう帰れ。母上を大事にしろ」
「いえ、相談がありまして。アンナが、殿下に会いたいと」
「絶対にムリ、やめてくれ、俺のトラウマを刺激するな」
実の親ってだけで、これっぽっちも、愛情がない。義務もない。だって、憎悪しか向けられてない。
しかし、愛する妻のために、リカルドは土下座する。
「どうか、一度だけ、お願いします!」
「お前はわかっているのか? 俺はあの人に殺されかけたんだぞ」
「わかっています」
「俺は、元王妃様から見ても、父上にそっくりで、間違いがおきたほどだ。年齢的にも、母上にとって、一番恐怖を与えた頃に近い。そんなものを顧みないで、前を向いていけ」
「どうか!」
「ならば、俺を動けないように足でも斬って連れて行け。それが出来ないのなら、やめろ」
毒にも薬にも、前国王にそっくりな俺にさえ手をかけられなかった男に、出来るはずがない、そう思った。
やりやがった。しかも、大衆の面前である。そして、俺ではなく愛しい聖女が犠牲となった。
半ば、脅すようにして王宮医に見せたが、彼女の右足は動かなくなっていた。
俺の願いは、必ず叶う。
ただ、彼女を抱きしめたい、ただそれだけのために、妖精は、彼女の右足を奪った。
俺が死ねばよかった。




