緩やかな防衛線
停戦協定を結んだなら帰っておいで、と兄上から書状を貰うが、お断りの返事を書いた。協定結んだけど、前国王の時は密偵を放っていたので、信じていない。
というのは建前で、女がいる学校にも行きたくないし、王宮にも女はいるし、体は全快からほど遠いし、兄上の地盤固めがすんでいないので、北の砦に長くとどまることとなった。
一年半は、公国側も協定通り、大人しくしてくれた。密偵送ってくれれば良かったのに、それもなかった。残念だ。
公国側は、頑張って、王国の密偵を探していた。時々、王国に戻れなくなった元王国民を連れてきて、密偵だ、みたいな言いがかりをつけてきた。
元王国民も、家族に会わせてほしい、なんていうが、即お断りである。もともと、沈黙の契約をされているので、戻していいものだが、もう、王国の水があわなくなっているだろう。すっかり公国民となった姿を見て、会った家族がどうなることやら。しかも、兵士でも何でもない一般民に沈黙の契約をさせるのは、気の毒だった。
そこら辺を説明すると、何か思いつめたような顔をして公国に戻っていく。
そして、言いがかりはやめてください、と私が注意する。認めないのか、と泥かけ試合が始まる。
「以前、そちらが密偵から取り上げた、トランシーバーで連絡をとりあっていたのでしょう!!」
見せられたのは、あの黒い何かだ。使い方が、未だにわからない。
「誰か、アランを呼んできてくれ。公国の方がいるって」
最近、アランは側近のくせに、部屋に閉じこもっている。理由が笑えるので、許していたが、公国の皆様がいるので、出てきてくれるだろう。
呼ばれてすぐ、アランが入ってきた。そして、机のど真ん中に、例の黒いやつの残骸を広げてくれる。
実は、アラン、仕掛けが知りたくて、分解したのだが、結局、わからずじまいな上、戻せなくなってしまった。私に泣きついてきたが、興味ないので、見捨てた。
まさか、例の黒いものがバラバラになっているとは知らなかった公国の皆様。
「ぜひ、元に戻してください!」
キラキラと童心に戻った純粋な瞳で見返すアラン。
公国側は、持ってきた、黒い物体をアランにすっと渡した。
「せっかくなので、アランに使い方を教えてください。外はもう暗いので、明日出発でいいでしょう。誰か、寝具と食事の準備してくれ」
そうして、公国側が一泊することとなったのだが、とらんしーばーとやらの使い方を知ったアランは、真夜中まで使い続けて、公国側が大迷惑を被った。
次の日、公国側は、とらんしーばーの中にある動力部分を抜いて、アランに進呈した。
うんともすんとも言わなくなったとらんしーばーに、アランはしばらく落ち込んだのだった。
この言いがかりのお陰で、停戦協定が一年半から二年半に延長となったのだが、この話には続きがある。
アランはどうしてもとらんしーばーの動力が欲しくて、わざわざ偵察に来ている公国側の斥候を捕獲した。公国側の領土での斥候なので、悪くはない、といえば悪くはないのだが、アランの情熱に勝てなくて、とらんしーばーの動力部分を停戦中は定期的に提供することと、とらんしーばーをもう一台提供することとなった。
こうして、とらんしーばーは二台となり、内一台はアランが、もう一台は夜勤のある者が交代で所持し、アランの相手をすることとなった。
砦の一日は本当に暇だ。体もそれなりに戻ってきて、勘もよくなってきた。
こういう所、身分差というものは厳格にいかないといけないのだが、私は一番の年少者。経験も足りないし、人間としても足りない。そのせいか、平民貴族王族の距離感を崩してしまっていた。
「これが、カードか。ルールは?」
「まあ、簡単に同じやつ集めたのが勝ちですよ。見ててください」
貴族平民関係なく、カードでの賭け事がはやった。防衛線一辺倒なので、暇つぶしは大切だ。
体を鍛えて、遅れていた勉学を進めて、それでも時間が余る私は、市井の勉強と仲間に加わった。
最初は見ているだけだが、それもだいたいのルールがわかってくると、入ってみることにした。
「とりあえず、お手柔らかに頼む」
「もちろんです」
「いえいえ、勝負の世界の厳しさには、身分は関係ありませんからね」
「貴族といえど、裸になることだってありますよ」
「よい経験です」
ほとんどは、容赦ないことを言って、私を脅してきた。
裸になるのもよい経験か、と思って、しばらくやっているのだが、裸になったのは、私以外の全員だった。
「いくらなんでも、手を抜くな。ほら、服を着ろ。金は冗談だから、返す」
「ちょ、殿下、素人ってブラフでしょ」
「むちゃくちゃ強いじゃないですか!?」
「勝者の余裕じゃん!!」
「確率だろう。捨てたカードを見れば、だいたいの手札はわかる。あと、カード隠し持つのはやめろ。あからさますぎだ」
「バレてた!!」
「それでも負けた!!!」
賭け事は、よい勉強になった。
夜には、休憩の者たちが酒会を開く。いつ、公国側が協定破って攻めてくるかわからないので、半分は臨戦態勢である。アランは、常に臨戦態勢であるが、私の側近なので、酒を飲まないが、傍にいた。
「帝国では、未だに赤ワインはダメか」
「そうですね」
「お陰で、王国は帝国産の高級赤ワインを安く手に入る。美味しいのに」
「王弟殿下、はやいはやい!」
「悪酔いしますよ!!」
「あははははは」
成人前なのに、かなりはめを外した。止めるような側近も侍女も侍従も護衛騎士もいない。停戦協定中の前線、最高だ。
「何を見てるんだ?」
男たちが何やら集まって、本を見ている。
「ああああ、王弟殿下が見ていいものではありませんよ!?」
「市井のことを知るのも、王族として大事なことだ。アラン」
「はいはい」
アランは帝国側の魔法使いだからか、私に対して敬意がどんどんとなくなってきている。
面倒臭そうに、兵士たちが見ていた本を拾って、私に渡す。
「ああ、こういうのかー。夜のことも勉強させられたなー」
もうちょっとお上品な教科書だが。こう、あからさまなのではない。
「ここには、妻や婚約者がいるものはいるのか?」
聞けば、半数以上が手をあげる。そういうのがいてもおかしくないが、半数なのが、多いのか少ないのか。
その中に、ダメ男、と言われる兵士まで入っていた。酒は飲む、賭け事はする、借金はする、と本当にダメな男なのに、妻帯者だとは。
「お前のような者でも妻がいるのか」
「俺には、もったいない女でして」
ものすごく照れてるけど、悪いことはやめないらしい。今も、賭け事が弱いくせに、借金だけが膨れ上がっている。
「こいつの奥さん、もう、ダメ男をさらにダメ男にする女なんですよ。上から下まで面倒みて、浮気も許して、借金まで返して、もう苦労ばっかり。なのに、何度も許しちゃって。王弟殿下、こういうダメ男、本当にダメにするのは、女ですよ」
「女とは、本当に恐ろしいな」
記憶にないが、精神が女に恐怖した。




