停戦の提案
公国との戦争は秘密裡に行われることとなった。魔法使いを使って、戦争に参加する者たちは沈黙の契約をさせられた。
公国のことも、公国の戦争も、全て、王国では語れない。そのため、王国側で公国のことを知る者は公国と戦う者か、王族、一部の貴族のみである。
前国王の時も、その前も、公国との戦争に参加する全ての者たちは、沈黙の契約をさせらた。
私が前線に出ることは、やはり、兄上には反対された。
「絶対にダメだ! 君は、学校にも通ったことがないんだ。それなのに、戦争に行ってしまったら、失った時間を取り戻すことすら出来ないじゃないか!?」
「そういうのは、兄上にまかせます。私は、どうやら、そういうのは必要ないようです。それに、女性は近づくこともダメですし」
「………だからって、君が前線に出なくても」
「せっかくなので、最強の妖精憑きの力とやらを利用してみようと思っています。そのために、元筆頭魔法使いを前線に連れて行きます」
「なら、私も一緒に」
「まあまあ、そこは分業ということで。お互い半人前なんですから。王都での政は兄上が、北の砦の前線は私がやれば、二人で一人前です」
「私は、半人前以下だっ」
「後ろ盾となる貴族のご令嬢と結婚が決まったそうですね。父上のようなことはしないであげてください。でも、まあ、側室は必要ですけどね。跡継ぎ、ないと困りますし、私は女性がダメですし。だから、お願いします」
「………」
「あと、リカルドと母上のこと、お願いしますね。前線には、リカルドは連れて行きません」
「殿下!?」
護衛騎士に復帰したばかりのリカルドは寝耳に水な話で驚いた。
「え、せっかく母上と一緒になれるのに、前線に行くの? 私は、そこまで空気が読めない人間ではないよ」
前線に着いてこようとするなんて、バカじゃないか。心底、そう思う。
人がいいのだろう。だから、産みの母は父上に無体な目にあっていても、リカルドのことを諦めなかった。毒にも薬にもならない人間だから、人のことばかり尊重するのが当たり前になっていた。
「そういうわけで、リカルド、君は王都警備に降格。三交代だから、体には気を付けるように。じゃあね」
「あっ」
私は無情にも、リカルドを切り捨てた。
リカルドの代わりに側近となったのは、もちろん、帝国の元筆頭魔法使い・アランである。アランは、それなりに年齢が高いので、私よりも柔軟な物の見方が出来るし、何より、妖精憑きのコントロールは良かった。
前線となる国境沿いの砦に到着してすぐ、裏切り者は拘束した。公国側に何か道具を使って連絡をとろうとしている所を張り付けていた見張りに見つかった。
もともと、王都にいた時には、裏切者は見つかっていた。すぐ捕まえれば良かったのだが、せっかくなので、泳がせて、前線まで一兵卒として来てもらった。
「どうするつもりだ!?」
指令室に連れられた裏切者は、裏切者らしい態度をとった。
「とりあえず、一方通行の伝書バトになってもらいます。私としては、戦争なんてまっぴらごめんですし、もうすぐ冬ですから、一年ほど、停戦してもらいたいのですよ」
国境となっているところは、山脈広がるところで、冬になると豪雪地帯となる。戦争をやるには、時期悪く、もうすぐ雪の季節だった。
「条件がある。家族を連れて行きたい」
この裏切者、王国側に潜入して、王国民と家庭を持っていた。さすがに、家族には公国の情報を話していなかったが、子どもまで作ったので、情がわいたのだろう。
「ダメに決まってるだろ。裏切者は裏切者らしく、一人で行け」
そこは、王族としてしっかりとはねのけた。悪い、そういう人間らしいところが欠けているから、私には通じない。
何か叫んでいるが、無視だ。無理矢理、停戦願いの書状を持たせ、公国側に捨てた。そのうち、迎えが来るだろう。
裏切者が連絡用に持っていた道具を見せてもらった。はっきりいって、使い方がわからない。まず、武器である銃とか科学がわからん。
「帝国は、いる?」
「一応、研究に使いますが、あなたはいらないのですか?」
アランは受け取っていいのかわからず、手を伸ばしたまま止まる。
「王国はね、科学とかそういうのは必要なく生活してるんだ。だったら、こういう物は最初からないほうがいいんだよ」
人というものは、あると使ってみたくなる。使ってみて、便利だったら、そこから離れられなくなる。
裏切者だって、王国に家族がいるのに、やっぱり、公国に戻りたかったのだろう。見れば、もう、いなくなっていた。王国の生活は大変だったんだろうな。
「為政者の考えだな。ありがたく、頂戴する」
これから手に入るであろう科学の産物は、アランが受け取ることとなった。
王国側からの停戦願いは公国側に無事、受理された。一部、戦争戦争、と叫んでいる勢力があるが、時期が悪いことは、公国側もわかっていた。時期尚早すぎた。
公国側からの使節団は、数日で北の砦に到着した。中には、あの裏切者がいたが、砦には入れさせなかった。
「こちらが、停戦協定です。こちらとしては、一年ではなく、一年半にしたいのですが」
「まあ、一年経つと今くらいで、また、雪ですからね。なるほど、しっかり守ってもらえるなら、これで良いですよ。それと、密偵はやめてくださいね。王国は公国に密偵を送っていませんよ」
「またまた、そんなことないでしょう」
「密偵、必要ないんですよ。帝国から妖精憑きをお借りしているので。それに、代々の国王は、一度、公国に行った王国民は、二度と、王国に入れません。先代の時、捕虜も受け入れなかったでしょう」
「………」
「こちらに、密偵が見つかった場合の条件をいれましょう。お互いですから、王国側にとってもペナルティになるやつです。とりあえず、密偵が見つかった場合………アラン、何かあるか? 私には、公国側から欲しいものとかないんだが。金銭は価値観が違う。食料は十分だ。科学は、絶対にいらない。かといって、公国側の技術者は毒にしかならないから……じゃあ、公国側の場合は停戦期間の延長、王国側の場合はこの砦の後退にしましょう。お互い、それのほうがいいでしょう」
にっこりと笑って提案すると、公国側が恐ろしいものでも見た、とばかりに私を見てくる。ちなみに、この停戦協議の場で、一番の年少者は私だ。
「すまない、私は何分、学校に行ったことがない者だ。失礼なことを言ってしまっただろうか」
「そうなのですか!? とても、そうは思えない……」
「そちらが戦争を仕掛けてこなければ、今頃、学校に行っていましたよ」
「………」
特に私には悪気はないのだが、相手側は罪悪感を抱いたようである。
こうして、無事、一年半の停戦協定が結ばれた。




