王弟殿下
北の砦は、雪で覆われて、毎日が寒さとの戦いとなっていた。
どこで知られたのか、前国王が亡くなるとすぐ、公国側から戦争が仕掛けられた。
本来なら、国王が戦線に立つ習わしなのだが、まだ、跡継ぎがいない、ということで、王弟殿下が前線で戦っていた。
前国王は強かったらしいが、王弟殿下はそれを超えるのではないか、と捕虜となった公国の者たちは言った。
実際、王弟殿下本人である俺には、よくわからない。
戦争なんぞ、ただのコマの取り合いだ。相手が武器を持ってきたので、それに対抗する武器で追い払っているだけだ。
俺は、武器ではなく、自然災害を人為的に起こして、相手を全滅させたのだが。
豪雪地帯に国境を置いたのは、前国王である。以前は、もう少し王国寄りに国境があったのだが、前国王はさらに北に侵略し、国境を替えてしまった。この豪雪地帯が良い防壁になると、読んだのだろう。私も前国王だったら、そうする。
公国側としては、国境を以前の領地に戻したいらしい。こんな、何もないところを得たいなど、バカな話だ。
お陰で、王国側が起こした雪崩に巻き込まれ、公国側の兵士は雪で圧死した。
可哀想なので、王国側は、助かるだろう公国側の兵士を雪を掘って助けて、捕虜とした。人道支援は、後々、よい停戦条約の材料になる。
「王弟殿下、作業は終わりました」
「ご苦労。冷えたでしょう。温かい食べ物を先に食べて。捕虜の皆さんは、砦に残った者たちで対処」
「はっ!」
俺はただ指示するだけ。温かい服を着て、温かい食べ物を食べる。それだけだが、王国の兵士たちは「優しい王弟殿下」なんて言ってくれる。
公国側にとっては、悪魔らしいが。
父である前国王のことは、捕虜も皆殺しの恐怖の帝王、と呼ばれていた。公国側から捕虜の交換を申し出ていたが、それを全て拒否したとか。公国側に捕らえられた王国側の兵士は、全て戦死として、家族に伝えられた。
対する俺は、捕虜を丁重に扱うし、むやみやたらと攻撃はしないので、優しい部類なのだが、交渉する相手からは、悪魔のような人に見えてしまうらしい。
その、悪魔、というものは、残念ながら、王国には存在しない。
公国側の伝承か何かのものらしい。公国側の使者から聞いてみると、これがまあ、魔法が使える悪い貴族や悪い王様みたいだ。
こんなに平和主義なのに、どうして、そんな悪魔みたい、なんていうんだ。俺は無駄な殺生はせず、平和的に停戦願っている。
しかし、公国側は領地を返せ、と訴える。それはそれ、これはこれである。領地は返さない。
その変わりに、これ以上の領地を広げない。
そうこちらが譲歩しているというのに、聞かない。聞く耳を持たない公国側の上層部には、退場願いたいものである。
そうぼやいていると、公国側の新しい捕虜から、こんな話が出てきた。
公国側で、原因不明の病が流行している。
治す薬も見つからず、相当数の死者が出ているとか。
「誰か、話がわかる五体満足の捕虜を使者に立ててくれ」
「はっ!」
優秀な部下は、すぐに人選をしてくれた。




