魑朽
これは、数百年か数千年か、おおむかしの「ちきゅう」と呼ばれる星での物語。
第一章 白い男
いつも通りの日常のはずなのに、違和感を感じながら過ごす者がいた。
名は『夢檻コウマ』。現実のはずなのに現実ではない感覚。目覚めなければならないのに気持ちの良い布団にいつまでもいるような心地。そんな感覚な中、近くで人が叫んだ。
「迷彩獣だ!!」と、大して珍しくもないが迷彩獣が現れた。大きさは四十メートルは有ろうか。コイツは地震、雷雨などの嵐、洪水を呼び起こす。外見の特徴はパッと見、透明っぽく、気付かれにくい事から“迷彩獣”と名づけられている。そして一番の特徴はすごく不快な、耳がキンキンするような鳴き声。それがまぁうるさいことうるさいこと。でもその声は、批難できる気持ちになれない、例えるならそう、何かを訴えかける赤ん坊のような鳴き声だった。
だがしばらくすると駆けつけてくれるだろう、“掃除屋”が。
「あ!来てくれた!シューペリアだ!!」
彼らがシューペリアと呼ぶその白い巨人はあっという間に迷彩獣を片付ける。その後、夢檻はシューペリアと呼ばれる白い巨人と目が合った。すると巨人は消え、目の前に白い髪に白いスーツと派手な格好で金色の眼を持った男が夢檻の前に現れた。
「見つけたぞ、沙。」
沙?聞き覚えがあるが人の名前だろうか。夢檻は疑問に思いながら白い彼に言った。
「沙ってなんだ?だいたい誰だよ、アンタ。」
「何百年も夢を見続けて自分の名前も忘れたか。」
「俺の名前は夢檻コウマだ。」
「まぁ名前なんてどうでもいい。ようやく見つけたぞ。早く夢から覚めるんだ。」
「夢・・・?」
「・・・まさか、沙自身じゃないのか?」
「さっきから何を言ってるのかサッパリ分からんわ。」
「そうか・・・。」
白い彼は少し黙った後、夢檻にこう告げた。
「私はアザヨーグの元から間違った文明を正す為に来た使者、ヌル。六百六十六年前に我らの元に沙という名のこの星の者から発信を受け、その発信源を元に辿ってきた。手短に言う。これは夢だ。夢檻・・・と言ったか、お前は沙の夢の中で分裂された一人格だと私は予想する。早く目覚め、私と共に現実世界で間違った文明を正すのだ。」
夢檻は変な宗教団体に絡まれた気持ちになった。
「よく分かんないけど、六百六十六年前にうちの文明おかしいから正してーって言われたのか?馬鹿馬鹿しい。っていうか来るの遅すぎだろギャグかよ。」
「私は真剣に話している。」
「・・・。」
夢檻は馬鹿な妄想話と思いたかったがずっと感じている“目覚めなければならない”という思いから話を無視することが出来なかった。するとヌルと名乗る男はこう訊ねた。
「夢檻、君は、“いつから”自分を認識している?君達の文明に合わせて言えば、そうだな。何歳になる?生みの親は?」
「自分の年齢?両親?そんなの決まって・・・」
決まっていると言いかけて、夢檻は止まった。そういえば自分がいくつになるのか、そもそも両親なんて居たのかすら思い出せなかったからだ。
「そんな、有り得ない。そんな馬鹿な、これが全部夢だと?」
「そうだ。」
夢檻は愕然とした。
「それでも信じないのならば、これならどうだ?」
ヌルは指先から鋭い光のようなものを出し、夢檻に向けた。
「普通ならナイフで刺されたような痛みがあるはずなんだがな。何ともないだろう?それどころか君の身体が透けて光が貫通しているじゃないか。」
ヌルの言う通りだった。この不思議な現象を前に夢檻は信じるしかないようだった。
「それで、俺にどうしろって言うんだ。急にこの世界が夢だなんて言われて、目覚めろっつてもどうすることも出来ねーぞ。」
「だから私と君がこれから覚醒手段を模索する。」
第二章 生叫体
ヌルと夢檻はとりあえず近くの喫茶店で続きを話すことにした。
「まずお前さ、ヌルって呼びづらいから他に名前ないの?上の名前とか。」
「眞賚側。」
「どっちにしても変な名前・・・。まぁ分かったよ、よろしくな眞賚側。」
「こちらこそよろしく頼む。」
夢檻は少し詰め寄ると小声でこう言った。
「シューペリアってさ、もしかして眞賚側なの?」
「なぜ君たちがシューペリアと呼ぶのか知らないが、そうだ。」
「おっどろき!でもこれって夢の中なんしょ?迷彩獣と戦っても意味ないんじゃない?夢なんだから。」
「迷彩獣、か・・・。」
無表情な彼の顔が曇った。
「私たちは生叫体と呼ぶがな。あれは放っておいてはいかん。理由は二つ。彼らの為にならん。もう一つはここの生叫体は影響力が強すぎて現実世界にも害する危険がある。」
「俺らは迷彩獣って呼んでるけど、なんでおまえらは生叫体だなんて呼んでんの?」
「単純な話だ。生きることを叫んでいる生命体。だから生叫体と呼んでいる。」
「ふーん。てか、俺の本体というか、沙ってやつの夢の中の怪獣なのに、他にも存在するんだ。あれって。」
「愚かな文明の先に、彼らは存在している。」
「愚かな文明・・・そういや、間違った文明を正す為に来たって言ったな。俺らはどう間違え・・・」
そう言いかけた時、迷彩獣の轟く鳴き声がした。
「今日は多いなぁ。出陣ですかい?」
「あぁ。彼らを放っておくわけにはいかん。」
第三章 対峙
大雨の嵐だった。おそらく迷彩獣が呼び起こした災害だろう。迷彩獣を倒す為に来た夢檻と眞賚側。眞賚側は白い巨人に変身したのだが、“イレギュラー”が居たようだった。
「シューペリアが、二体?」
通行人が戸惑うのも無理はない。いつも白い巨人と迷彩獣の一体ずつしか見たことがなかった。しかし今回は白い巨人、シューペリアが二体現れたのだ。
「ゼブル・・・。」
眞賚側は自分に相対している白い巨人をそう呼んだ。
「無事に発信元の人間へ辿り着けたようだな、ヌル。」
「何故生叫体を庇う。」
そう、ゼブルと呼ばれる白い巨人は、眞賚側が倒そうとする迷彩獣を守っていた。
「ヌル、それは君もよく知っているだろう。彼らはやっと“生きている”。ただ生きることを叫ぶ彼らを何故倒すことができる。」
「彼らは生の呪縛に囚われ、死ぬ事が出来ずにいる。害が及ぶ危険も高いなら、安らかに眠らせてやる方が良い。」
「生の呪縛に囚われているのは現実世界の人類の方だッ!!彼らの自由をこれ以上奪うのなら、私が人間共を・・・いや、文明を破壊するッッ!」
「私たちの目的は文明を破壊する事じゃない、道を正し、見守るのだ。」
「そんなもの、もう手遅れだ。私は彼らを守れなかった。せめてこれ以上被害が出る前に、文明を滅ぼす。」
ゼブルは眞賚側に対して戦闘する気満々のようだった。
「おいおい・・・。なんかやばそうな展開だな。」
夢檻は二体の巨人をただ見ることしか出来なかった。
第四章 生きることを叫ぶモノ
戦いは圧倒的にゼブルの方が有利だった。
眞賚側は話し合いで解決しようと持ちかけたが、ゼブルは怒りに身を任せるように眞賚側を叩きのめした。
「くっ・・・。」
眞賚側は限界のようだった。
「ヌル、私と君では元々スペックが段違いだ。諦めろ。」
眞賚側は人間体に姿を戻した。
「おいおいアイツ馬鹿みてえに強ええじゃねえか!なんか話してたけど知り合いか?」
「あぁ。ヤツはゼブル。私と同じ、アザヨーグから来た使者だった。先にこの世界に来たのは奴なんだが、一体何があったというんだ・・・。」
「まぁここで話してても仕方ない、迷彩獣はうるさいし、ちょっと離れたとこで話そうや。」
二人は場所を変えることにした。
一方、ゼブルは巨人の姿のまま、迷彩獣の隣にただ立っていた。
「やられた傷は大丈夫か?」
場所を変えた後、夢檻は眞賚側を気遣った。
「大丈夫だ。私の肉体に傷はつかない。ゼブルから身を引いたのも、戦いにキリがないからだ。同じ元で生まれたヤツにも傷はつかないし、ヤツの言うようにスペックはあちらが上だからだ。」
「そ、そうか。傷がつかないってのもお前ら便利だなぁ。」
「君だって夢の中の存在なんだ。傷もつかないし痛みも感じないのは同じだろう。」
「そうだった。」
痛みというものを知識として知ってはいるが、実際に“痛い”というものがどういうものか分からないのを夢檻は思い出した。
「てか、てかよぉ!アイツはなんで迷彩獣を庇ってんだ?なんか文明を壊すなんて話も聞こえたぞ!」
「ヤツは・・・失望したんだろう。この星の人間に。」
「さっきも聞こうと思ったんだがよ、その、“間違った文明”ってのと関係があるのか?」
「あぁ。六百六十六年前、アザヨーグの元で私とゼブルは沙という者からの思念通信を受け取った。」
「思念通信・・・?頭で情報を感じる的な?」
「そう理解してもらって構わない。そこには、この星のこと、そして沙という発信者が長い眠りにつき、夢の世界に入る事を告げていた。」
「星って言うと、現実世界の話だな?」
「あぁ。話によると現実世界のこの星は資源が尽き、死の星になりつつあるという。」
「死の星に!?」
「そこで人間たちは、二つの選択をした。滅びるその時が来るまで、永遠に夢の中で過ごすか。それとも永遠の命を得るか。」
「これまたファンタジーな話になってきたな。永遠の命だなんて、無理だろ。生きてりゃ寿命ってのがあるわけで。」
「その寿命を、“取り替える”選択をしたんだ。」
取り替える・・・?夢檻は黙って話を聞いていた。
「人間たちは資源が尽き始めたが、人口の数は一定だった。だから、“命を資源に”し始めたんだ。」
夢檻は嫌な予感がして、顔を青ざめ始めた。
「多分君が考えている通り、そう。君たち人間の脳みそを電子頭脳として『アンモン』と呼ばれるチップにバックアップし、生産した若い肉体にチップを取り付けることで永遠の命と、永遠の若さを人間は手に入れたんだ。」
「じゃあ!じゃあ、元々の若い肉体にあった“魂”はどうなんのさ!?」
「その末路を、君が既に見たはずだ。」
「え?」
「生叫体。本来の自分の肉体に魂を上書きされる前に逃げて集まった子供たちの魂の集まり。生きることを奪われ、ただ『生きたい』と生を叫ぶ生命体。それが正体だ。」
第五章 襲来
サイレンが鳴り響く。
「なんだ?何事だ?迷彩獣・・・いや、生叫体が今まで出てきた時だってこんなのは鳴らなかったぞ!」
眞賚側は黙っていた。サイレンがこう告げた。
『これより、夢裡空間の維持の為、対シューペリア、および対迷走意識集合体用兵器。人造シューペリア:タイプマキナを投入します。』
夢檻と眞賚側は空に穴があくのを見た。そこから目玉のようなものが三つ付いた巨人が現れた。
眞賚側は走り出した。
「ゼブルが危ない。」
夢檻も続いて走り出す。
「危ないって、どういうことだよ!」
「あれはゼブルと生叫体を殺すために投入された兵器だ!恐らく現実世界の人間たちが沙の夢の中で起きていることを感知し送り出してきたんだろう!」
「俺ゼブルの気持ち分かってきたかも・・・」と夢檻は苦笑いした。
「それと同時に、あの穴に入れば現実世界にこちらが干渉できる!私たちが今できることは二つ!あのマキナという兵器を倒す、もう一つはゼブルがあの穴に入り文明を滅ぼすのを阻止する!」
時同じくして、ゼブルも穴に向かっていた。
「あちらから空間を繋げてくれるとはな。愚かめ。」
しかしタイプマキナがゼブルの前に立ちはだかる。
「私たちをコピーした人形に、私は負けん。」
ゼブルはマキナに向かって行ったが、マキナの三つの目が光った。
第六章 脱出
謎の光に包まれた後、ゼブルの左半身は溶けかかっていた。
「ただスペックをコピーしただけの人形かと思ったが、傷を負わないはずの私にこんなダメージを与えるとは・・・。なにが人造シューペリアだ。ただの化け物兵器ではないか。」
またマキナの目が光った。
まずい!と思ったその時、到着した夢檻は叫んだ。
「これは俺の夢の世界なんだろ!もう攻撃はやめろ!!」
ゼブルは驚きのあまり止まっていると、巨人化した眞賚側はゼブルにこう言った。
「お前の滅ぼそうした文明の人間が、お前を今、助けようとしている。人間も捨てたものでは無い。共に間違った文明を正そう、ゼブル。」
その時、マキナは一度止まった発光を再開した。
ゼブルはすかさず右手で三つの目のうち一つを潰したが、残った二つの目で発光を続けた。
「君たちは現実世界に行き、文明を滅ぼすか、道を正せるかその目で確かめてくるがいい。」
「君はどうするんだ、ゼブル。」
「私はこの夢の中でこの兵器の足止めをする。この兵器には私と君の力を合わせても光で蒸発するのがオチだろう。命の生産を極めた人間は殺す効率も極めたらしい。」
「分かった。行こう、夢檻。」
「仲間なんだろ?置いていくのか!?」
「ゼブルはどうしても私たちに外の世界を見せたいらしい。何かがあるに違いない。」
「分かった・・・。行こう。」
第七章 覚醒
並ぶ生命維持装置のうち、一つがパカッと開いた。
「・・・。」
生命維持装置から出てきたその男は黙っていた。するとコツコツと足音が聞こえてきたと思ったら、白い男が現れた。
「目が覚めたか。お前はどっちだ?夢檻か?それとも・・・」
「沙だよ。全部思い出した。」
「夢檻はどうした。」
「元々この生命維持装置で眠っていた俺の人格の一つが意識を持っていたのが“夢檻コウマ”だからな。俺の中に夢檻コウマがいると言えばいるし、俺が夢檻コウマといえばそうなる。」
「そうか。では沙、この文明をどうする。君は永遠の命じゃなく、永遠の夢を見ることを選択していたから、コールドスリープされ解凍されるまで時間がかかった。だからその間、この星の現状を見てきたのだが・・・」
「あぁ、俺にも“最後に”見せてくれ。六百六十六年経って、どうなっているのか。」
沙の世界は大きく変わっていた。
笑顔で走り回る子供たち。
怪我が絶対に起きることの無い軟質素材の道や建物。交通機関は無くなっているようだった。
この笑顔の子供たちが、子供たちの肉体を乗っ取った旧世代の人間たちと思うと、二人はやるせない気持ちになった。
『世界はもう滅亡寸前。最後まで元気に、明るく、楽しい社会を!皆さんを管理する、シュリンクが皆さんを安心、安全、に・・・』
公共放送が流れている中、二人は街を歩いた。
「酷いもんだ。あちこちで命が売られてやがる。それに使いもんにならなくなった身体はゴミと一緒に宇宙に打ち上げられるのか。しかもこの街はこの星の都心だから分かりづらいが、砂漠化もかなり進んでるな。」
「ゼブルはこの星の現状を何らかの理由で知っていたのかもしれないな。この星に更生の余地はもう・・・」
ゼブルの話をしていると、街を包むシェルターの天井が曇り始めた。
「おかしいな。シェルター内で、というかこの星であんな雲が出来るなんて。雨でも降ってきそうだ・・・。」
その言葉を聞いた途端、眞賚側は透明なバリアの傘を張った。
「たかが雨なのに大袈裟だなぁ。紳士かよ。」
沙は笑ったが眞賚側はこう言った。
「こんな死の星に恵みの雨はもう降らない。降るとするすれば・・・」
そう言いかけると姿が見えないのに知っている声が聞こえた。ゼブルだ。
「私はもう実体化するほどの力は無いが、文明を滅ぼすだけの力は残っている。君たち人間には“二度”助けられた。だが他の星にも危険を及ぼすだろう君たちを野放しに出来ない。例え君たちから死してなお『悪魔』と思われようと。」
すると、雨が降ってきた。その雨は、人間たちや建物を全て溶かす酸の雨だった。
「眞賚側、これを察してお前はバリアを・・・」
「私は傷を負うことがないからこのような雨は平気だが、君が死んでしまうからな。」
すると、溶けていく人間たちがバリアの中に入ろうと集まってきた。
「あの中なら無事だ!入れさせろ!」と。
沙は息を飲むと、眞賚側にこう言った。
「ありがとう、でも、このバリアは解除してくれ。ゼブルの言うように、枯渇した資源を求めて、人間たちは他の星に迷惑をかけるだろうし、これ以上生まれてくる子供たちの命や尊厳を奪いたくない。」
眞賚側と沙はアイコンタクトすると、眞賚側は砂のように消え始め、沙も別れを告げた。
「バイバイ。」
終章 ちきゅう
物語から数百年か数千年かした後、ある星に他の星から来た調査隊がたどり着いた。
彼らはかつて文明が栄えたと思われる星へ行き、何故文明が滅んだかを学ぶために星の記憶を再生させる。
記憶を再生させる装置を取り付けると、過去にあった文字などを彼らはまず知ることが出来たが、思わぬ事故が起きた。
かつて何百年も肉体を交換し生き長らえようとした、生に執着する魂たちが装置の影響で蘇ったのだ。
調査隊は恐怖を感じ、直ちに退散。この事を自分の星に住むもの達に伝えた。
彼らはその星の過去の文字からその星のことをこう呼ぶことにした。
魑魅魍魎が朽ちた星。名付けて『魑朽』。
そして魑朽に漂う生の呪縛に囚われた魂たちは、若い肉体を求め永遠に苦しみながらただ存在するのだった。
終