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「てかお前ら、なんでスクール水着なんだよ」
準備運動中、ふと思って俺は尋ねた。
三人とも学校指定の地味な水着を着ている。
別に俺はその……。と、と、と……とも……。
……こいつらの水着姿に期待なんかしていない。
……俺は別にそういう関係じゃない。
だからエッチな目で見るのはよくない。
ただ、純粋に疑問だった。
科学オタクの西園寺はともかく、陽キャっぽい二人は普通の水着を着て来ても良さそうなものだ。
特に白崎は、俺に見せつける為に気合の入った水着を用意してくるかと思ったのだが。
ちなみにうちの学校は選択科目で水泳があって、どこぞのプールで授業を受けるらしい。俺は泳げないのがバレたら嫌なので取ってないが。
「なんだよ黒川。あたし等のエッチな水着に期待してたし?」
「なわけねぇだろ」
……まぁ、全然なかったと言えば嘘になる。
……一応俺だって、年頃の男なわけだし。
……でも、そういうのは表に出さないのがマナーだろう。
「だって本番は夏休みの海だもん。ここで本気を出したら勿体ないでしょ?」
知らんがな。
というか、なんかいつの間にか海に行く事が決定してるし。
……別にいいけど。
……不安だけど、一度くらいは行ってみたい。
……怖いけど、こいつらとならまぁ、平気だろう。
「あと、スク水はスク水で需要ありって言うしね。うっふん」
「やめろっての。……はしたないだろ」
セクシーポーズを取る白崎から目を背けて俺は言う。
別に俺はそういう趣味はないのだが、そうは言っても相手は学校一の美少女だ。地味なスクール水着だって普通以上に可愛い。紺色の水着から飛び出す真っ白い四肢が眩しすぎる。ただでさえそういうのに免疫のない俺の目には猛毒だ。
「まって。流石にプールで鼻血はいやだよ!?」
なぜか白崎まで照れて顔を背ける。
なぜだ?
「あたしはほら、太っちゃったから。ビキニとか着れる身体じゃないし……」
「……別に変じゃないと思うけどな。というか、逆に似合ってると思うし」
「だからうるさいって!? 桜が怒るからそういう事言うなし!」
だから、なんで怒るんだ?
焼いているのか地黒なのか知らないが、こんがり小麦色の一ノ瀬だ。肉付きの良い体と長い手足がスクール水着とミスマッチで、なんかこう、犯罪的だ。こっちはこっちで猛毒である。
……てかこいつ、海はビキニで来るのかよ。
……勘弁してくれ。
……正直スクール水着でも恥ずかしくて直視できない俺だ。
……ビキニなんて着て来られたら、目のやり場に困る。
「ボクは二人に合わせたまで」
謎にエッヘンとない胸を張る西園寺は、別の意味で似合い過ぎている。
ザ・小学生という雰囲気で、逆にこっちは微笑ましく感じる。
「ある意味一番似合ってるな」
「む? そうか? ボクだって一応は女の端くれだ。学校一の美少女である白崎君の彼氏にそう言われるのは悪い気分じゃない。子供扱いされがちなボクにも、ようやく女の魅力が身についてきたという事かな?」
なにを勘違いしているのか、似合わないセクシーポーズなど取っているが。
「てか西園寺、水泳の授業取ってないのになんでスク水持ってんの?」
「ボクだけ違う水着だったら仲間外れみたいで寂しいじゃないか! 丁度ママが開発中の新素材のテスターを募集していたから立候補させて貰った。一見すると普通のスク水だが、ナノテクの応用で糸の一本一本に水と反応する特殊な液体を染み込ませている。これによって一般的な競泳水着の百分の一まで摩擦係数を減らす事に成功しているんだ!」
「へー」
「よくわかんないけどすごいんだね」
「あぁ。よくわからんがすごいって事だけはわかったぞ」
「よろしい、ならば実験だ! 実験こそ、愚者に科学の威光を知らしめるもっとも簡単は方法だからな」
そう言うと、西園寺は恐る恐るプールの縁に近づいて、おっかなびっくり水をすくうとお腹に塗り込んだ。
「ほら、触ってたまえ! 驚くぞ!」
「どれどれ。うわぁ! 気持ち悪い!」
「なにこれ! ちょっとヌルッとするんだけど!」
「マジかよ」
白崎達が面白そうに西園寺のお腹をなでなでする。
リアクションを見るに、今まで触れた事のない感触がするのだろう。
「イカのような海洋生物のぬめった肌を再現しているわけだ。本来は水圧がかかる事で真価を発揮するんだがね。黒川君も見てないで触ってみたまえ」
「いや、俺はいいよ」
見た目は小学生でも中身は女子高生だ。水着の上からとはいえ、腹を触るなんて冗談じゃない。そんなのはセクハラだろ。
「遠慮する事はない。ほら!」
「ちょ、おい!?」
西園寺に手首を掴まれ、無理やり腹を撫でさせられる。
水着の感触? そんなものわかるわけがない。それより俺は、水着越しに感じる西園寺の体温とちょっとぽっこりしたお腹の弾力にドキッとしてしまった。
「やめろっての!? 」
慌てて手をはなすが、掌には西園寺の腹の感触がぷにっと焼き付いてしまったみたいで落ち着かない。
「なにを慌ててるんだね?」
「バカ!? 当たり前だし! 西園寺も女の子なんだからそんな事しちゃだめだってば!?」
慌てたのは保護者役の一ノ瀬である。
首を傾げる西園寺を引き寄せると、常識の授業を始める。
「頼むぞ一ノ瀬! しっかり躾けといてくれよ!」
「あたしは西園寺のママじゃないってば!?」
そう言いつつ、西園寺の世話を焼く姿は妙に様になっているが。
と、そこで俺は例によって強烈な視線に気づく。
「……待て白崎。それはマズい。本当によくない。西園寺とお前とじゃ攻撃力が違い過ぎる!」
「だめだよ黒川君。その手、回路ちんのお腹の感触が焼き付いちゃったんでしょ? そんなの許せない。黒川君はあたしのなんだから、あたしのお腹で上書きするの。ほら来て、すぐ終わるから」
「勘弁してくれ!」
俺は逃げ出した。だって白崎の奴、完全に目が座ってるんだもん!
無理だよ無理! お前の腹なんか触ったら、俺は正気じゃいられないって!
「あ、逃げるな! 学校一の美少女のお腹だよ! こんな事、アンちゃんにしか許してないんだから!」
「そこの二人、危ないので走らないで下さい!」
ほら! 監視院さんに怒られただろ!?
……それで済んだかと言えばそんな事はなく。
結局俺はひと気のない打たせ湯みたいなエリアに追い詰められ、白崎の腹をひと撫でするはめになってしまった。
「どう、私のお腹。回路ちんよりよかった?」
「よかったよ! 最高だった! これでいいだろ! もう、本当に勘弁してくれ!」
「あれれ~? 黒川君、なんで前屈みになってるのかにゃ~?」
「仕方ないだろ! 俺だって男なんだよ!」
もう、威厳もなにもあったもんじゃない。
……いや、こいつの前で泣いてしまったあの時から、そんな物は欠片も残ってはいないのだが。
……それにしたって恥ずかしすぎる。
真っ赤になって半泣きになる俺を見て、この意地悪女は満足そうに笑うのである。
「えへ~。それを聞いて、私もちょっと安心したなり」




