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学校一の美男子

「――というわけで、小暮先輩にはオカルト同好会を紹介しておいたから。勉強ばっかりで色々溜まってたみたいだし、ちゃんとした捌け口が出来たらもうイケナイ遊びはしないと思うよ。ていうか、普通に超反省してたし。だから取り合えず、この件に関してはこれでおしまい」


 校長室かと見紛うようなその部屋は、生徒会長室である。

 奥の立派な机には、学校一の美男子こと、二年四組の天野宗近あまの むねちかが座っている。


 天然物の美しい金髪を後ろに流した、甘いマスクの美少年だ。イギリス人の血が入っているとかで、全身から貴公子オーラを漂わせている。


 人払いがされており、他には誰もいない。

 そこで白崎は、妖怪騒ぎの報告を行っていた。


 部長の枯井戸の代わりに白崎が出向いたのには理由がある。


 小暮幸子を庇う為、表向き妖怪の正体はただのデカい痴女で、黒川等の説得によって改心したという事にしてある。情報漏洩のリスクを減らす為、その事は枯井戸にも伏せてあった。


 そうでなくともこの生徒会長は曲者なので、枯井戸には荷が重い。

 向こうも白崎が来ると思っているだろうし、白崎も天野に言いたい事があった。


「流石桜ちゃんだ。相変わらず段取りが良い。また一つ君の事が好きになったよ。うちの部員も君くらい優秀なら、僕の仕事ももう少し楽になるんだけどね」


 気障ったらしく肩をすくめると、天野は切れ長の目でウィンクをした。

 白崎はそれを足元に叩き落とし、つま先でぐりぐりと踏みつける。


「桜ちゃんって呼ばないでって言ってるでしょ」


 むっつりと、半眼の不機嫌顔だ。


 入学当初から、白崎は何度も天野に告白されていた。顔を合わせる度に挨拶感覚で口説いてくるのだ。正直うんざりしているし、そもそもこの男は生理的に受け付けない。


 理由は分かっている。

 認めたくないが、同族嫌悪だ。


「怒った顔も可愛いね。額に入れて飾っておきたいくらいだ」


 例えばこんな所。

 もう、本当に大嫌い。気持ち悪くて鳥肌が立つ。


 白崎は自分の事が好きではない。

 だから、似たような人間を好きになれないのは当然だ。


「私には黒川君っていう素敵な彼ピがいるから。もう口説かないで」

「それは無理だ。君を見ていると愛が溢れてしまってね。それに、彼が素敵な彼氏というのも疑問だね」


 天野の言葉に、白崎のサラサラヘアがぞわりと揺らめく。

 ここでキレるのは簡単だが、それでは相手の思うつぼだ。

 代わりに白崎はウンザリとため息を吐いた。


「構って欲しくて怒らせてるんでしょ。その手には乗らないから」

「だろうね。そんな手が通用するのは、君の自慢の彼氏くらいだ」

「その辺でやめとかないとマジで怒るよ」


 本当に嫌な奴。まるで鏡を見てるみたい。

 黒川には絶対見せたくない凶悪な形相を向けると、天野は鼻で笑って肩をすくめた。


「悪かった。そんなに怒らないでくれよ。これでも僕は嫉妬してるんだ。大好きな君をあんな男に取られたんだからね。嫌味の一つも言いたくなる気持ちは理解して欲しいな」

「それより本題。そっちの仕事に私達を巻き込まないで」

「さて、なんの事やら。僕はオカルト同好会に依頼を出したんだ。勝手に首を突っ込んだのは桜ちゃんの方だろう?」

「そういう駆け引きもいらないから。分かりきってる事を説明するの、バカみたいでしょ」

「そこが難しい所だ。僕と君は言葉を交わす必要がないくらい通じ合っている。相性がいいんだろうね。それはそれとして、僕は君の声が聞きたいんだ」

「録音でもすれば?」

「してないとでも? 子守唄代わりにしているよ。君もそうだろ?」


 その通り。毎晩撮りためた黒川コレクションを視聴しながら眠っている。

 だからムカつく。大嫌いだ。

 ブスくれる白崎を見て、天野が微笑ましそうに肩をすくめる。


「確かに桜ちゃんの言う通りだ。枯井戸君のいかれた思想はともかくとして、君がテコ入れしたオカルト同好会は弱者の居場所という意味では有用だ。諸々の問題の予防にもなるし、ああいった連中がひとまとめになってくれればこちらとしても管理しやすい。部の昇格を渋ったのは、半分は君に対するささやかな悪戯だ」


 もう半分は? なんて聞いてやらない。

 白けた顔で黙っていると、天野は勝手に先を続けた。


「もう半分は君の為だよ。妖怪騒ぎの原因が西園寺君のはた迷惑な発明である事は当たりがついていた。こっちで解決してもよかったけど、そうなると君の玩具に手を出す事になる。だから気を使ってあげたんだ」

「回路ちゃんは玩具じゃない」

「そうかな? 僕達みたいに人間にとって、自分以外は全部暇つぶしの玩具みたいなものだと思うけど」

「一緒にしないで。反吐が出る」

「君の反吐なら大歓迎だ」


 ゆっくり深呼吸をすると、白崎は黒川の事を思い浮かべた。

 ハムスターみたいに必死になってお菓子を食べている顔、怖いゲームで怯えている癖に、頑張って虚勢を張っている時の震え声、百万馬力の逞しい筋肉、本当は誰よりも素直で優しいのに、そのせいでズタボロになってしまった可哀想な心。


 大丈夫。まだ耐えられる。黒川きゅん、私、頑張るから!


「……分かった。本題に入ろう」


 黒川の加護のおかげで、天野のイケメン面が渋くなった。


「争点は二つだ。一つは、一ノ瀬君のお節介のせいで流出した迷惑道具はあれだけなのかという事。もう一つは、小暮君に迷惑道具を送りつけた魔法使いは何者なのか」


 白崎が出張った理由がこれだ。

 これらの件で交渉する必要がある以上、枯井戸には任せられない。


「先にハッキリさせておくけど、アンちゃんも回路ちゃんも悪くないから。回路ちゃんはちゃんとルールを守ってゴミ出ししたし、持ち去り禁止の札も出してた。勝手に持ってく方が悪いでしょ」

「建前ではそうだ。けど、現実として、悪用される危険のある迷惑道具を誰でも手の届く場所に捨てるのは問題がある」

「だとしても、二人は悪くない。悪いのは勝手に持って行った人」

「なるほど。では、言い方を変えよう。その二人は悪くないとして、責任はあるんじゃないかな? 結果的に迷惑道具は流出し、そのせいで小暮君はレイプされかけたわけだし」

「包丁で人を刺したら作った人と売った人が悪くなるの? 違うでしょ?」

「銃器マニアの母親が弾の入った銃を捨てて発砲事件が起きたというたとえ話をしてもいいが、やめておこう。たとえ話はどこまで行ってもたとえ話だからね。ここは桜ちゃん譲歩して、その二人に過失も責任もないという前提で話を進めよう。だとしても、二人は責任を感じるんじゃないかな?」


 痛い所を突かれたが、そう来るだろうとは思っていた。


 勿論二人は責任を感じるだろう。


 一ノ瀬は他人なんか興味ないみたいな顔をしているが、実際は正義感の強い人情家だ。西園寺もアスペなだけで根はイイ子だ。というか、現在進行形で責任を感じて落ち込んでいる。だから、小暮がレイプされかけた事だって隠しているくらいだ。


「僕は別に、桜ちゃんに意地悪をしたいわけじゃない。君の友達が自責の念に潰されないよう気を使ってるんだよ。だから今後、似たような事件が起こったら君達に解決を任せたいと思っている」

「嘘。私が黒川君とラブラブだから邪魔したいだけでしょ」

「勿論それもある。まぁ、ついでみたいなものさ。彼だって、人の役に立てて嬉しいんじゃないかな?」

「……だとしても、天野君の掌で踊らせるのは嫌」

「踊らせるなら、自分の掌じゃないと楽しくないからね」


 見透かすように天野は言う。


「違います。黒川君は私の言いなりになんかならない」

「どうかな? 僕達みたいな強い人間は、どうあがいても弱い人間を操る事になってしまうと思うけど。それが嫌なら、それこそ僕のような人間と付き合うべきだよ」

「それだけは絶対にない。それに、黒川君は弱くないから」

「この世に絶対なんてものは存在しないよ。絶対にね」


 屁理屈にうんざりして、白崎の目は時計に向いた。


 この様子では、超科学部に戻れるのは暫く先になりそうだ。


 正直旗色は悪いが、出来るだけの手は打たなければいけない。


 さもないとこの男は、適当な理由をでっち上げて、生徒会の抱える厄介な面倒事を次々丸投げしてくるに決まっている。


 そうすれば、白崎がなし崩し的に生徒会の一員になり、いずれは自分の彼女になると思っているのだ。


 冗談じゃない。

 最近やっと黒川君がデレてきたのだ。


 夏休みに恋人っぽい事を沢山する為にも、今の内に好感度を稼いでおかないと。


 デートだってまだ一回しかしていない。

 ていうか、あれはノーカンだし。


 だから白崎には、生徒会の仕事を手伝っている暇なんかないのである。


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