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ヒャッハー! イカレた日常の始まりだぜー!

「……あの」

「あぁ?」


 翌日、朝からクラスの女子に声をかけられ、思わず険悪な声が出た。

 うちのクラスで一番の美少女と言われている、枯井戸千草かれいど ちぐさだ。

 黒髪ロングの物静かな女で、大抵一人で怪しげな本を読んでいる。


 他のうざったい女子共と違いこれまで俺の陰口を言ったり白崎の事で絡んで来なかったのでマシな部類の人間だと思っていたが、思い違いだったらしい。

 なんの用か知らないが、枯井戸はおどおどしながら机の横で立ち尽くしている。


「……鬱陶しいぞ! どっか行けよ!」


 舌打ちを鳴らして脅すと、枯井戸はビクリを肩を震わせた。


「……その、く、黒川様に、感謝の言葉を、伝えたくて……」

「はぁ?」


 小さな口から零れだす拙い言葉に耳を疑う。


「黒川様だぁ? それに感謝って、なんの話だよ」


 心当たりが全くない。なにかの罰ゲームか?

 そういう事をやりそうなクラスのクズ共を視線で威嚇するが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 枯井戸は鬱陶しくもじもじすると、大きな胸の前に抱いていたデカい本をこちらに差し出す。


「うっ! なんだよこれ!」


 得体の知れない生き物の革を張り合わせたかび臭い本だ。


「アルマゲスト写本と言って、悪魔の力を借りる儀式について書かれた古い魔導書です」

「……あ、悪魔の、魔導書?」


 唐突にファンタジーな単語をぶっこまれ、目が点になる。


「はい。私は同じ部活の後輩に、密かな恋心を抱いていました……。けれど、もしフラれたらと思うと、どうしても気持ちを伝える事が出来ず……。玩具の虫を生贄に、悪魔に助力を乞うたのです……」


 それで俺は理解した。


「……じゃあ、安藤が片思いしてたオカルト部の部長ってのは」


 頬を赤らめた枯井戸がこくりと頷く。

 俺が理解したのは、この女が白崎や一ノ瀬並に関わったらヤバい変態だという事だが。


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。あぁ、黒川様! あなた様が色欲と憤怒の悪魔アスモデウスの化身となって私の恋を成就させてくれたのですね! 私の心と身体は安藤君の物ですが……契約に従い、この魂! あなた様にお捧げします!」


 謎の呪文を唱えると、枯井戸が魔導書を高く掲げる。

 もうやだ……。なんで俺の周りにはこんな女ばっかり集まって来るんだ!?


「……聞いた? 悪魔の化身だって……」

「そうじゃないかと思ってたけど、やっぱり噂は本当だったのか……」

「ど、どうしよう、あたし、黒川の陰口言っちゃった……の、呪われちゃうのかな……」


 気が付くと、クラスは騒然。

 怯えた顔をして、ぶつくさと馬鹿みたいな事を囁き合っている。


 ……あれ? 俺、超恐れられてね?

 ……これはこれでありなのでは?

 ……もう、いっそ開き直って悪魔キャラに鞍替えするか?

 ……って、バカ! 俺まで変態になってどうする!


「だぁ! わけわかんねぇ事言ってんじゃねぇ! 俺は人間だ! てか、悪魔なんかいるわけねぇだろ!」

「悪魔ではない? という事は、黒川様は純粋な善意で私の恋を実らせてくれた、とっても良い人という事でしょうか?」

「ながっ!?」


 なんでそうなるんだよ……!

 いや、そうなるのか? 多分白崎の奴、枯井戸の片思いを知っていて、わざと安藤を焚きつけるような事を言ったのだ。

 だから枯井戸的には、俺は安藤の背中を押した恋のキューピッドってわけか?


 くそおおおおお! あの性悪女は、どこまで俺をおちょくれば気が済むんだ!?

 とにかく、良い人は駄目だ。それだけは駄目だ。

 こんなクラス中の人間が見ている前で良い人認定なんかされたら、俺は終わる。舐められる。またあのサイアクな日々に逆戻りだ!

 でも、だけど、くそ!


「ぁ、ぁ、ぁ……」

「ぁ?」

「……悪魔でいい。そうだよ! 実は俺は、大悪魔アスなんたらの化身なんだよ!」


 もはやヤケクソだ。

 でも、この選択は正しいのか? 分からない。というか、この二択はそもそもどちらも不正解な気しかしない。けど、良い人認定されるよりはまだマシ……なはずだ!


「あぁ、やはり! あなた様の邪悪な顔を一目見た時から、実はそうなのではと疑っていたのです! 私は間違っていなかった……この世には確かに悪魔がいるのですね!」


 うっとりと、枯井戸が熱っぽい視線を俺に向ける。


「お、おい待て枯井戸。まさかお前まで、俺に惚れたなんて言い出すんじゃないだろうな……」

「まさか。私には安藤君という素敵な彼氏様が既にいます。黒川様に対する思いは、恋などと言ったものではなく、もっと崇高で超越的な想い……そう、崇拝なのです!」

「すう、はい……」


 それ、好きよりも厄介な奴じゃね?


「あぁ、偉大なる黒川様! 間違いだらけの世界に舞い降りた救いの悪魔! 私は決めました! これからはオカルト同好会改め、大悪魔黒川教同好会部長として、黒川様の闇の威光を世に広めるお手伝いをいたします!」

「勘弁してくれ……」


 訳が分からなすぎて頭がクラクラしてきた。

 てか、いいのか枯井戸! 

 俺なんか崇拝してたら、お前まで一緒になってイジメられるぞ!?


 そう思うのだが、そんな事をクラスの連中の前で言うわけにもいかない。

 どうすりゃいいんだと頭を抱えていると、怯えきったクラスの連中がぞろぞろと俺の周りに集まってきた。


「ご、ごめんなさい! もう黒川君の変な噂流したりしないから、どうか呪わないで!」

「お、俺も、もう白崎さんにフラれた奴を焚きつけて黒川を襲わせたりしないから、どうか呪いだけは勘弁してくれ! 土下座でもなんでもするから!」


 クラスのボス猿共や日頃から俺の陰口を叩いて笑っていた連中が血相を変えて謝り出した。


 ……むふ。これはちょっといい気分かも。

 なんて思っていたら。


「黒川君! あ、あたしも実は好きな人がいて! 芸能事務所のアイドルなんだけど、悪魔の力でどうにかならない?」

「せせせ、拙者も、に、二次元の世界に嫁がいるのでござるが、くくく、黒川殿の悪魔の力で三次元に出来ないでござるか!?」

「出来るかボケ!?」


 俺はなんでも出来る便利な猫型ロボットじゃねぇっての!?


「皆さん! これまで散々黒川様をないがしろにしておいて、今更それはないのではありませんか!」


 凛とした枯井戸の言葉に、俺に群がっていたバカ共が大人しくなる。

 そういえばこいつ、クラスの委員長で、普段はまともで人望も厚かったような。

 いや、今となってはそんな過去も疑わしいが。

 なんにせよ、とりあえずこれ以上騒ぎが大きくなることはなさそうだ。


「黒川様のお力を借りたいのなら、一に崇拝、二に崇拝! まずは我が大悪魔黒川教同好会に入部して、お祈りを捧げる所から始めてください!」

「おいバカふざけんな!」


 俺の叫びは枯井戸に群がる大勢のバカ共のバカ騒ぎに掻き消された。

 あぁ、俺のささやかな平穏よ。

 お前はどこまで壊れれば気が済むんだ?

 なんて思っていると、息を切らせた安藤が教室に駆けこんできた。


「黒川先輩! ありがとうございます! おかげで枯井戸先輩と付き合う事が出来ました! も~、悪魔の力なんかないとか言って、大嘘じゃないですか! 枯井戸先輩、僕が告白したら二つ返事でオーケーですよ! 本当はこっそり、悪魔の力で助けてくれたんですよね! このこの~――いだぁ!? なんで殴るんですか!?」

「うるせぇ! なれなれしくするんじゃねぇ!」


 やっぱこいつ、俺の事を舐めてるだろ!?

 サイアクだ……一年にまで舐められるとか……。


「いーじゃないですか! 僕は黒川先輩の崇拝者第一号ですよ!」

「ダメ! 黒川様の崇拝者第一号は私なんです! いくら安藤君でも、それだけは譲れません!」

「あ、そうだった。勿論千草ちゃんが一号だよ。僕は二号で!」

「安藤君……なんて心の広い……好きぃ……」


 枯井戸が熱っぽい視線を安藤に向ける。

 てか、千草ちゃんってなんだよ。


「……安藤、お前、急にチャラくなってねぇか?」

「はい! 黒川先輩のアドバイスに従いました!」

「……いや、そんな事一ミリも言った覚えがないんだが」


 ドン引きの俺に、安藤はムカつく仕草でチッチッチッと人差し指を振る。


「僅かな情報から秘められた真実を解き明かすのは僕達オカルト同好会の――っと、今は大悪魔黒川教同好会ですけど。得意分野ですから! それによれば、黒川先輩の言葉には千の意味がありまして、例えば欲しい物があるのなら相手の気持ちなんか気にせずに手に入れろとか、男らしくガツンと行けとか――あれ? 黒川先輩? なんで頭抱えてるんですか?」

「頭が痛いからに決まってんだろ……」


 なんで枯井戸みたいな美少女が安藤みたいな冴えないクソボケの変人にベタ惚れなんだよ。おかしいだろ! いや、そもそも枯井戸がおかしいのだ。クラスで一番の美少女がなんでオカルト同好会で悪魔を信仰してるんだよ! 意味分かんなすぎて完全にキャパオーバーだっての!


「くーろかーわきゅ~ん! お~は~よ~!」

「今度はなんだよ!」

「なんだよって、いつもの朝の御挨拶だけど……どったのこれ?」


 入口から顔を覗かせた白崎がキョトンとする。

 そりゃそうだ。クラスの連中は枯井戸と一緒になって俺に向かってお祈りを捧げている。完全に異常事態だろ。


「枯井戸が黒川教とか言ってクラスの連中巻き込んで俺の事を崇拝しだしたんだよ!」


 ヤバい。こんな馬鹿みたいなセリフ、世界中探しても俺くらいしか言わないだろ。


「えぇ!? なんで!?」

「なんでじゃねぇ! 全部お前のせいだろうが! こうなるって分かってて俺に安藤を助けさせやがったな!」


 そうなのだ。

 結局の所、全てはいつも通り、この性悪女の掌の上なのである。


「いやいや、いくら私でもそこまで考えてないよ。ていうか、普通に黒川君に人助けさせて、イメージアップしたかっただけだし。それがまさか、こんな事になるとは、人生ってわからないものだね~」

「惚けるんじゃねぇ! どうすんだよこれ! なんとかしやがれ!」

「無理ッピ! ていうか、これはこれで楽しそうでいいんじゃない? やったね黒川きゅん! お友達が増えたよ! でも、チグちゃんと浮気したら怒るからね!」


 わりと真顔で白崎が俺を睨む。


「するかバカ! 悪魔がどうとか本気で言ってるイカレ女だぞ!?」

「あぁ、黒川様! 私には安藤君という心に決めた殿方が……。ですが、黒川様の御命令とあれば……この身体を捧げる事も厭いません……。えぇ、悪魔の力を借りたからには、その程度の代償は覚悟しておりますとも……」

「するんじゃねぇよ!?」

 

 頼むからもっと自分の身体を大事にしてくれ!


「ダメだよ千草ちゃん! でも、黒川先輩がどうしてもって言うんなら……先に僕の身体を! ――いだぁ!? だから、なんで殴るんですか!?」

「うるせぇ! 話をややこしくすんな! てか、お前は男だろ!」

「いやだなぁ黒川先輩、今は男女平等の時代ですよ?」

「そうだけど、それはちょっと話が違うだろ!?」

「大丈夫です! サバト界隈ではよくある事ですから!」


 安藤が無駄に爽やかな笑顔で親指を立てる。


「どんな界隈だよ!?」

「あぁ、安藤君……私の為に黒川様と……でゅふ、でゅふふふ、それはそれで、有りな気も……」

「ねーだろ!? ていうか今チラッとキモイ本性が見えなかったか!?」

「私は普通に腐女子ですがなにか?」

「なにかじゃねーよ!?」

「チグちゃん的には黒×安? 安×黒?」

「勿論安×黒です」

「だよね! 絶対そっちの方が美味しいよね!」


 白崎と枯井戸ががっちり握手を交わす。

 なんの話か分からないが、どうせろくでもない話に決まっている。


「すまないが、黒川君はいるかね?」

「いねぇよ!」


 現れたのは中性的な顔をしたメガネのチビ女だ。


「む、その悪魔顔、君が黒川君だね。ボクは超科学部の西園寺回路さいおんじ かいろだ。突然のお願いで悪いんだが、君が持っている催眠アプリを調べさせて貰えないだろうか? 勿論お礼はするよ。君が望むならボクの身体を抱いて貰っても構わない。科学に犠牲は付き物だからね。はっきり言って君は全くボクのタイプではないけれど、そこはそれ。ボクの発明したイケメン補正機能付きメガネを使う事である程度解決……黒川君? どうしてボクの身体を担ぐんだい? いくらボクが科学一筋の色気のない女だからと言って、公衆の面前というのは流石に恥ずかしいだけど――」

「いい加減に、しやがれえええええええええ!」


 イカレたアホを廊下に放り投げる。

 大騒ぎしていたバカ共は俺の大悪魔的咆哮にビビって固まっている。

 俺はそいつらを睨みつけると、鼻を鳴らして席に着き寝たふりをした。


 神でも悪魔でもなんでもいい! 

 頼むから、俺のささやかな平穏を返してくれ!


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