トロフィー
結局一睡も出来なかったが、俺は二時間を耐えきった。
だから勝ちだ!
……だからどうしたという不毛な勝利だったが。
腹はこなれたが、俺はもうボロボロだ。
その後はカラオケに連れていかれた。
こうなったらヤケだ。どうせ俺がオタクな事は白崎経由でバレているのだろう。
開き直って普段聞いているアニソンやボカロ曲を歌いまくる。
そしたらどうだ。
「えー! 黒川きゅんお歌上手いじゃん! デュエットしよ!」
「うぐぐ……あたしも負けてらんないし!」
なぜか盛り上がってしまった。
白崎は俺の入れた曲に勝手に混ざって歌ってくる。
一ノ瀬は対抗して熱血系アニソンメドレーだ。
白崎はともかく、一ノ瀬も実はオタクなのか?
「桜の影響」
という事らしい。
一ノ瀬も隠れオタクで学校では猫を被っているようだが。
ちなみに俺の歌が上手いのは、ストレス発散に筋トレしながら家で歌いまくっているからだ。
三時間ほど歌うと、最後はゲーセンに連れていかれた。
白崎はプリクラを撮りたいと騒いだが、俺は拒否した。
プリクラなんか撮ったら何に使われるかわかったもんじゃない。
だが白崎だ。しつこい。俺の気持ちなどまるでお構いなしだ。
「じゃあ、撮ったプリクラは全部黒川きゅんにあげるから! それなら撮ってもいいでしょ? その代わり、失くさないで大事に持っててね?」
「なんの意味があるんだよ!」
「意味はあるよ。いつか黒川君がそういうの平気になったら返してもらうもん」
真面目な顔で言うのである。
そんな日は絶対に来ないが。
とにかく白崎はしつこいし、白崎がしつこいと一ノ瀬もうるさい。だから仕方なく、一回だけ撮ってやる事にした。撮ったプリクラを全部回収出来るなら、悪用される心配はない。白崎の頼みを聞く気なんかまったくなかった。そんな義理はない。帰ったら粉々に切り刻んで捨ててやる。それで一安心だ。
「ほら黒川きゅん、笑って笑って!」
「うるせぇ」
「笑わないなら、力づくで笑わしてやるし?」
「ぐわぁはははは!? や、やめろ!? くすぐんな!?」
二人がかりで両脇をくすぐられ、俺は悪魔のような笑いを浮かべる。
なんて事をしやがる! 俺はくすぐりに弱いのだ!
で、見るも無残な酷い画像を撮られ、それをめちゃくちゃに落書きされた。
「角と翼を生やして、デビルマン!」
「じゃあ、桜は天使ね」
「ふざけんな! お前らなんかこうしてやる!」
俺は白崎の鼻に鼻毛をつけたし、矢印と一緒にクソブスと書き込む。
一ノ瀬は豚っ鼻のスタンプと額に肉だ。
「あーひどい!」
「やりやがったな!」
そうしている間に時間切れになり、俺は妖怪トリオみたいなプリクラを押し付けられる。
そんな所で解散の時間になった。
「あ~楽しかった! 三人でデートっていうのも悪くないね、またやろっか!」
「ふざけんな! 二度とごめんだ!」
「いーもん。無理やり誘うだけだし」
「てか、普通に遊んでただけじゃね? デート要素あった?」
「それはアンちゃんに配慮してたんです~」
「……そっか。そうだよね。ごめん……」
「もう、楽しかったんだからそれでいいでしょ? アンちゃんは楽しくなかった?」
「それはもちろん楽しかったし!」
「ならばよし! 黒川きゅんは?」
「楽しいわけねぇだろ。疲れただけだっての!」
「ふむふむ、グーグル翻訳によると楽しかったと。よかったよかった!」
「勝手に翻訳すんな!」
「……じゃ、あたしは先帰るから。あたしが居なくなったからって、桜に変な真似すんなよ!」
俺の胸を指で押して釘を刺し、一ノ瀬はカゴのひしゃげたママチャリに乗って去って行く。と、途中で不意に停車してこちらを振り向く。
「お前がチート持ちじゃないただのポンコツオタク野郎だって事は認めてやるよ!」
「うるせぇデブ! とっとと帰れ!」
「デブじゃないし!? ちょっと骨太なだけだし!?」
お互いに中指を向け合い、一ノ瀬は去って行った。
そんな俺達を見て、白崎は微笑まし気に笑っていた。
「よかった。二人が仲良くなってくれて」
「はぁ? 目が腐ってんのか? 仲良くなんてなってねぇよ!」
「はいはいそうだね」
ニコニコしながら白崎は言う。
否定したって無駄なので俺は言い返さなかった。
色々あって俺ももうヘトヘトだ。早く帰って休みたい。
「じゃ、私も帰るね。帰り道、また職質されないように気を付けてね」
「日に三度も職質されてたまるかっての!」
……有り得ない事じゃないので不安になる。
「もしそうなったらいつでも呼んでね。すぐ駆けつけてラブリーパワーでやっつけちゃうから」
頬に指を当て、ニパーっと笑って白崎は言う。
「呼ばねぇよ! 職質くらいなんともねぇし。馬鹿にすんな!」
「してないよ。私はただ……」
意味深に言葉を切る。
「……ただ、なんだよ」
「黒川きゅんに恩を売ってまた腕組みして欲しいだけだも~ん」
「黙れよ!」
「あはははは!」
ぱたぱたと白崎が駆けていく。
駅前の交差点を横切って振り返る。
「今度は二人っきりでデートしようね!」
大声に、通行人の視線が集まる。
俺は恥ずかしくって赤くなった。
「するかバカ!」
「しろよバカ!」
ベーっと舌を出し、白崎も去って行った。
そして俺は駅前に一人になる。
それ程遅い時間じゃない。
頭の上では夕焼けと夜空が拮抗し、駅前には大勢の人がいて賑やかだ。
それなのに俺は、広い倉庫の真ん中に一人でいるような静けさと孤独を感じていた。
……そんなものは勘違いに決まっている。
フンと鼻を鳴らして、俺も家路についた。
†
「どう? お友達と遊んできて、楽しかった?」
帰宅後。夕飯を食べていたら、母親がニコニコしながら聞いてきた。
まぁ、聞くだろう。この俺が、休みの日に友達と遊びに出かけたのだから。
嘘の誘いや財布目的、その他のいじめを除けば、こんな事は初めてだ。
「……うん。楽しかったよ」
そう言わなければ母親が心配する。
ただそれだけだ。
†
部屋に戻り、俺はバッグからプリクラを取り出した。
こいつを処分してやっと忌々しいダブルデートが終わるというものだ。
俺にとってこれは何の価値もないゴミだ。
だから刻んで捨てる事に何の躊躇もない。
俺は迷わずハサミを入れる。
「…………いや、違うな」
半分に切った所で気が変わった。
そもそも今日の茶番は、あいつらと俺との勝負だったはずだ。
俺がちゃんとデートを出来るのかという勝負。
一ノ瀬との甘い物大食い勝負。
白崎との添い寝勝負。
カラオケやゲーセンでも勝負は発生し、その全てに俺は輝かしい勝利をおさめたのだ。
俺はなに一つ白崎の思い通りにはなっていない。
一ノ瀬にだって負けてはいない。
むしろ勝った。勝ちまくった。
だからこれは、その戦利品、トロフィーのようなものだ。
そうしてみれば、このプリクラだってそう悪くはない。
鼻毛を出した無様な天使とムチムチの豚女を従えて、邪悪な高笑いを浮かべている悪魔のような男。これはこれで、いつかあいつらを脅すのに役に立つ事があるかもしれない。
だから俺は、それを引き出しの奥の方へと仕舞っておいた。
別に深い意味など一つもないが。
「………………」
寝るには早い。
だが、なにかをするには疲れすぎている。
それなのに、不思議と遊び足りないような気がする。
なんなんだこの感覚は?
不思議に思っていると携帯が震えた。
白崎からのメッセージだ。
『黒川きゅん! 遊び足りないよう! 今日はゲームしないなりかぁ?』
「………………本当にうざってぇ女だ」
携帯を操作すると、俺はパソコンの電源を入れた。




