でも、そんな嫉妬も楽しいかなって。
苺の乗ったショートケーキ、アーモンドクリームで彩られたガトーショコラ、季節の果物をふんだんに使ったフルーツタルト、紅茶のシフォンにアップルパイ、色とりどりのアイスにドーナッツ、他にも色々……。
夢のような光景だ。夢にまで見た光景だ。
本当に夢で見て、何度悔し涙を流した事か!
スイーツの並んだケースを前にして、俺は押し寄せる感情に涙が滲んでしまった。
「え、こいつ、泣いてね?」
「しっ! 黒川きゅんが拗ねちゃうから、見なかった事にしてあげて」
「うるせぇ……誰が泣くか……目にゴミが入っただけだっての……」
涙を拭うと、俺はトレーを片手にトングを握った。
どうせ俺の甘党っぷりは白崎経由で一ノ瀬にもバレている。
どうあがいても笑い者にされるなら、スイーツを食って笑われた方がマシだ。
そういうわけで俺は開き直る事にした。
というか、こうなったらもう開き直るしかない。
そうとも。俺が甘いもの好きでなにが悪い!
笑う奴はぶっとばしてやればいいのだ!
……本気でそこまで開き直れたわけじゃないが。
今だけはそういう事にしておく。
とりあえず、片っ端から気になるケーキを皿にのせてた。
「ちょ、黒川、いくらなんでもがっつきすぎだろ! そんな取って全部食えんのかよ! いっとくけどあたし、あんたの食べ残しなんか食わないからな!」
「はっ! 舐めんなよ! このくらい楽勝だっての。俺の胃はな、甘い物なら幾らでも入るんだよ」
「へぇ、言うじゃん。なら、勝負する? どっちが沢山食べれるか」
ニタリと一ノ瀬が挑発的な笑みを浮かべる。
いいだろう。合法的にこの女の鼻っ柱を叩き折るいい機会だ。
「下らねぇが、相手をしてやるよ。どうせ勝つのは俺だがな」
「言うじゃん。じゃ、負けた方が奢りな」
なるほどな。それが狙いか。こいつも他の連中と同じで俺を財布にしようと狙っているのだろう。そうはいくか。
「ちょっとアンちゃん。そーいうの、よくないよ」
「白崎は黙ってろ。どっちが真の甘党か分からせてやる」
そして一ノ瀬に、財布にされる屈辱を教えてやる。
「それはこっちの台詞だし!」
「もう。二人とも、お子ちゃまなんだから」
呆れた様子で肩をすくめると、白崎は隣のフードコーナーに移動した。
スイーツフェスティバルでは、スイーツの他にもパスタやカレー等の食事が食べ放題になっている。どうやら今はカレーフェアをやっているらしく、白崎はそっちが目当てらしい。
「スイフェスまで来てカレーかよ」
「本当、桜のカレー好きには困っちゃうよね」
全くだ。白崎のカレー好きは筋金入りで、弁当はいつもカレーだ。
そんなにカレーばっかり食ってたら栄養が偏るといっても聞きやしない。
「わかってないなぁ黒川きゅん。カレーはお肉も野菜も入ってる完全食なんだよ? 栄養が偏るわけないじゃん。黒川きゅんこそ、そんなに甘い物ばっかり食べて、虫歯になってもしらないよ?」
とか言いやがる。屁理屈女め!
一ノ瀬と二人で呆れていると、不意に俺はなんでこんな奴と慣れ合っているんだと恥ずかしくなった。
「……別に俺は、お前と慣れ合う気なんかねぇからな」
「あたしだって、あんたの事信用したわけじゃないし!」
一ノ瀬も同じ事を考えていたようで、バツが悪そうに言ってくる。
お互いに微妙な顔で睨み合う。
一ノ瀬は投げやりな溜息をついて言った。
「まぁ、スイフェスにいる間は一時休戦って事にしといてやるよ」
俺も今はスイーツに集中したい。
鼻を鳴らして同意の意思を示してやった。
お互いに、トレーいっぱいにスイーツを積み込んで席に戻る。
両手を合わせていただきますをすると、俺は夢中でスイーツを貪った。
鏡を見るまでもなく、その姿は恐ろしく滑稽だったろう。
絶対に馬鹿にされると覚悟していたが、そうはならなかった。
「うはー、うめー! おい黒川! このシュークリーム食べたかよ!」
「……食べてねぇ」
「なら食べた方がいいって! 皮が焼いてあってパリパリだし、香ばしくてちょー美味しいから! 中は生クリームとピスタチオクリーム! 他の味も色々あったし!」
口の周りを粉砂糖とクリームで汚した一ノ瀬が、興奮した様子で食べかけのシュークリームの断面をこちらに向ける。肉厚の皮の中には鮮やかなクリームが白と緑の二層になっている。見るからに美味そうだ。
なるほど。量だけでなく、スイーツの目利きでも勝負をしかけてきたわけだ。
そいつは後で確かめるとして。
「そっちこそ、このプリン食ったのかよ」
「食べてないし。美味しいの?」
「この俺が目をつけたんだ。美味いに決まってるだろ。みたらしのかかった牛乳プリンだぞ」
「ヤバ! なにそれ、絶対美味しい奴じゃん! も~! 食べたいの多すぎて困るんだけど!」
「…………ごほん」
痰でも絡んだのか、白崎が咳払いをした。どうでもいいが。
「それには同意してやる。これで食べ放題とか、もはや犯罪だろ」
「それな! 流石に全部は食べられないし、でも全部食べなきゃ絶対後悔するし、あ~も~ど~しよ~!」
「悩ましい問題だ」
こんな機会は二度とない。出来れば全部食べたいが、俺もそれは無理だろう。取捨選択を迫られるが、あれ程の宝の山を前にしてどれを斬り捨てればいいのか。頭の痛い問題だ。
「…………黒川きゅん、このカレーもとっても美味しいよ? 鶏肉がほろほろで口の中で溶けちゃうの。一口食べる?」
「食わねぇよ」
「そんな事言わないで、一口だけでも」
「いらねぇって言ってんだろ。ここはスイフェスだぞ? 甘くない物を食べてる余裕なんか一ミリもないんだよ」
こっちはどうやって一つでも多くのスイーツを食べようかと頭を悩ませているのだ。
カレーなんて冗談じゃない。
「……じゃあアンちゃん」
「あたしもいいや。他にも食べたい奴いっぱいあるし。てかさ黒川、ケーキ半分こしない? それなら色んな味食べれるじゃん?」
「アンちゃん。黒川きゅんはひねくれ者の照れ屋さんなんだよ? いくら甘い物が好きだからってそんな事するわけ」
「……確かに。そいつは名案だな」
俺の言葉に白崎がカチンと硬直する。
俺だってそんな事はしたくない。だが、一生に一度のスイフェスだ。全種類を制覇出来るなら、一ノ瀬とだって手を組んでやる。ナイフで半分にするのだから、間接キッスをするわけでもない。ギリギリ妥協できる範囲だ。
苦渋の選択をした俺を、白崎はギギギギっと油の切れたロボットみたいに振り返る。
「……むぅぅぅうううう!」
これでもかと頬を膨らませると、ドコドコとテーブルを叩き出した。
「うるせぇな、なんだよ白崎!」
「なんだよじゃないんだよ! 二人とも! イチャイチャ! しすぎぃ! 黒川君は私の彼氏なんだよ!? なんで私よりアンちゃんと仲良くなってるの!?」
「は? 仲良くなんかなってねぇよ」
「そうだよ桜。あたしらはお互いの目的を達成する為に一時的に手を組んでるだけだし。利害の一致って奴」
うんうんと俺も頷く。
「そういう所! なんか阿吽の呼吸っぽくなってるし! そりゃ、黒川君とアンちゃって似てる所多いし、仲良くなるのは嬉しいけど、私より仲良くなるのは違うじゃん! そんな寝取られ望んでないよ!」
「なに言ってんだお前は」
「桜ってこういう子なんだよね。マイペースっていうか、唯我独尊っていうか、基本わがままみたいな」
「めんどくせぇ女だな」
「そう! ちょー面倒くさい! そこがいいんだけどさー」
「二人して私で盛り上がらないで! 盛り上がるなら私も仲間に入れてよぉ!」
「だから、別に盛り上がってねぇって。なぁ一ノ瀬」
「うん。全然」
「キィイイイイイイ!」
白崎が発狂して、店員さんに注意された。




