婚約者を蔑ろにする愚兄…もう我慢しなくていいですよね?
初めての投稿です!
よろしくお願いします。
「ルーシア、この場をもってお前との婚約は破棄させてもらう!」
煌びやかなダンスホールによく響く声。
しまった…一足遅かったか……。
これから起きるであろう事態を想像して、頭を抱えた。
俺はアルフォンス・ヴァル・アクシス。
歳は17。アクシス王国の第二王子である。
先ほど足を踏み入れたのは、王都にある王立学園内にある記念ホール。
卒業記念パーティーの真っ最中だ。
といっても、俺はこの学園の在学生ではない。
隣国のパーシバル国に留学中の身。
本来であればこの場にいるはずのない俺なのだが、やむを得ない事情で今こうして会場に足を踏み入れている。
ーーー急いで母国に戻ってきたのだが…あと少し、間に合わなかった。
ついさっきまで賑やかだったであろうホール内は、しんと静まり返り、多くの人の視線がとある人物たちに注がれている。
その中心にはこの騒ぎの当事者たちが立ち並んでいた。
まずは紺色のサラサラな髪を後ろに一纏めにし、緑色の瞳を細めて目の前の女性へ厳しい視線を向ける男性。
男性の名はエルリック・ヴァル・アクシス。
見目麗しいこの国の第一王子で、俺の兄でもある。
1つしか変わらない、紛れもない同じ両親から生まれた兄なのだが、容姿は王家の証とされる緑色の瞳くらいしか共通点はない。
はっきり言おう。
兄上はその容姿以外なにも取り柄がない。
待望の王子だったこともあり、デロデロに甘やかされて育った結果、とんだポンコツ王子になってしまった。
第一王子なのにも関わらず、未だ王太子として立太子されていないのもそのせいだ。
それからその兄にしな垂れるように身体を寄せる女性。
緩やかウェーブを描くブロンドの髪は腰まで伸びている。
ぱっちりとした桃色の瞳にぷっくりした唇。
潤んだ瞳はいかにも男性の庇護欲をそそりますという感じだ。
俺のタイプではない。むしろ嫌いなタイプ。
確かリリアナ・ヴェルシーモ…だったかな?ヴェルシーモ子爵令嬢だ。
しかし、なんだあれは?
胸元と背中がざっくり開いたドレスは遠目から見ても下品としか言えない。
あんなドレスを許すなど、ヴェルシーモ子爵は正気か?
というか兄上の目は節穴か?
ーーーそうだ、兄上はどうしようもないバカだったな。今更だった。
それから兄上とその女の背後には、兄上の取り巻きが三人。
騎士団長の息子であるレオナルド・ダレンシス。
宰相の息子、ローレンツ・オルク。
それからこの国の四大公爵の一つ、パシファール公爵家の跡取りであるユリシス・パシファールだ。
三人とも誰もが目を引く容姿と家柄をもつ。
うーん…以前の彼らなら、もう少しポンコツ兄上をコントロールできていたと思ったのだがな。
期待外れだったということか。
頭を抱えながら盛大なため息を吐くと、すぐ横にいる側近のランドル・ローレンスが憐れんだ目を向けた。
幼馴染のランドルは、信頼できる部下であり大切な友人だ。
兄上のポンコツさもよく知っている。
そんな面々を前に背筋をピンと伸ばし、百合のように清らかで美しい女性が立っている。
滑らかなプラチナブロンドに、アメジストの瞳。
透き通るような白い肌にすっと通った鼻筋。
目が少しつり上がっているため、キツイ印象を持たれがちだが、思慮深く思いやりに溢れた人だと誰よりも知っている。
容姿が美しいのはもちろんだが、内面から滲み出る美しさがさらに彼女の魅力を引き立たせていた。
彼女の名はルーシア・オリオール。
オリオール公爵家の息女で、俺の最愛の人。
そして我が兄上の婚約者でもある。
「恐れながらエルリック殿下、理由をお聞かせ願えますか?」
心が浄化させられるような、澄み渡る声。
久しぶりに聞いたルーシアの声に心が震える。
今すぐ抱きしめて連れ去りたい欲求に足が動いたが、隣にいたランドルに引き止められた。くそ。
ホールの真ん中ではリリアナ嬢の肩を抱き寄せた兄上がルーシアを嘲笑っていた。
「理由?それならそなたが一番わかっているだろう。国母に相応しくないからだ」
国母云々の前に、お前が国王の器じゃねーよ!
と叫びそうになるのをぐっと堪える。
兄上はなぜ未だ立太子の儀が行われていないのか、何も考えていないらしい。
「その理由をお聞かせ願いたいと申しております」
臆することなく、凛とした佇まいで前を見つめるルーシア。
彼女と会うのは実に2年ぶり。あどけなさがなくなり、洗練された美女へと成長していた。
芯の強さは相変わらずなのだな、と思うとますます彼女への愛しさは募る。
「ふん、ここまで愚かだったとは…。それなら教えてやろう。リリアナに対する数々の嫌がらせ。それだけでは飽き足らず、リリアナを害しようと暗殺者を送り込んだようだな?間一髪のところで私が阻止したからよかったものの…さすがに私も我慢ならない。お前にはこの後、リリアナ殺害未遂の件で牢に入ってもらう!」
ドヤ顔を決め、隣のリリアナ嬢を見つめる兄上とうっとりと見つめ返すリリアナ嬢。
すりすりと豊満な胸を兄上の腕に擦り付けている。
兄上も満更でもない様子。
「申し訳ありません。殿下がおっしゃったことは本当に事実なのでしょうか?確かに学園での振る舞いについて、リリアナ様へ苦言を呈したことはございました。しかしそれだけでございます。それ以外のことに関しては全く身に覚えがありません」
「ひどいわ!私に対する嫌がらせはそんなものじゃなかったわよ!命を狙われた時、エル様がいなければどうなっていたことか……怖くて夜も寝れないのに!」
ルーシアの言葉にヒステリックなリリアナ嬢の声が響く。
「リリアナ、僕が守るから安心して?」
「エル様……」
一体何の茶番を見せられているんだ?
もうルーシアの元へ行ってもよいか?と視線をランドルに送ったが、ゆっくりと首を横に振られた。
まだ我慢しなければならないらしい。
「ルーシアがやったと証言も取れている。これでもなお自分の罪を認めないとは…君にはガッカリだよ」
「その証言が真であると確かめられたのでしょうか?後ろの御三方とリリアナ様の証言をそのまま鵜呑みにされたのでは?」
どうやら図星だったらしい。
ルーシアの言葉に兄上は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
やはり兄はバカだった。
ちゃんと調べれば真実かどうかすぐにわかっただろうに。
惚れた女に唆されて、何をやっているのか…。
しかも兄上は立場のあるもの。
感情だけで動いてはいけないのだ。
ーーーまぁ、感情云々については俺も人のことを言えないけど。
「とにかく!リリアナ殺害未遂について詳しく事情を聞かねばならぬ。早くこいつを取り押さえて連れていけ!!」
その言葉に騎士団長の息子、レオナルドが反応する。
ルーシアを取り押さえようと伸ばされた手。
俺は風魔法を駆使し即座にルーシアの元へと移動する。
そして、伸ばされたレオナルドの手を強く掴んだ。
「くっ?!」
「これ以上ルーシアへ近づかないでもらえるかな?」
人好きのする笑みを浮かべてみたけど、レオナルドの顔が焦操感で満ち溢れている。
そりゃそうだ。国内随一と言われる魔力を誇る俺。
その俺から魔力の混ざった殺気を向けられているんだから。
いくら剣に自信があろうとも、そのレベルは知れている。
さらに付け加えておくと、剣術の腕前ならランドルの方が断然上だ。
そのランドルと互角に戦う俺に敵うはずがない。
そもそもリリアナとかいうおかしな女に骨抜きにされている時点で、俺のバカカテゴリーに入っている。
「な、なぜお前がいる?!」
突然登場した俺にしどろもどろになる兄上。
隣にいるリリアナ嬢は何故かキラキラした眼差しを俺に向けてきている。
ーーー虫唾が走るとはこのことだな。
とりあえずリリアナ嬢のことは無視することにした。
「お久しぶりですね、兄上。不穏な気配を感じて留学先から戻って来てみれば…何やらおかしなことになっていたもので」
兄上と対峙する形になった俺は、そっと背中にルーシアを隠した。
もうこの愚兄の目に大切なルーシアを映したくない。
本当なら今すぐここから連れ去って、自室に閉じ込め誰の目にも触れさせたくないくらいだ。
「そこをどけ。罪人を連行するのだ。邪魔するのであればアルフォンスと言えども容赦しないぞ」
「えぇ、私も罪人を連行するつもりでこちらに参りました」
殺気を控え、掴んだままだったレオナルドの腕を解放する。
俺の言葉に、後ろでヒュっと息を呑む音が聞こえた。
大丈夫だから、と視線を送るとルーシアは幾分か和らいだ表情になった。
久しぶりに近くで見るルーシアはかわいい。可愛すぎる。
やっぱり今すぐ抱きしめて連れ去りたい。
………ランドルの「ちゃんと仕事しろよ?」という無言の圧力が強すぎるので、我慢します。
「リリアナ嬢関連の件で国王陛下から勅命を受けております。兄上とは別に専門の調査隊が派遣されていたようですよ。罪人が明らかになったため、早急に捕らえよとのご命令です」
もうさっさとこの茶番を終わらせたい俺は、半ば自棄になって兄上に言い放った。
「なら話が早い。さっさとルーシアを連れていけ」
傲慢で見下すような態度。
心底この兄は嫌いだと再認識した。
もういいだろう。
早く終わらせて、ルーシアと話したい。
視線をランドルに送れば、ランドルが方々へ指示を送った。
すると音もなく数人の騎士が会場へ入り込み、あっという間に罪人を捕らえた。
「きゃあ!離して!!」
ホールに響く甲高い声。
騎士団に捕らえられ、必死に抵抗するのはリリアナ嬢だ。
さらに兄上、取り巻き三人が捕らえられている。
「アルフォンス!どういうつもりだ?!」
腕を後ろに縛られた兄上は、恨めしそうに俺を見る。
「どうもこうも、罪人を捕らえたまでです」
さっきそう言ったでしょ?と笑みを浮かべれば、顔を真っ赤にした兄上が必死の形相で叫ぶ。
「お前!!許さぬ!俺は第一王子だ!今すぐ離さないと全員首を刎ねるぞ!」
……本当にこれが血の繋がった兄なのだろうか?
権力でしか物言えない兄上を見て、なんだか悲しくなってきた。
「兄上、悪足掻きは止してください。言ったでしょう?国王陛下の勅命だと。我々は陛下のご指示のもと動いているのです。第一王子ごときの命令など受けません」
「あ、アルフォンス殿下!何かの誤解です!私は被害者でこそあれ、罪人と呼ばれるようなことは何一つしておりません」
瞳に涙をいっぱい溜め、甘ったるい声で懇願するリリアナ嬢。
耳障りなその声に自然と眉間にシワが寄る。
「リリアナ嬢、君が何者なのかすでに調べはついている」
兄上は何の話だ?と首を傾げているが、リリアナ嬢はすぐに意味を理解し、青白く顔色を変えた。
「君が兄上や取り巻きを唆して、ルーシアを陥れようとし、機密情報を他国へ流そうとしていたことはわかっている。ヴェルシーモ子爵がラージャル帝国と繋がっていることもね」
ニッコリと笑みを浮かべてみたのだけど、リリアナ嬢はさらに顔色を悪くした。
普通の令嬢なら頬を赤く染めてくれるんだけどな…解せない。
「そ、そんなの言いがかりよ!私は何も知らないわ!!……ルーシアだわ!ルーシアが私を嵌めようとしているのよ!」
必死の形相で訴えてくるが、もうすでに全部わかっている。
言い逃れのできない証拠も上がっているのだ。
「悪あがきは止めなよ。君を襲ったとされる襲撃犯だけど、ちょっと痛い目に遭ってもらったらすんなり自白したよ。そこから誰が手引きしたのか、色々な繋がりが浮き彫りになってね。芋づる式にヴェルシーモ子爵、それからラージャル帝国へと繋がったわけだ。まあ、ほかにもたくさん証拠があるから、言い逃れはできないよ?」
そこまで言うと、リリアナ嬢は顔を真っ赤にしてプルプルと身体を震わせた。
「…なんで、なんで邪魔するのよ!あと少しだったのに!!」
やっと本性が出たか。
さっきまでの愛らしい表情とは打って変わり、鋭い眼光が俺に向けられる。
「…リリアナ?」
豹変したリリアナ嬢に一番驚愕していたのは兄上だった。
その声にリリアナ嬢はキッと鋭い眼差しを兄上に向けた。
「邪魔なルーシアが消えたら、ライオネル様が迎えに来てくれるはずだったのに!どうして私の幸せを邪魔するのよ?!」
「ら、ライオネル?」
素っ頓狂な兄上の声が響き渡る。
良いように使われた上、リリアナ嬢は兄上ではない別の男に想いを寄せていたのだ。
なんて哀れな。さすがにちょっと可哀想だなと思えてくる。
ちなみにライオネルとは敵国であるラージャル帝国の王太子だ。
線の細い兄上とは異なり、ガッチリとした筋肉隆々のワイルド系。
歳は兄上と変わらなかったと思うが、何を考えているのかわからない腹に一物を抱えた野郎だったことは覚えている。
どうやらリリアナ嬢は、ポンコツ王子の兄上やその取り巻きを手玉に取り、国の機密情報を敵国へ流そうとしていたのだ。
しかしよく考えてくれ。
ポンコツ王子においそれと国の大事な情報を与えるわけがない。
残念ながら王子としての仕事は何もしていない。
そのせいで厄介な仕事が俺に回ってくるんだが…。
そんなことを考えていたら、目の前で兄上とリリアナ嬢がヤイヤイと言い争いを始めた。
聞くに堪えない罵詈雑言。
呆れて物も言えないとはこのことか。
「さっさと連れて行け」
そう部下に指示する。
これ以上、王族の恥を晒したくない。
「お、俺は騙されただけだ!被害者だ!!離せ!無礼者!!」
最後まで抵抗していた兄上だが、屈強な騎士に引きずられながら会場の外へ連れ出されて行った。
本当に最後まで残念な兄だ。
「申し訳ないね、ルーシア。疲れただろう?送るよ」
背後に隠していたルーシアと向き合い、手を出せば、彼女は戸惑いながらも俺の手を取った。
冷たい彼女の手は少し震えている。
気丈に振る舞っていたけど、本当は怖かったのだろう。
後のことは部下に任せ、俺はルーシアを連れて用意してあった馬車へと乗り込んだ。
「兄上が君を傷つけてしまい、本当に申し訳ない。君に落ち度は全くない。全てはあの愚兄と、彼の暴走を止められなかった王家の責任だ」
「王族がそのように頭を下げてはなりません。それにアルフォンス殿下が悪いわけではないのです。私にも至らない点がありましたから」
頭を下げ、許しを乞うと焦燥感を伴ったルーシアの声が響く。
「兄上とルーシアとの婚約の話だが、確実に白紙となるだろう。正式な手続きはこれからになるが、後日改めて公爵家には話を通すことになると思う」
陛下はずっと兄上をどうするのか悩んでいたようだが、今回の一件で王族の資格を剥奪することに決めたようだ。
一代限りの爵位を授け、辺境地へと送るとかなんとか。
そんな兄との婚約話は、当たり前だがなかったものになる。
「わかりました」
俯く彼女の表情はよくわからない。
ホッとしている?
それとも悲しんでいる?
もしかして…兄上を本当に……。
そんな邪推をしてしまう。
「ルーシア、もしかして…君は兄を?」
その言葉にルーシアはハッと顔を上げた。
「婚約者として、エルリック様に相応しい令嬢になれるよう努力はしてきました。支え合っていけるよう、よきパートナーとなれるようにと。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうか。ならよかった」
心から安堵した。
これで兄上が好きだと言われたら、しばらく立ち直れない。
まぁ、そんなことで諦める俺ではないけれど。
「王族との婚約なんてもうまっぴらだと思っているかもしれないけど…ごめんね」
「え?」
頬杖をつき、熱っぽい視線を送ればルーシアは困惑した表情で俺を見た。
「俺と結婚して欲しいんだ」
大きな瞳をぱっちり開けて、ルーシアは白い肌を真っ赤にしたまま口をパクパクさせている。
そんな姿もかわいい。
いつまでも見ていられるなぁ。
「け、け、け…結婚で、すか?」
「あぁ、勘違いして欲しくないんだけど、俺は政略的な結婚は望まない。愛する人と結ばれたいタイプだから」
勘違いされたくなくて念を押すと、ルーシアの顔はさらに色づいた。
こんな表情を見せられたら、帰したくなくなるなぁ。
「今すぐに返事が欲しいわけじゃない。ちゃんと俺を知ってもらった上で答えを出してもらえればいいよ」
「…………わかりました」
本当はもっと話したかったけど、どうやらタイムリミットのようだ。
馬車が止まる。
「今後のことについて、明日改めて説明に伺いたい。よいだろうか?」
「…はい。お気遣い痛み入ります」
月明かりに照らされるルーシアはとても美しい。
君はまだ知らない。
兄上の婚約者だと紹介された時に、俺が一目惚れしたことを。
厳しく育てられた俺の心を救ってくれたのが君だということを。
強くあろう、王になろうと思ったのは君がいたからだということを。
兄上の婚約者である君を何度も諦めようとしたけど、無理だったということを。
なめらかなプラチナブロンドを一束とり、そっと口付けた。
顔を真っ赤にしながら、潤んだアメジストの瞳を向けるルーシア。
どの表情の君も可愛くて、愛おしい。
絶対に君を傷つけることはしない。
この命に代えても君を守るよ。
心の中で強く誓う。
今までは愚兄の婚約者だった君。
ーーーーーーーもう我慢しなくていいよね?