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終焉の先で笑って  作者: 結声 寝子
2/2

Episode 1

 それから1週間後の早朝、ビアンカはユーリウス家の門前に立っていた。

 さすが名家と言われるだけあって敷地は広く、家も大きい。

 本部と引けず劣らずの広さだな、とビアンカが思っていると奥の扉が開き、メイドが1人やってきた。

 メイドは門を開けると深く綺麗な礼をし、


「ビアンカ様ですね。当主が中でお待ちです」


と言ってスタスタと歩き出した。

ビアンカも後を追う。

 屋敷に入ると更に広く感じた。

 界隈の最上級貴族とはよく言ったものである。

 ビアンカの通された応接間には当主のカルミン•ユーリウスと1人の少女がいた。恐らく、この少女が「ユーリウス家の失敗作」だろう。


「お初にお目にかかります。《Aim&End》のビアンカと申します」

 

 そう言ってからメイドに示され、カルミンの向かいにあるソファに座った。


「カルミンだ。こっちが娘のニア。君の噂は聞いている。2年の間頼むぞ……無論、報酬に見合った仕事をな」


 ふんぞりかえって言うカルミンの嫌味な言葉を受け流し、ビアンカは笑む。


「ええ、半端な仕事はしませんよ。それにしても……可愛らしいお嬢様ですね」


 ちらり、とカルミンの隣にいる少女に視線をやる。

 ニア•ユーリウスについては容姿はおろか、名前すらも伏せられていた。

情報はただ一つ、ユーリウス家には失敗作の少女がいるということだけ。

それがこんなにも容姿の整った大人しく、内気な少女だとは……。

 失礼かもしれないが父であるカルミンとは全く似ていない、とビアンカは思った。


「ふん。世辞はいい。虫すら殺せない失敗作だ。他の兄姉や弟妹でさえ立派に働いているというのにコイツときたらずっとこの調子じゃないか」


 ふ、とビアンカがニアの様子を窺うと少し顔色が曇ったのが確認できた。

 だか、その表情にビアンカは少し首を傾げる。

 誰だって自分を貶されたら良い気がしないのは当然なのだが、ニアの表情から反発のようなものは見られない。どちらかというと申し訳なさのようなものが感じられる。


「任せてください。必ずユーリウス家の名に恥じないお嬢様にして見せますよ」


 ビアンカが言うとカルミンは馬鹿にするように笑い、


「はっはっは。それなら期待しているぞ」


と言って立ち上がると応接間から出て行った。

 ビアンカとニア、そしてメイドが1人残される。


「あの、私が部屋までご案内しますね」


 ニアがそう言ってビアンカのトランクを持ち上げようとする。が、全く持ち上がらない。


「重い……」

「自分で持ちます。私が使用する部屋までの案内をお願いします」


 ニアがいくら顔を赤くさせても持ち上がらなかったトランクをビアンカは涼しい顔で軽々と持ち上げた。


「えっ? ええっ?!」


 ビアンカの細身な身体からは想像できない筋力にニアは目を丸くする。


「どうしました?」

「いえ、凄く重たいものだったのに随分軽そうに持ち上げられたなぁ、と」

「自分の荷物ですし。それに、任務がない日も鍛えていますから。これでもあまり筋肉はない方なんですけどね」


 不思議そうに呟いたビアンカの先を歩きながらニアは感嘆する。


「凄いんですね。《Aim&End》もビアンカさんも」

「そう言われると悪い気はしませんね」


 笑みを浮かべたニアにつられてビアンカも少し微笑む。


「……あ、ここです。部屋にあるものは全て自由に使って良いって父が言っていました」

「分かりました。ありがとうございます」


 ニアが自室に戻ろうとしたところ、思い出したようにビアンカがその背中を呼び止めた。


「昼食の前に少し、訓練のために話しておきたいことがあるので後で私の部屋に来てもらっても構いませんか?」

「分かりました!」


 ニアは快活に笑ってこたえた。

 後ろ姿を見送ってからドアを閉め、部屋をぐるりと見渡す。


__盗聴器といった類は……まあ簡単には見つかりませんよね。


 ビアンカはトランクを開け、小さいパソコンのような機械を取り出した。

 数秒の間の後に、機械の隅にあるランプが赤く点灯した。


__やはりありますか。断られると思いますが一応外すように頼んでダメだったら少し細工をしましょう。


 機械をしまい、荷物を整理しながら任務について__主にニアについての思考も整理する。

 最初、ビアンカはニアを「内気で大人しい少女」と思ったがどうやら違うらしい。確かに大人しくはあるのだが、表情からは明るい女の子という印象を受ける。

内気だと思ったのは父であるカルミンがいたからだろうか。

 服をクローゼットにしまうと共に思考も切り替える。

 カルミンと違い、ニアはメイドにも腰が低く、敬語で話していた。強気で傲慢なユーリウス家では珍しい。

家族から虐げられた故と考えるのが妥当だろう。あるいはその逆、性格故に家族に虐げられたか。

 組織の端末や自身のノートパソコン、武器を入れたままのトランクは机に置く。

これで整理は終わった。

 椅子に腰掛け、ナイフを指で弄ぶ。


「虫すら殺せないユーリウス家の”失敗作”、ですか。私が殺し屋だと知っているはずなのにあの子が嫌悪感を全く見せなかったのはどうしてでしょう」


 噂通り、虫を殺すことでさえできない__これは言い過ぎだと思うが__仮にそうだとするならば、殺し屋であるビアンカへの嫌悪や恐怖は隠しきれないものになるはずである。

 しかし、ニアからそういったものは全く感じられなかった。


「家族が暗殺者の家系だからというのもあるでしょうが……。あの子はちゃんと、自分のことをなんとかしたいと思っているのかもしれませんね」


 だからこそ、父であるカルミンの言葉に傷ついていたのだろう。

 かたり、と小さな音を立ててナイフが机に置かれた。

 実力至上主義のこの社会。

 たが、もしくはだからこそ、努力を全く認めようとしない人がビアンカは嫌いだった。

 そこから芽生えた感情は任務とは別の、ビアンカ個人としてのもの。

 図らずしも決意は任務に沿うものとなる。


「ニア•ユーリウスを必ず一流にしてみせましょう」


 窓の外を見つめながら、ビアンカはアスレイアと統率者に誓った。

次話投稿未定です。

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