07 運命の相手再び!
登場人物紹介
メアリー・シドニー……主人公。田舎牧師の長女。勘違いしやすい性格の十七歳。
ドン・シドニー……主人公の兄。エステラの事が好き。
エステラ・グレーヴス……グレーヴス夫人の娘。とても美人。二十二歳。
ステファン・グレーヴス……エステラの兄。ドンの親友。
グレーヴス夫人……エンジェル夫人の元学友。エステラとステファンの母親。
エンジェル夫人……エンジェル氏の妻。主人公のお目付け役。小さなころから主人公をとてもとてもかわいがってくれるノンビリとしたご夫人。
カルロス・スピードマン……牧師。エルズミア伯爵の次男。二十六歳。
サラー・スピードマン……カルロスの妹。とてもとても美人。
§ § §
はてさて夜がやってきました。
そう、舞踏会の時間です!
私は万全の準備を整え、エンジェル夫人を急かしつつ社交会館へと急ぎます。
もぅ、はやく!早く!ハヤク!
「まぁまぁ、メアリー。そんなに急ぐと折角のドレスが乱れてしまうわ」
などどエンジェル夫人はノンビリと仰いますが、そんな言葉に聞く耳はもちません。
そんなこんなで出来るだけ急いで社交会館に到着したのですが。
あれだけ急いでいたのにかかわらずグレーヴスさん達はもうすでに社交会館でまっていたのでした。
勿論、ドンお兄様も一緒です。
入り口から入ってくる私達を目聡く見つけたエステラは、近寄ってくるなり
「あらメアリー、ずいぶんと遅かったじゃない。今夜は来ないかと思ったのよ」
などど、言ってくれました。
「ごめんなさい……。随分と待たせてしまったかしら」
「ははは、そんな事ないさ、僕達の方がメアリーより数分早い、といった所かな?」
と、お兄様からフォローが入ります。
はぁ……。
エステラは待たされると大げさにいう癖があるようですね。
数分まっただけなのに数時間もまったかのように言うのは正直やめていただきたいです。
私がそんな事を思っているのを知ってか知らずか、
「きっと、メアリーはドレスを選ぶのに時間が掛かっていたのね。ふふふ、今日もとっても素敵よ、それでは早くいきましょうよ」
そう言って私の腕を取ると、舞踏会場に引っ張ります。
私も引きずられるようにしながら「エステラだって、ドレスも髪型も素敵ね」と、言っておくことも忘れません。
女の子同士で、衣装などを褒め合うのはある種の儀式みたいなものですね。
これはよっぽど親しい間柄以外は相手の衣装にけちを付けるのはご法度、マナー違反なのです。
といってもエステラの衣装や髪型が素敵なのはうそ偽りない事実なんですけどね。
そして空いている椅子に腰を下ろして数分立つと、音楽が鳴り始めました。
いよいよダンスの時間ですよ!
するとその瞬間、お兄様が待ち焦がれた様にエステラに対して、
「ミス・グレーヴス。私と踊っていただけませんか」
といって手を差し伸べます。
お!
お兄様もなかなかやりますね!
どうやら事前にエステラと最初に踊る約束をしていたようですね。
それに対しエステラは「喜んで」と言ってお兄様の手を取ると、そのままダンスの列に移動しようとしますが……。
「ちょ、まってエステラ」
私は慌てて声をかけました。
「あら?何、メアリー」
「えっと……貴女のお兄様、グレーヴスさんはどうされたのかしら?」
そうです、私と最初に踊る約束をしていたはずのグレーヴスさんが見当たらないのですよ。
「お兄様?お兄様は確か……そう、カード部屋よ。貴女が見つからなかったからしばらくカード部屋で時間をつぶすっていってたわ」
「えっ!?」
「大丈夫よ、しばらくしたら戻ってくるわ。さ、シドニーさんいきましょう」
そう言ってエステラはお兄様と足早にダンスの列に交じってしまいました。
……ぇ”ー!!!
やだ、なに、それ……。
なんということでしょう!
私はそのまま椅子にエンジェル夫人とグレーヴス夫人と共に残されてしまったのです……。
周りを見ると、同じようにお誘いの無かった女の子たちが悲しそうな顔をして座っているのがみえます。
きっと私も周りから『あぁ、あの子もダンスのお誘いがなかったのね』と可哀そうな目で見られていることでしょう。
私は、『いーえー!私はあの子たちと違ってちゃんとダンスのお相手は決まってます!相手がちょっと遅れてるだけです!』と声を大にして言いたくなるのをぐっと堪えます。
うぅ、シクシク。
なんで私がこんな目に……。
ホンの数分遅れただけじゃないですか。
いえ、この場合は私が遅れたというより、相手が先についたというべきです。
ダンスの時間には間に合うように到着したんですからね。
私はこのくつじょくに必死で耐えます。
隣をみるとエンジェル夫人とグレーヴス夫人が他愛のないお話に花を咲かせている所でした。
私の事など、気にもかけてない様子です。
……。
だけどね、そのときこんな私を可哀そうに思った神様は私に一筋の光を与えてくださったのです。
な、なな、なーんと!
スピードマンさんがこちらに向かって歩いてくるじゃありませんか!
相変わらず、何かこう、人を引き付けるような雰囲気を漂わせています。
私は思わず声を掛けようかと立ち上がりかけましたが。
……ん?
でもよく見ると、お隣に美人さんが居て、スピードマンさんの腕にもたれかかっているよーな?
……。
デスヨネー。
やっぱりこの世には神はいなかったのです。
神は死んだ!なぜなら私達が殺してしまったから、などという有名な本の一節が頭の中をリフレインします。
そう言えば私はスピードマンさんの事を詳しくしりません。
よく考えて見えばスピードマンさんのような素敵な男性には既に妻がいるか、そうでなくても婚約者ぐらいいてもおかしくはないのです。
丁度その時、スピードマンさんと私の目が合いました。
そして微笑みを浮かべながらスピードマンさんはこちらへゆっくりと歩み寄ると、
「また、お目にかかりましたね。エンジェル夫人、そしてミス・シドニー」
と私達に向かって丁寧なごあいさつをしてくれました。
「あら、スピードマンさん。此方こそまたお目にかかれて光栄です。しばらくお目にかかれなかったので、もうここを出てしまったと思いましたわ」
そうエンジェル夫人が言うとスピードマンさんは、
「実はあの日の翌日から所用で少しここを離れていたんですよ。本日戻ってきました」
「あら、そうだったんですか」
「えぇ、でも用事は完全に済みましたので、もうしばらくはここに滞在できそうです」
そしてチラリと隣の女性に目をやると、
「こちらは私の妹のサラーといいます。サラー、以前話しただろ?エンジェル夫人とミス・シドニーだ」
「初めまして、エンジェル夫人そしてミス・シドニー。カルロスの妹のサラー・スピードマンと申します」
「メアリー・シドニーです。宜しくお願いします」
と、お互いに挨拶をすませた所で、レディ・スピードマンが意味ありげにスピードマンさんに目配せしました。
するとスピードマンさんが何かに気が付いたように頷いて私に目を合わすと、
「ミス・シドニー、宜しければ私と踊っていただけますか?」
と、手を差し出して来たのです。
私は嬉しさのあまり思わず『はい!』と言いそうになりましたが、喉から声が出かかるのを何とか押し殺します。
そうです、私はグレーヴスさんと最初のダンスを踊る約束をしているのです。
ぐぬぬぬ!!
あんな約束などしなければ、と思いましたが約束は約束なのです。
私は断腸の思いでそのお誘いをお断りします。
「……申し訳ありません。他の方と最初のダンスを踊る約束をしているのです」
それを聞いたスピードマンさんは意外そうな顔をして、
「おや、そうでしたか。それは失礼いたしました。……それでお相手の方は?」
「……今はカード室にいらっしゃいますが、時機に戻ってきます」
と、そこへその私の言葉を待っていたかのようなタイミングでグレーヴスさんが戻ってきました。
……あまりにタイミングが良すぎる為、どこかで様子を伺っていたんじゃないかと勘ぐってしまいますね……。
「お待たせしました、ミス・シドニー。中々向こうで僕を離してくれなくてね」
その言葉には私を待たせた事に対する気遣いがまるで感じられません。
息一つ乱してないし、カード室の方からノンビリ歩いてきたのですよ。
「随分と待ちましたのよ、グレーヴスさん」
「おや、そうでしたか?それよりさぁ、行きましょう」
少しばかり嫌味を込めて言ってみましたが、まったく通じなかったみたいですね。
こういうタイプの方は良くいます、人を待たせて当然とおもっているタイプですね。
そもそも誘った方が遅れるとかありえないでしょ?
それでも、たとえ口だけでも『もうしわけありません』と言ってくれればよかったのですが……。
はぁ……。
もう最初の方にあった好感度はすっかりガタ落ちです。
それでも仕方なくグレーヴスさんに手を引かれダンスの列に並びました。
踊っている間中、気になるのはスピードマンさんの事ばかりです。
グレーヴスさんは踊っている間も、なにやら自信たっぷりな笑みを絶やしませんでしたが、それを見るたびにウンザリとしてしまいました。
いい加減ウンザリとしてたので、グレーヴスさんとのダンスは一度切りにしたかったのですが、もう一度申し込まれたので受けざるを得ないのでした。
何かね、同じ相手から続けて申し込みを受けたら、二度までは受けるのがマナーとされているのですよ。
だれがこんな事を決めたのでしょう?
ウンザリとした気分を決して顔には出さない様に気を付けながらダンスを続け、やっとエンジェル夫人の待つ椅子へと帰ってきました。
「あら、メアリー。お兄様とのダンスは終わったの?」
先に戻って来たエステラにそう、声を掛けられます。
「えぇ、今終わった所よ、エステラの方は?」
「さっき終わった所、今貴女のお兄様に飲み物を取ってくれるように頼んだところなの」
そこへ、グラスを二つもったお兄様が戻ってきます。
……二つしかありません。
我が兄ながら気が利きませんね!
二人はお互いにグラスを傾けると口を付けて喉を潤します。
そうそう、スピードマンさんに会った事をエステラにも教えてあげないと。
「そうだわ、エステラ。先ほどスピードマンさんにお会いしたのよ」
「あら!そうなの。それで、どこにいらっしゃるの?どんな方なのかしら?」
私はキョロキョロと辺りを見回しますが、あいにくとスピードマンさんは見当たりません。
が、中央でダンスの列にいるレディ・スピードマンを発見しました。
「うーん、見当たりませんね。でもほら、あそこのダンスの列にいるのがスピードマンさんの妹さんよ。頭に素敵なティアラを付けてるの」
「どれ?あぁ、あの方ね?綺麗なご令嬢じゃない。それで、あの方の兄で貴女の王子様のスピードマンさんは一体どんな方なの?」
「王子様だなんて……、そうね。負けず劣らず素敵な方よ。でも、今はどこにいらっしゃるのかしら……」
と、エステラとヒソヒソ話をして盛り上がります。
そうです、こういった話は私のお兄様で有っても男性には聞かれてはいけないのです。
でもお兄様はこう言ったことには無頓着のようですね。
「おやおやメアリー、ミス・グレーヴスと何の話をしているのかな?僕も混ぜて欲しいんだが」
「あら?ダメよ。お兄様であっても聞かせられないわ。ね、エステラ」
「そうよ、シドニーさん。女性のナイショ話を聞きたいなんてマナー違反ですのよ」
私達はお互いに顔を見合わせて「ねー」と言って笑います。
それに納得がいかない様子で、お兄様はなんとか聞き出そうとしますが、私達はやんわりと受け流します。
もうお兄様、必死すぎますよ。
エステラにお熱なのはわかってますが、もっと余裕を持たないと。
そんな感じで、必死に聞き出そうとするお兄様をたしなめたり、揶揄ったりしている間に、新しいダンスの曲が流れ始めます。
すると、聞き出す事をすっかりあきらめたのか、お兄様は、
「わかりましたミス・グレーヴス。これ以上聞き出すような真似はいたしません。ですが、僕ともう一度踊っていただけませんか?」
「……あら?シドニーさんとはもう二回も一緒に踊っていますのよ?これ以上踊るのはマナー違反になってしまいます」
「大丈夫ですよ、お互いの合意が取れればいくらでも踊って良いのです。誰も踊った回数なんて数えていませんし、そもそも、僕はもっと貴女と踊りたいのです」
などと言ったむちゃくちゃな理論を振りかざしてきました。
でもエステラもそこまで言われてまんざらでない様子で「でもねぇ」と言って私の方をチラチラ見てきます。
よし!二人の為に私が背中を押してあげようじゃないですか。
「大丈夫よ、お兄様の言う通り、誰も他人の踊った回数なんて数えてないと思うわ。……でも、貴女がお兄様と踊りたくないって言うなら別よ」
「もぅ、メアリーったら……分かりました。でも私のマナーが悪いって噂になったら全部貴方達のせいですからね。私はちゃんとお断りしたんですから」
「えぇ、大丈夫よ。その時はちゃんとお兄様が『責任を取って』くれると思うわ、ね?お兄様。そうでしょう?」
私は『責任を取る』という言葉を強調しつつ、意味深な目でお兄様をじっとみつめました。
するとお兄様はその意味に気が付いたらしく。
「そ、そうですとも。そのような噂がたったら、ぼ、僕が責任を取ります」
と、顔を真っ赤にして言うじゃないですか。
そうそう!その意気です!
私は内心でガンバレーっと応援しつつ二人を送り出してあげました。
そして一息入れようとグラスを取りに行こうとしたその時、
「いや、ミス・シドニー。探しましたよ、ここにいたんですか」
と、声を掛けながらグレーヴスさんがやって来たのです。
私は、げげっ、と思いましたが、それを顔に出すような事はしません。
「あらグレーヴスさん、なにか御用ですか?」
「曲も変わりましたし、もう一度僕と踊りませんか?」
と、案の定誘ってきましたが、嫌なこったなのです。
なので、
「……申し訳ありませんが貴方とはもう二回踊っています。お誘いは嬉しいのですがこれ以上は踊れません」
と、塩対応に徹します。
「今どきはそんなマナーなど流行りませんよ。気にせず一緒に踊りましょう」
もう、しつこいですね。
エステラとお兄様の場合はお互いにその気があったので別ですが、私は貴方とはその気がないのですよ。
「申し訳ありません。実の所私はもうすっかり疲れてしまったのです。貴方と踊るわけにはいきません」
と疲れた風な演技を交えつつ何度もお断りして、ようやっと踊るのをあきらめてくれたようですね。
「そうですか、それでは仕方がありませんね。あぁ、そうだ。明日のご予定はどうなってますか?空いているのなら僕の自慢の馬車で出かけませんか?……勿論、エステラやドンと一緒ですが」
と言ってきました。
私は正直行きたくはなかったのですが、今度はなかなかグレーヴスさんが引いてくれません。
強引な人だなぁと思いつつも、私は根負けしてつい、「はい」と言ってしまったのです。
すると、グレーヴスさんは揚々とした様子でその場を離れてくれました。
きっと他の女性をダンスに誘いに行ったのでしょうね。
その姿が見えなくなると、私は心底嫌そうに「はぁ~」と大きな溜息を吐きました。
強引さにまけてつい約束してしまいましたが、これでよかったのだろーか?
という不安が今更のように襲ってきます。
そしてその不安が現れたかのように、その夜はそれ以上スピードマンさんにも出会う事なく終わってしまったのでした。
とほほほ。