05 運命の相手?!
その日も私は温泉施設でエステラと会う約束をしていました。
と言うよりも、知り会ってからは毎日のように会っているのです。
勿論、お買い物や日曜日の礼拝も一緒に行ったりするんですよ。
短期間でこのような親友が出来るなんて、小説やお芝居の中だけだと思ってました、本当に。
温泉施設につくと、早速エステラを探します。
きょろきょろ、どこかな?
あ、いました!
普段は私の方が早めに来るのですが、今日はちょこっとだけ遅れてしまったのです。
わ、私のせいじゃありませんよ!
エンジェル夫人の衣装がなかなか決まらなかったせいなのです。
どうもエンジェル夫人はご学友だったグレーヴス夫人にある種の対抗意識を持っているらしく、出会ってからと言うもの、衣装選びに更なる時間を取るようになったのですよ。
昨日も「メアリー、今日のグレーヴス夫人のドレスより、私のドレスの方が良かったわよね?彼女のドレスについていたレースは少し流行遅れだと思わない?」
など言ってきましたし。
私は正直よくわかりませんでしたが、そこはそつなく「はい、おばさま。その通りですね、おばさまのドレスの方が素敵だと思いました」
と、言っておくのです。
そういうだけでエンジェル夫人の機嫌がよくなるのですからね。
何事も細かいことの積み重ねなのです。
そう言ってあげるとエンジェル夫人は「そうでしょう!そうよね!」
と言って思惑通り機嫌がよくなります。
おっととと、そんな事を想い返すのは後にして、急いでエステラに声を掛けないといけませんね。
「エステラ、お待たせしました」
「あら、メアリー。今日は随分と遅かったのね。もう来ないと思ったわ」
「……ごめんなさい。私はいつも通り外出の支度をしたのですがエンジェル夫人の支度が遅れてしまったの」
「そうなの?貴女が悪くない事は分かったけど何時間もまった気分よ。それに貴女を待っている間に何人もの男性に話しかけられて断るのが大変だったわ」
……エステラは大げさに言っていますが、実際には数分遅れただけなのです。
たった数分でひどい言われようですね。
でも良いんです、私はこんなことぐらい怒ったりするような器量の狭い人間では無いのです。
それに数分とはいえ、私が待たせてしまったのも事実ですしね。
……昨日はエステラの方が十分以上待たせたことはあえて言わないでおきます。
それが人間関係を円滑にするコツでしょうから。
「本当にごめんなさい。でも男性って?詳しく聞かせて。どんな方達だったの?」
「大した事ない男性だったわ、昨日、貴女をじっと見つめていた男性の方が素敵な男性だったわ」
「えっ!?」
「あら?貴女は気が付いてなかったのかしら?貴女を真剣な目でみつめていた男性がいたのよ、気づいていると思ってたわ」
なんということでしょう!全く気が付いてませんでした……。
大切な出会いを逃したかも知れないと思うと悲しくなります。
シクシク。
……でもでも、そんな素敵な男性が私の事を真剣な目でみつめていたなんて。
きゃー、はずかしい。
私は自身の顔が火照ってくるのがわかります。
「で、でも人違いかも知れないわ、そんな、私なんて……」
「でも、そうね。貴女はスピードマンさんに夢中ですものね、他の男性は目に入らなくてもしかたがないかもしれないわ」
「わ、私はそんないつもスピードマンさんの事を考えているわけじゃ……」
「あら?そうなの?貴女の王子様じゃない」
「お、王子様って……一度出会っただけなのよ?」
「運命の相手とは一度出会えば十分だと思わない?」
「……そうなのかしら」
「そうなのよ、でもその運命の相手はなかなか見つからないのが普通ですけどね」
それは分かります、よく運命の相手がどうこうっていう小説やお芝居はありますが、それはあくまで物語の中の出来事なのです。
そもそもえいえばだれが運命の相手かなんて、分かるわけがないと思うのです。
だってそうでしょう?
物語の中だって、運命の相手だと思っていた人と別れてから、他の人に真実の愛を見つけるとか、政略結婚のような打算で一緒になった相手なのに、長い間連れ添った結果、年老いてから運命の相手だったと分かるような展開がありふれているのですからね。
ですので、私も運命の相手とか、真実の愛とか、そういう耳障りの良い言葉に憧れたりはしますが、実際にそのような相手と巡り合うとかは思ってはいないのです。
……ですが。
やっぱり、心のどこかでは私でも巡り合えるんじゃないかとか、そんな気持ちが存在するのです。
……ほんのちょっぴりですけどね。
「エステラは運命の相手と思える相手に出会ったことはあるの?」
「私?そうね。私はまだ残念ながらないわ。でも……」
「でも?」
「でも今一番、気になっている人はいるの」
そう言ってエステラは私をを見て「ふふふふ」と意味ありげにわらいます。
そうなんだ。
どんな人なのでしょうか?
私、気になります。
「エステラの気を惹かせた方ってどんな方なのかしら?」
「そうね、貴女みたく黒髪で透き通った淡い蒼の目をしてるわね。肌も色白よ」
そう言ってまたエステラは私をじっとみつめて微笑みました。
なんだろう、さっきから意味深な感じですね。
「あ、そうそう。今のお話は絶対ナイショよ。もし貴女の前に該当する人物が現れても絶対に教えてはいけないんだから」
「ナイショなのね?わかったわ、私は絶対に言わないから」
「お願いね。絶対に言ってはだめよ」
そう言って、エステラは自分の人差し指で、私の唇に軽く触れました。
勿論ナイショというジェスチャーを含んでいるのですが、その姿があまりにも妖艶に見えたので、女の子同士にも関わらず私は自分の顔が軽く火照るのが分かりました。
いけない、イケナイ。
傍から見ると、ぁゃしぃ雰囲気だったかもしれませんね。
エステラは私の目から見てもとてもとても美人さんですが、私にそんな気はありませんから!
「ねぇ、午後からは、私の泊まっているホテルに来ない?今日の午後に注文した外套が届く予定なの。貴女が持っているのとそっくりだけどレースの色が白でなくて黒いやつなのよ。ぜひ貴方にも見て欲しいわ」
「あら、それはきっと素敵ね。ぜひ見てみたいわ」
「じゃ、決まりね。午後は私のホテルにおいでなさいな」