04 劇場に行きました!
その日以来、私とエステラは一番の親友になりました。
人ってこんな出会ったばかりでも、あっさりと親友に成れるものなんですね。
私がまだチェルトナムの劇場に行ったことが無いと知ったエステラは、私を劇場に誘います。
「実は私もまだなのよ、やっぱりここに来たら一度は行っておくべきじゃない?」
デスヨネー。
昨日、スピードマンさんも同じような事をいっていましたし、行っておくべきなのでしょう。
でも午後から劇場に行くということは社交会館には行けないという事でもあり……。
私は悩んだ結果、一緒に行くことを了承しました。
折角出来た親友を蔑ろには出来ませんものね。
それにスピードマンさんは劇場にいるかも知れませんし。
そして午後になり、私はエステラと共に劇場を訪れます。
「ねぇ、見てメアリー。今の時期は『人肉裁判』をやっているみたい。メアリーは見た事あって?」
「えぇ、あります」
『人肉裁判』ですか……。
これはシャイロックとかいう異教徒の高利貸にお金を借りて、返せなくなった主人公がピンチになりつつも、最終的には全て報われてハッピーエンドで終わる演目ですね。
……シャイロック以外はですが。
シャイロックのみ悲惨な目に遭いますが、これは異教徒なので仕方のない扱いなのでしょう。
このような物語を通して、異教徒は悪!という負のイメージを受け付ける教会の作戦なのです。
そもそもで言えば、約束のお金を返せなかった主人公が悪いんですけどね。
実行困難な約束はするべきでは無いのです。
「そうなの。でもここは有名な劇場よ、きっと演目も素晴らしいものに違いないわね。早く行きましょう、良い席が無くなっちゃうわ」
そう言ってエステラは私の手を引っ張りながら座席に向かいます。
そして私はというと、エステラに手を引かれながら何かを探すように辺りをきょろきょろと見回していました。
そう、私はエステラを後目に劇場でスピードマンさんを探していたのです。
あちこちのボックス席を必死に目を凝らしてもやっぱりスピードマンさんは見付からないのでした……。
うーん、温泉施設にも劇場にもいらっしゃらないという事は、こういった社交場にあまり顔を出さない方なのかな……。
むー、悲しいです。
私は表面上は何とか取り繕いましたが、スピードマンさんに一日会えなかったという事実に打ちひしがれ、エステラと、その後どのような会話をしたのかも覚えていませんでした。
明日は会えるといいな、そう思っていたのですが……。
結論から言うと、次の日も、その次の日も、そのまた次の日もスピードマンさんに会う事は無かったのです。
社交会館は言うに及ばず、温泉施設でも、劇場でも、そしてここにはいらっしゃるだろうと思って出かけた日曜日の教会でもです。
はぁ……。
私は深く落ち込みます。
それでも出来るだけエステラと会う時は表面上でも笑顔を取り繕っていたのですが、そこはエステラも何かを感じ取ったようですね。
「メアリー、私の気のせいかも知れないけれど……、何か悩み事があるんじゃない?私で良ければ相談にのるからぜひおっしゃってみて」
「……実はね」
さすがにそこまで心配されては話さないわけにはいきません。
なんと言っても、私達は親友ですものね。
私はスピードマンさんの事を相談しました。
チェルトナムで男性を紹介され、ダンスをしたこと。
その男性はエスコートもうまく、とてもとても素敵だったこと。
お話もとっても上手で、どうやら聖職者らしいこと、などなどをです。
「なるほどね、貴女がそこまで言うのなら、きっと素敵な男性なんでしょうね」
「もう、出会うのをあきらめたほうが良いのかしら……」
「あきらめちゃダメよ。恋はあきらめてしまったらそこでもう終了よ!」
「そうなの?」
「そうなの!」
そう言ってエステラは強く断言しました。
うーん、よくわからない説得力があります。
さすが私より年上だけあって、このような経験は豊富なのでしょう。
……よし!
私もこれくらいの事であきらめるのはヤメにします!
「でもなんで会えないのかしら……」
「そうねぇ……。一番の可能性としては、もうここを離れてしまった、という可能性だけど」
と、ここでエステラから無情な一言が飛びます。
えぇ~!!
それは、私が出来るだけ考えない様にしていた事でした。
だって、ここから離れてしまったら、もう二度と出会う機会なんてないじゃないですか。
私の村にスピードマンさんが訪れてくれる……なんて考えるほど頭がお花畑ではありませんし。
私の方から追っかけるとかは論外なのです。
やっぱりもう会えないのかな……。
シクシク。
私の心の内が顔に出てしまったのでしょうか。
慌てた様子でエステラからフォローが入ります。
「そ、そういう可能性もあるってだけ!絶対ってわけじゃないわ。……あとはそうねぇ、後は社交があまりお好きでない方という可能性もあるわね」
「それは私も考えたけど……」
「それに家族といらしてるとか言っていたじゃない?その家族が病気療養でここにいらしていた場合、その家族を付きっ切りで看病している、という可能性もあるわ」
む!
その可能性は考えませんでした。
確かに。
チェルトナムは観光地でもありますが、病気療養の場所としても有名な所です。
現に私もエンジェル氏の療養のためにここに来たのですからね。
まぁ、エンジェル氏は軽度の体調不良であって、夜には社交界会館に出向いてトランプなどをやったりしていますが。
もっと、本格的な病気で来ている人も勿論いらっしゃるでしょうし。
スピードマンさんは聖職者になるほど信心献身深いので、病気の家族に付き従っている、という可能性も十分あるように思えますね。
いえ、きっとそうです、そうに違いありません。
私は無理やりそう思い込むようにします。
じゃ、なんであの日は社交会館にいたの?とか「ほんの些細な」疑問点は残りますが、それは今は置いておくことにします。
細かな事をいちいち気にしてられませんからね。
「そうね!きっとエステラの言う通りだわ。家族のお加減が思わしくなくて社交とかに出てる余裕がないのよね。きっとそうだわ」
「え、えぇ。だからね、絶対あきらめちゃダメよ」
やっぱり持つべきものは親友ですね。
エステラの一言によって私は当面、心を強く持つことが出来そうなのでした。