03 友達が出来たよ!
登場人物紹介
メアリー・シドニー……主人公。田舎牧師の長女。勘違いしやすい性格の十七歳。
エンジェル夫人……エンジェル氏の妻。主人公のお目付け役。小さなころから主人公をとてもとてもかわいがってくれるノンビリとしたご夫人。
グレーヴス夫人……エンジェル夫人の元学友。
エステラ・グレーヴス……グレーヴス夫人の娘。二十二歳。
§ § §
翌日、私はルンルン気分で街へと出かける準備をします
もー、こんな特に限ってエンジェル夫人はいつも以上にノンビリしているのです。
はやく!ハヤク!早く!
と、急き立てるように催促してやっとの事で外出です。
まずは温泉施設にゴーです。
社交会館は午後からでないと空いてませんものね。
午前中の社交場といったらまずは温泉施設なのです。
到着したら湯治はそっちのけで私は建物をウロウロします。
湯治が必要なのはお加減が宜しくないエンジェル氏であって私ではありませんからね。
目的は勿論、昨日であった素敵な男性であるスピードマンさんです。
きゃー、言っちゃった。
彼はお父様と同じく聖職者って事を聞きましたので、あのお話のうまさは納得です。
お話の下手な聖職者の説法ほど退屈なものはありません。
そういう人もいますが、周りを見ると居眠りする人が続出する羽目になります。
幸い私のお父様はお話しはうまい方なんじゃないかしら?
身内のひいき目も入っているかもしれませんですけど。
伯爵家のご子息と言うところも注目ですよ!
と、いっても聖職者になっているという事は次男か三男かその辺りでしょう。
聖職者は基本的に貴族の家を継げませんからね。
聖職者になったあと、何らかの事情で貴族の家を継がなくてはならなくなったら還俗して聖職者の地位を放棄しなければなりません。
結論からいいますと折角ルンルン気分で出かけたのにかかわらず、いくつもの部屋を覗いて、階段をあちこち上り下りしたのに期待したスピードマンは見つかりませんでした……。
はぁ……。
私は期待を打ち砕かれて、心も体もヘトヘトに疲れてからエンジェル夫人元へ帰り、隣の椅子に腰を下ろします。
「あら、メアリー。もう歩き回らなくていいの?」
「……はい、おばさま。もぅ良いんです」
私は疲れ果てていて、エンジェル夫人とまともにおしゃべりする気力も有りませんでした。
頭に浮かぶのはスピードマンさんの事だけです。
彼はなんでここにいないんだろう?
今日はたまたま寝坊しているだけ?
それともこういう場所には殆ど姿を現さないで、昨日が特別だっただけなのかしら……。
とりとめのない考えが、頭に浮かんでは消えていきます。
傍目には私達はおしゃべりもせずにぼーっと椅子に腰を下ろしているだけに見えるでしょう。
事実としてここに知り合いが殆どいない私達は、お互いにおしゃべりをしないと話す相手すらままならないのです。
押し黙ったまま長い時が流れるかと思われたその時のこと。
「……突然失礼いたします、奥様。人違いかもしれませんが、もしかしますとエンジェル夫人ではありませんか?」
突然、エンジェル夫人に話しかけてくる方が現れました。
誰?
見ると、エンジェル夫人とそう大差ない年齢に見えるご夫人です。
「はぁ、そうですけど……。どちら様でしょうか?」
「あら、やっぱり!私はグレーヴスです。覚えていらっしゃらない?」
「グレーヴス!?貴女なの?やだ、お久しぶりね!……何年ぶりかしら、こんな所で会うなんて」
「本当ね!いつ以来かしら……十年?ううん、それ以上たっているわよね」
お二人は人目もはばからずきゃっきゃと喜び合っています。
どうも聞くところによるとエンジェル夫人の昔のご学友だった人みたいですね。
二人で盛り上がっていて、私の事はすっかり蚊帳の外なのです。
でも良いんです、私は又スピードマンさんの事を考える事にします。
そして一人で様々な事を妄想し始めた時、再び邪魔が入りました。
「お母様、ただいま戻りました。……お隣の方はどなたですか?」
一人の美人さんです。
お母様?
って事はこの人はグレーヴス夫人の娘さん?
「あら、エステラ。戻ったのね。貴女にも紹介しておくわ、この方はエンジェル夫人よ。私の昔の学友なの」
「初めまして、エンジェル夫人。私はエステラ・グレーヴスと申します」
そして紹介されたエステラさんがチラリと私の方に視線を移します。
その行為によってエンジェル夫人はやっと私の事を思い出したようですね。
「こちらはミス・シドニーよ。私と同じブラックレー村から一緒にチェルトナムに来てるの。仲良くしてあげてね」
「メアリー・シドニーです。宜しくお願いします」
私はそう挨拶しましたが……。
何やらグレーヴス夫人とエステラさんの様子がおかしいですね。
私の名前を聞いた途端、お互いに顔を遭わせて、そしてアイコンタクトをして頷いたりしています。
もー!なんなんですか一体!
言いたいことがあるならはっきりといってください!
「……ミス・シドニー。若しかすると貴女にはお兄様がいらっしゃいませんか?大学に通っている」
「えっ!?え、えぇ。兄のドンが王都の大学に通っています」
「やっぱり!」
そう言ってグレーヴス夫人とエステラさんは納得したかのように頷きますが、私には何の事がさっぱりわかりません。
頭の中にハテナの文字が沢山浮かびます。
どこかで会ったことがある……?
いやいやいや、こんな方々と出会った記憶なんてないですし。
「貴女のお兄様は私達の家に来たことがあるのよ。私の兄と同じ大学に通っているの」
それを聞いて私は兄が里帰りした時に聞いた話をボンヤリと思い出しました。
たしか同じ大学で親友が出来たとか言っていたよーな?
その名前が、たしかグレーヴスだったよーな気もします。
そうです、たしかにグレーヴスでしたね。
と、するとこの人たちが兄の親友の家族……?
「そう言えば、私も兄から、グレーヴスという方と大変仲が良くなったと聞いたことがあります。家に招かれた事もあるとか」
「そうでしょう!それが私の兄の事です!なんということでしょう……こんな偶然があるなんて」
「本当に、なんという偶然なんでしょう」
私の言葉でグレーヴス夫人とエステラさんは同時に口を開きました。
ふーん。
じゃこの人が兄のお目当ての人なんだ。
実は私は兄とその会話をしている時に気が付いたことがあるのです。
それは大学で知り合った親友の事よりも、その家に招かれたときに出会った娘さんの話ばかりする事を。
とても素晴らしいエレガントな女性だとかなんとか、そんな歯が浮いてしまうような事をです。
当時の私は、へーだの、ふーんだの軽く聞き流していましたが、確かにエステラさんは美人ですね。
エステラさんに優しい言葉をかけられたらあの兄ならコロッと参ってしまうのもうなずけます。
「お互いの兄同士が親友なのですから、私たちもぜひ仲良くしましょうよ」
「は、はい!こちらこそ願っても無い事です。ミス・グレーヴス」
「もぅ、そんな他人行儀な呼び方はおやめになって。私の事はエステラと呼んでくださいな」
「はい、エステラ。私の事もぜひメアリーと呼んでください」
「嬉しいわ。宜しくね、メアリー。では一緒に歩きましょうよ。貴女の事をもっと知りたいわ」
こうして私は温泉施設でスピードマンさんと会えない代わりに、思わぬ友人ができたのでした。