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29 突然の来客!

 翌日から私の元通りの生活が始まりました。

 ……始まったはずだったのですが。

 なぜか私は元の生活になじむことが出来なかったのです。

 以前は積極的、とは言わなくてもそれなりにやっていた針仕事もちっとも進みません。

 始めてから十数分もするとどうしても集中できなくなってしまうのです。

 そしてそのたびは私は溜息を吐いたり、庭をお散歩して気を紛らわしていたのですが。


 そんな生活が三日ほど続いた日の事。

 ついにお母様からお小言が飛びました。


「メアリー、貴女一体どうしてしまったのです?頼んでいた針仕事も全然進んでいないじゃありませんか」


「はい、お母様すみません……」


「貴女がひどいショックを受けたのは分かりました。でもね、貴女はもう日常に戻ったのですよ?それとも二ヵ月以上家を空けていて我が家での暮らしがすっかり嫌になってしまったのではないでしょうね?」


「そ、そんなことありません!」


「だったら、早く以前のメアリーに戻っておくれ。貴女はエンジェル夫妻のご厚意に甘えてスッカリ楽しんできたんですからね。もう夢からさめて、現実にもどる時なのよ?」


「はい……」


 お母様から怒られてしまって、ただでさえ憂鬱気味だった私の心は余計ションボリしてしまいました。

 ですが、お母様の言う事は最もなのです。

 私はこの家の長女で有り、弟妹の面倒をみたり、こうして針仕事などもしなくてはいけません。

 それは分かっているのですが……。


「はぁ……」


 また気が付いたらため息が出てしまいました。

 それをみたお母様はじっと私をみつめます。

 私は慌てて、手元の仕事に集中しようとするのですが。


「はぁ……」


 ……気が付くとこうして溜息が出てしまうのです。

 そして頭に浮かぶのはサラーやスピードマンさんの事ばかり。

 今事二人はどうしているだろう?

 スピードマンさんはもう(アビー)に戻っていらっしゃるかしら?

 などなどとともに楽しかった日々が頭に何度も流れます。

 そして、先程から私をじっとみつめていたお母様はすっと立ち上がると、


「私の話を本当に分かっているの?メアリー。……そう言えば貴女のような症状になってしまった女性についての話題がこの間の雑誌に載っていたわね……。ちょっとまっていなさい、みせてあげるから」


 そういうと、お母様はご自分の部屋へと向かっていきました。

 お母様の言う事はとてもよく分かっています。

 分かってはいるのですが……。


「はふぅ……」


 私は本当にどうしてしまったのでしょう?

 気が付くとため息ばかりついているのが自分でもわかります。

 眼の前の事に全然集中できません。

 そしてそのたびにスピードマンさんの優しい笑顔が頭に浮かぶのです。

 もう会う事もないだろうというのにです。


 私はまた針仕事の手を止め、ぼんやりと窓の外を眺めていました。

 すると、わが家の前に一台の馬車が止まるのが見えたのです。

 誰だろう?

 と、思っている間にも弟妹は「馬車がきたよ~」と言いながら家を駆けだして行きます。

 どなたかしら?お父様のお知り合いの方?だったら直接教会の方に行けばいいのに。

 などと思っている所で、馬車から一人の男性が降りてきました。

 私はその姿をみると――!


 身体が自然に動いて玄関の外へと走り出します。

 だってだってその姿は――!


 その人は突然飛び出してきた私の姿に、驚いたようで足を停めると、


「ミス・シドニー……。良かった、無事ご自宅に戻られたのですね」


 と、仰ったのです。


「ス、スピードマンさん……。なぜ、我が家に……?」


「なぜって……。貴女の事が心配で、こうして確認に来たのですよ。ミス・シドニー」


 と、優しく微笑みながら当たり前のように仰いました。

 その以前と変わらない優しい言葉に、私は涙がこぼれそうになります。


「おねーちゃん、この人はおねーちゃんの知り合いなの?」


 おっと、そうでした。

 この場いるのは私たちだけではないのです。

 事情を知らない弟妹が不思議そうな顔をしていますね。


「こ、この方はカルロス・スピードマンさんです。私が長い間、お世話になっていたスピードマン伯爵家のご子息ですよ」


「ふーん。じゃ、この人がおねーちゃんを家から追い出した人なの?」


 などとトンデモないことを口にするじゃありませんか!


「そ、それはちがっ」


 しどろもどろになる私。

 そんな私に苦笑をしつつスピードマンさんは、


「それはちょっとした行き違いなんだ。父がミス・シドニーにしてしまった事は大変失礼な事だったが、決して私の意思ではないんだよ」


「と、トニカク!立ち話もなんですし、どうぞお入りになってください」


 と、私は慌ててスピードマンさんを家へと招き入れました。

 するとそのタイミングで、お母様が雑誌を手に二階から降りてきます。


「あら?メアリー、お客様?」


「え、ええ。この方は……お世話になったスピードマンさんです……。コチラは私のお母様です」


 するとスピードマンさんは優雅な動作でお母様に挨拶します。


「カルロス・スピードマンと申します。この度は不意の訪問失礼いたしました。そして父がお嬢様に大変失礼な事をしたお詫びを申し上げます。私は家族としてその責任を取り、こうしてお詫びと共にお嬢様が無事にたどり着いたかを確認に参りました」


 そう言って深々と頭を下げたのです。


「まぁまぁ、それは遠方よりわざわざご苦労様でした。確かに娘は大変な目に会いましたがこうして無事に戻ってきましたし、この件につきましてはもう気になさらないで宜しいですよ」


 そうして、お母様は私の方に向き直ると、


「貴女もそれで宜しいですね?」


「は、はい。お母様。もう済んだことですし気にしていません」


「聞きましたね?スピードマンさん。それに貴方は娘に大変よくしていただいたと聞いておりますから、いつでも歓迎しますわ」


 お母様がそう言うと、スピードマンさんはほっとした表情を浮かべました。


「メアリー、いつまでもお客様をそこに立たせているつもりです?スピードマンさん。遠路お疲れになったでしょう?ご一緒にお茶でもいかがですか?」


「……お誘いありがとうございます。しかしその前に、エンジェル夫妻にも挨拶に向かいたいのですが、ミス・シドニーをお借りして、案内して頂いても宜しいですか?」


 そう言ってスピードマンさんはお母様の誘いを断ったのですが、気のせいか顔が火照っているように見えました。

 するとお母さまは何かを察したような顔をして、


「……分かりました。ではメアリー、スピードマンさんをご案内してあげなさい」


 と、仰るので、私は、


「はい。ではスピードマンさんコチラです」


 そう言って二人でエンジェル夫妻の家へと向かいます。

 弟妹の何人かが一緒に行きたそうな顔をしていましたが、それはお母様に止められているようでした。

 暫く無言で歩きます。

 エンジェル夫妻の家へは歩いて五分程度の距離なのでそんなに離れていないのですが、黙って歩いているせいか普段より長い距離に感じました。

 そしてエンジェル夫妻の、この村で一番大きなお屋敷に近づいた時、不意にスピードマンさんが足を止めました。


「どうされたのですか?」


「……貴女にぜひ、話しておきたいことがあるんです」


「それは……?」


「父の事です、貴女もなぜ突然父が貴女を追い出すように帰したのか、不思議に思っているでしょう?」


「はい……」


「それは父が王都である事を吹き込まれたからです」


「王都?私のお兄様にでも出会ったのでしょうか?」


「いえ、貴女の兄ではありません。ステファン・グレーヴスですよ」


「グレーヴスさん?お兄様の親友の?」


「えぇ、実はそのグレーヴスと父は王都で出会い、色々と話をしたそうなんですが、その時にいろいろと事実でないことを吹き込まれたようです」


「どのような事でしょうか?」


「貴女が財産目当てで男性をたぶらかそうとしているとか、貴女の家がとても貧しいとか、貴女の父上が牧師にあるまじき行動で教区の人達からそっぽを向かれているとかそんな話です」


「えっ!?」


「そのような話を信じてしまった父は、急いで王都から戻ると、貴女を追い出してしまった、というわけなのですよ」


「そんな!お父様は牧師として教区の人からはとても信頼されてると思います!それに確かにウチはつつましく暮らしていますが、財産が全くないなんてことはありません!それに私が財産目当てで男性をたぶらかそうとしているなんて酷い侮辱です!」


「そう、その通りです。父は大きな誤解をしています」


「そんな事情があったのですか、でも判明してほっとしました。私が伯爵を怒らせてしまった、そう思っていましたから」


「私が教区から戻ってくると、すでに貴女は(アビー)をでた後でした。そして父は私に言ったのです。貴女の事は忘れろと」


「そうですか、でもスピードマンさんはこうして謝りに来てくれました」


「そうです。それは私がミス・シドニー、貴女の事が好きだからです」


「えっ!?」


 その言葉を聞いた私は、一瞬何を言われたのか分かりませんでした。

 ですが、次第にその意味が分かると、思いがけないその告白に顔がほてってくるのが分かります。

 そして私も――。


「わ、私も……、あ、貴方の事が……スピードマンさんが好きです」


 そしてスピードマンさんは私に手を差し伸べると――。


「ミス・シドニー。私と結婚していただけませんか」


 と、仰るのでした。

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