02 二度目の舞踏会!!
登場人物紹介
メアリー・シドニー……主人公。田舎牧師の長女。勘違いしやすい性格の十七歳。
エンジェル氏……主人公の地元、ブラックレー村の大金持ち。
エンジェル夫人……エンジェル氏の妻。主人公のお目付け役。小さなころから主人公をとてもとてもかわいがってくれるノンビリとしたご夫人。
カルロス・スピードマン……牧師。エルズミア伯爵の次男。二十六歳。
§ § §
私は毎日のように社交会館――そこに舞踏会場もあります――に行きたかったけれど、そうは問屋が卸さなかったのです。
なにせチェルトナムはさすがに有名リゾート地だけあり、様々な観光施設が存在します。
そしてエンジェル夫人は当然のようにそのような場所にも行きたがったのですから。
なので私もそれに付き合わされることになりました。
「付き合い」といっても私はみるも初めての場所ばかりなので、結構楽しめたんですけどね!
いろんなお店を回ってエンジェル夫人のお買い物に付き合い、勿論おべっかを使って気持ちよく買い物させることも忘れてはいません。
正直お店から金一封ぐらいもらっても良いぐらいの働きはしたと思います。
そして勿論、本来の目的である温泉にもいきましたよ。
なにせ目的は体調を崩したエンジェル氏の療養なのですからね、忘れてはいませんとも。
ここも一寸した社交場になっていて、様々な方がいらっしゃいました。
でもね、でもね。私は誰とも話さずにポツンと部屋をうろつくだけだったのです。
だって知り合いが一人もいないんですもの……。
こういう事にかけてはエンジェル夫人はまったく役に立ちませんでした。
だって誰も紹介してくださらないんですもの。
エンジェル氏は私たちの事をほうっておいてスグに湯治にいってしまいましたし。
そんな事が数日繰り返された後、ようやっと待ちかねた社交会館を再び訪れる日がやって来たのです!
そしてその日はやっとエンジェル氏が求められた役割を果たしました。
エンジェル氏の知り合いである紳士――かなりのご年配の方です――が私のダンスのお相手を紹介してくださったのです。
「こちらはカルロス・スピードマンです、ミス・シドニー」
紹介されたのは、とてもとても紳士的な好青年でした。
「私とワルツを踊っていただけますか?ミス・シドニー」
「は、はい。スピードマンさん」
「良かった。それではお手を」
やだ、この人すごくかっこいいかも……。
年齢は20歳半ばほどで、絶世の美男子というわけではないけれど、何かこう引き付けられる顔立ちで、なによりも知的な雰囲気を漂わせているのです。
これよ、これ!
これが私の求めていたものよ!
エンジェル氏もこんな素敵な人を紹介できるコネを持っているなんてやればできるじゃない!
などといった、口からだせないような事を想いつつ、スピードマンさんの手をそっと受け取ると、そのまま優しくエスコートしてくれます。
その手を引かれながら、私は自身の顔が赤く染まるのを自覚しました。
そして音楽に合わせて踊り始めました。
一応私は家庭教師から一通りの教育を受けていますし、その中にはダンスの授業もありました。
が、はっきり言ってあまり自信がありません。
……えぇ、あまり熱心に授業を受けていなかったのです。
だって、昔は外で遊ぶ方が好きだったんですもの……。
後悔しますが、今は後の祭りです。
私は踊りながら必死に家庭教師から教えられたことを思い返します。
……重要なのは姿勢だっけ、多少拙くてもパートナーがフォローしてくれるっておっしゃってたわよね。
私は踊るのに一生懸命でスピードマンさんと話を出来る余裕なんてありませんでした。
そして二度踊った所で、彼とは一度離れます。
なんかね、同じ男性と続けて三度踊ってはいけないんだって。
なんでかは分からないけれど、とにもかくにもそうなっているらしいのです。
と言っても実際は私もクタクタです。
表面上は優雅に踊って見えたかもしれませんが、水面下では必死に足をばたつかせていたのでした。
そして私はお目付け役であるエンジェル夫人の元へと戻りました。
「なかなかうまく踊れていたじゃない、メアリー」
「ありがとうございます、おばさま。実の所スピードマンさんのフォローがうまかったからそう見えただけです」
「あら、そうなの?彼もなかなか好青年じゃない」
「はい、……とってもステキな方だと思います」
「あら、まぁ!」
エンジェル夫人は驚いたような顔をした後、私にコッソリと耳打ちする。
「殿方との関係は、しっかりと相手を見定めてからでないとダメよ。恋の戯れまでは許されても醜聞は困りますからね」
私はその言葉に顔が火照るのを感じました。
「……はい、おばさま」
きゃー。
醜聞って何?そういう関係を持つってこと?
さすがの私もそこまで考えてません。
いくら素敵な男性でも一度ダンスに誘われたぐらいでねぇ……。
でもでも~もしかして、もしかしちゃうと!?
などと妄想をしていると、突然声を掛けられます。
「ミス・シドニー、そしてエンジェル夫人、もし宜しければ私とお茶をご一緒していただけませんか?」
「は、はひ!」
それはスピードマンさんからのお茶のお申し出でした。
見ると私の後にも何人かとダンスをしたようでうっすらと汗をかき軽く息を乱しています。
それが何とも言えない色香を漂わせてるんですよ!
私は喜んで承諾すると喫茶室へと向かいました。
「ダンス中はお話しできませんでしたね、ミス・シドニー。貴女はどのくらいここに滞在しているのですか?」
「私はまだここに来て数日なんです」
「おや?そうですか。で有れば納得です。貴女達のような方は一度見ればきっと覚えてるはずでしょうからね。見覚えが無かったのが不思議だったんですよ」
えっ!?それって、私ってそんなに注目される女性って事!?
「エンジェル夫人のドレスはここでの最新モードのドレスでしょう?おそらく一ヤルム(1YM=0.9144m)辺り十銀貨を下回る事はない、本場外国産のモスリンですね」
「あら、お分かりになりますの?」
「えぇ、私は自分の身に付けるものは極力自分で選んで買うようにしているんです。私の家族にも選んであげる事があるんですがいつもセンスが良いと言われるんですよ。私のちょっとした自慢です」
「まぁ、ウチの主人も見習ってほしいですわ。あの人ったらドレスの事は値段しか興味がないんですもの」
……目を引いたのはエンジェル夫人のドレスですか、そうですか。
何この散々持ち上げられて落とされた気分は。
「ミス・シドニーのドレスも素敵でしょう?これも私が選んであげたのよ」
すると、それを聞いたスピードマンさんは私の事をじっとみつめます。
やだ、そんなに見つめられると、なんか恥ずかしいな。
そのまるで熱を持ったような視線に、私は自身の顔が火照るのが分かり、気恥ずかしさのあまり俯き加減になってモジモジしてしまいました。
そしてスピードマンさんはたっぷりともったいぶった言い方で、
「ミス・シドニーのドレスもとてもとてもすてきだと思いますよ、ただこのタイプはもう少し歳かさの女性に流行っているタイプですね」
「そこまでお分かりなのね。……だってミス・シドニーが最初に選んだドレスは少し幼い感じだったのよ。あれでは幼く見えてしまうものね。少しぐらい背伸びした方が結局の所良いと思ったの」
むー!!
幼くて悪うございましたね!
なんですか、なんなんですかもー!
あれが一番カワイイと思っただけじゃないですか。
とはいえ、確かに舞踏会場に来てみて周りの人が身に付けてるドレスをみると、アレを選んでいたら少し浮いてしまうカモ?と思いましたが。
……だって舞踏会とか初めてだったんだもん。
「なるほど、それは賢明な判断でしたね。所でここにきて数日という事はまだ観光はお済でないのです?」
「温泉施設と……後はここを除けば買い物ぐらいです」
「そうですか、ここは有名な観光地ですからね。良いお店も多いし、劇場なんかもあるんですよ」
「劇場ですか?」
「えぇ、そうです。この間はなんとあのネリー・メルバも来たとか」
「えっ!?あのメルバが!?」
エンジェル夫人がその人物を聞いて驚きの声をあげます。
だれだろう?知らない人ですね。
「……おばさま、メルバって?」
「あら、貴女はしらないの?外国生まれの女性でありながらその素晴らしい歌声によってナイトに叙された有名な歌手よ。私も一度コンサートに行ったことがあるのだけれど、とてもとても素晴らしい歌声だったわ」
そう言いながらエンジェル夫人は何かを思い出しだすような遠い眼をしました。
「ミス・シドニーは劇場にはあまり興味が無いようですね」
「そ、そんな事ありません。私、お芝居は大好きなんです」
「ほぅ、お芝居と言いますとどんなものが?」
「この間は『恋人たちの誓い』というお芝居を拝見しました」
と、私は胸を張って言います。
『恋人たちの誓い』は貧乏なアガサという元メイドの娘が主役の物語でまぁイロイロあって最後には雇い主だった男爵と結婚してハッピーエンドになる物語なのです。
内容は明らかに女性向けなのでスピードマンさんは知らないんだろうなぁって思っていたのですが。
「『恋人たちの誓い』ですか?私はあれをミス・シドニーにのような若い女性が見るのはふさわしくないと思いますね」
などと顔を少ししかめながら仰ったのです。
え?
なんで?
「あれは不義密通などという不道徳な行いが大っぴらに演じられてます。勿論、お芝居なのは承知していますが……若い方があれを見た場合何らかの影響を受けるかもしれません」
まぁ確かに?メイドのアガサと男爵は不倫して不義の子供も生まれるけどさ、結局は最後に正式に結婚するじゃない。
スピードマンさんは若いのに結構頭が固いんですね。
「おっしゃる通りですが、あれはそこが主題なのではなく、不義の子であろうと得られる親子愛や、身分差を克服して貫く愛などが主題だと思います」
「それは勿論大切な事です。しかしそもそもで言えば不義密通をしたからこそ、アガサには罰として困難が与えられたと考えます。結局の所、正式な妻が亡くなってから愛を育めば何の問題もなかったのでは?」
「それは、そうかも知れませんが……」
いや~、確かにそれはそうなんだけどさ、物語としてどうなのよ、それは。
困難な目にあうからこそ、最後のハッピーエンドが引き立つわけで……。
まぁ、私もあんな恋物語に憧れたりはしますけど、さすがに不義密通をしようとは……。
などと考えていると、
「でも、それだとお芝居も随分とつまらなくなりそうね」
と、エンジェル夫人からも一言入ります。
そうそう、その通りです!
あくまであれはお芝居なんですから。
「まぁそれもそうですね。……失礼しました、私の考えを押し付けるような意見を言ってしまって」
「いえ。でもスピードマンさんはお芝居を見るたびにそんなに真剣に考えていらっしゃるのですか?」
「そうでもありません。ただ最近の風紀に思うところがあるだけです」
そう言ってスピードマンさんは肩をすくめると、
「私も若い女性達の間に流行っている事に無知ではありませんからね」
「それは……」
と私が言いかけた所で、
「みんなこんな所にいたのか。ずいぶんと探したんだぞ」
と、エンジェル氏がやって来ました。
今日もカードで勝ったのでしょうか?
顔がほくほくです。
「話は弾んでいたようだね。それで今夜はどうする?まだ話し足りない様なら……」
とエンジェル氏が言いかけたところで、
「いえ、私もそろそろお暇しようと思っていたところです。皆さまと別れるのは名残惜しいですが家族が待っていますので」
「あら、そうですか、残念ねぇ。では貴方、私たちも帰りましょう」
うー!
私はまだまだ話したりなかったのですがこうなっては仕方ありません。
思い切ってある言葉を口にしてしまいました。
「また……お会い出来ますか?スピードマンさん」
きゃー、言っちゃった。
自分でも顔がほてるのが分かります。
今日お会いしたばかりなのに、はしたない子だと思われないかしら……。
「はい、ミス・シドニー。私の方こそぜひあなたと親密を深めたいと思ってます」
そう言ってスピードマンさんはニコリと笑いました。
やったー!
勿論リップサービスかも知れない事は重々承知しております。
その可能性を考慮しても私はその一言がとてもとても嬉しかったのです。
そうして私たちはスピードマンさんと分かれ、帰路につきました。
そして馬車で帰路についていた時のこと。
「ねぇ、貴方。スピードマンさんはどのような方なのかしら、お話しはとっても上手でしたけれど」
あ、そうそう!
私もそれを聞きたかったのです。
あの柔らかな物腰と話術はただ物ではありません。
もしかして、もしかすると貴族のご子息とか……?
「あぁ、彼は聖職者でエルズミア伯爵に連なる者だよ」