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25 小さな旅へ!

「なるほど、こういう事になっていたのですか……」


 手紙を読み終えたスピードマンさんは、そのまま無言で隣のレディ・スピードマンに手渡します。


「兄にも困った物ですね、その気も無いのに人の恋路を壊してしまわれるとは」


 そう言ってスピードマンさんは首を横に振りました。


「その気がない?」


「えぇ、兄がその方と結婚する可能性は万に一つも無いでしょうね。……失礼ですがミス・グレーヴスは地位や財産などが無い方なのでしょう?」


「はい、エステラは私のお兄様との結婚が決まった時も自分に大した持参金が無いのを気にしていました」


「で、あれば兄がその方と結婚する可能性は万に一つもありません。もし仮に兄が本気だったとしてもです。……そう思うだろ、サラー?」


「はい、カルロスお兄様。私もそう思います。……それにしてもこのお話が本当だとしたらリーオお兄様もひどい事をなさりましたね」


 手紙を私に帰しつつ、レディ・スピードマンも溜息をついて困ったような顔をしました。


「それは、仮にスピードマン中尉が本気でも、結婚を伯爵がお許しにならない。そうおっしゃるのですか?」


「えぇ、そうです。兄は父の後継者ですからね。その婚約者ともなれば相応しい地位や財産が求められるのです。……この僕と違ってね」


 そう言いながらスピードマンさんは私に優しく微笑みました。

 そしてその言葉に合わせるようにレディ・スピードマンも口を開きます。


「カルロスお兄様の言う通りです。貴女のご親友の事を悪く言うつもりは無いのですが気を悪くなさらないでね。……私が見た限りでもミス・グレーヴスがお父様のお眼鏡にかなう女性とは思えません」


「……そうなのですか?」


「えぇ、そうです。断言しますよ。兄が結婚の報告をしに(アビー)へ帰ってくることはありません。だからミス・シドニーが兄と鉢合わせして気まずい思いをする事も無いでしょうね」


 お二人はそう口をそろえて言いますが、本当にそうなのでしょうか?

 私が見た限りでも、スピードマン中尉はエステラと恋人同士のような言動をしていましたし、エステラもそれにまんざらでもない様子だったのを思い出します。


「……わかりました。正直私は納得はできませんが、スピードマン中尉に詳しいお二人が言うのであればきっとそうなのでしょうね」


「今回の事は貴女にとってもご家族にとってもとても残念な事だと思います。ですがあまり気になさない事です」


 最後にスピードマンさんはそう言って、私はお二人と分かれ自分の部屋へと戻りました。

 少し一人で考えたかったのです。

 お二人が言う事が事実だとしても、エステラはどういうつもりだったのでしょうか?

 結果的に彼女はお兄様との婚約をふいにしてしまいました。

 そういえば、婚約当初に、お父様がお兄様に贈られる財産について、非常に気にしていたような態度を思い出します。

 お兄様に贈られる財産が思ったより少なかったから、財産のあるスピードマン中尉に乗り換えよう、という考えだったのでしょうか?

 しかしウチはしがない牧師の家庭なのですよ?

 お父様はある程度の独立財産や自由にできる聖職禄があると聞いています。

 が、所詮田舎村の牧師なのです、村人の尊敬こそ集めていますが、ぜいたくできるほどの財産があるとも思えませんし、事実としてウチは質素に暮らしていると思います。

 私は、しばらくエステラやお兄様の事が頭から離れませんでした。






§ § §






「ミス・シドニーは退屈をしているのではありませんか?」


 そう、伯爵から話しかけられたのはその日の食事の席でした。


「えっ!?そ、そんな事はありません」


「そうですか?いつもと違って元気が無いように見受けられましてね。本当はパーティーなどを開ければよいのですがあいにくと今は時期が悪いのですよ」


「お気遣いありがとうございます。でも私は退屈などはしていません。レディ・スピードマンもスピードマンさんもとてもよくして頂いていますから」


 私はそう答えます。

 気落ちしていたのは事実ですが、それはお兄様の事が頭から離れないだけで別に退屈しているわけでは無いのです。

 しかし伯爵はそんな私の言葉は信じていないようで、


「……そうだ、カルロス」


「はい、何でしょうか?」


「次、お前はいつ教区に顔を出すんだ?」


「そうですね、来週には再び教区に出向かねばなりません」


「そうか、ではこうしよう。お前だけでなく全員でお前の教区に向かおうではないか。ミス・シドニーの息抜きにもなるだろう」


「……分かりました、父上」


「という事です、ミス・シドニーもそれでよろしいですかな?」


 と、突然話を振られてしまいます。


「えっ!?えっと教区とは?」


「あぁ、これは失礼。カルロスの教区はこの(アビー)から大体十ヤムル(十六キロメートル)ほど離れた場所にあるんですよ。特になにがある、という場所でもありませんがね。息抜きになればと思いまして」


「静かな村ですよ。村人も信心深く特に騒ぎも起きる事もない。平和なだけが取り柄の場所です」


 そう言ってスピードマンさんは優しく微笑みました。


「そうなんですか。私もぜひ見てみたいと思います」


「では決まりですな。サラーも良いな?」


「はい、お父様」


 というわけでとんとん拍子で来週の小旅行がきまってしまいました。

 お兄様のお手紙の事を少しでも忘れるいい機会かもしれません。

 私は伯爵の気遣いにとても感謝します。

 ……それにしても、伯爵はやたら私の起源を取ろうとするのよね。

 レディ・スピードマンの友達だから、と思うようにしていますが、伯爵には何か意図があるのでしょうか?

 人のやさしさを受けて、不安になるのは初めてです。






§ § §






 そして出発の日。

 その日のお天気は、旅を見越したように晴々としていました。

 私は伯爵やレディ・スピードマンと共に馬車に乗り込み、ガタゴトと揺られています。

 スピードマンさんはこの場にはいません。

 なぜかというと前日に、「父や皆が来るのを召使や料理人に伝えなければなりません」

 と、いって一足早く教区に向かってしまったのです。


 その事に私は少しだけ寂しさを感じましたが、道中の移動はレディ・スピードマンとのおしゃべりを楽しんでいました。

 そして一時間ほどの楽しいドライブを過ごし、ついにスピードマンさんの教区へとたどり着いたのです。

 そこは事前に聞かされていた通りののどかな村でした。

 まるで私の住んでいる村を思い出しますね。

 私がそんな懐かしさを思い出していると、村の中心部にあるという牧師館へとたどり着きます。


「ミス・シドニー。ようこそおいでくださいました」


 出迎えてくれたスピードマンさんはそう声を掛けてくれます。


「僕の教区はどうですか?何もない田舎村だったでしょう?退屈されたかもしれませんね」


「トンデモありません。私はこのような村は大好きです。……その、私の私の実家も同じような感じですから」


「おや、そうでしたか。では我が牧師館にご案内いたしましょう。では父上、そしてサラー、僕はミス・シドニーを連れて先に牧師館へ戻ります」


 そう言って連れられた牧師館はお父様の牧師館より遥かに立派な建物でした。

 まだ新しいそうできっと近年、建てられたに違いありませんね。

 そのせいか家具のない部屋もチラホラ垣間見えます。


「ふふふ、空っぽの部屋が多いのに驚かれましたか?」


「いえ、そんな事はありません!」


「僕は男ですからね、必要な所には家具を設置しましたがあまり必要でない部屋はそのままにしているのです。……いずれはこの部屋にも、新しい女主人によって家具が備え付けられるでしょうね」


 そう言って、スピードマンさんは私に優しく微笑みます。


「新しい女主人……ですか?」


「はい、いづれは僕も結婚する事になるでしょうから」


 そう言って意味深に笑ったあとで、


「だけど今はまだ、その時ではありませんがね」


 と、優しい顔で仰るのでした。

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